第六十八話 娼婦の身の上話
グレースは、このディオスクからずっと西……別の国から流れてきたエルフである。
好きで流れてきたわけではなく、西の国で別のエルフ氏族との戦いに敗れ、捕虜となった後に売り飛ばされたのだ。
買い主に慰み者にされ、資金繰りに困ったからと言ってまた売られ、さらに売られた先が奴隷商だった。
「これを見よ」
グレースの首には首飾りが装着されている。いや、首飾りと言うよりは首輪だろう。
「あ~……なんか、わかっちまった。それ、呪いの道具か何かで、身につけたら絶対服従だ……とかか?」
「ほう、よく見抜いたな? まあ知ってる者は知っているか……」
弘にしてみればエロ漫画などで、よく見かける設定だから連想したまでだ。おおかた間違いないだろうと思いつつ言ったのだが、本当に正解だとモヤッとする。
(こんな綺麗な人に首輪はめて、それでしたい放題とかマジかよ? そんなのエロ漫画やエロゲーだけでいいだろ?)
チンピラなりに義侠心が首をもたげてくるが、今の弘に何ができるわけでもない。
風俗嬢の身の上話が気の毒だからと言って、その風俗店に殴り込むわけには行かないからだ。
(ああでも、この世界なら割とアリなのかもな~)
もっとも、実行に移したが最後、沢渡弘はお尋ね者になること間違いなしである。
そういった弘の悩みを見抜いたのか、グレースが苦笑する。
「いや、同情を引こうと思ったのではない。こういう仕事をしているとな、時には誰かに聞いて欲しいときもある。そして主には聞いて欲しいと思った。ただ、それだけだ」
グレースの話は続く。
彼女は、自らのエルフ氏族において族長を務めていた。そう、案内係や弘は族長の身内筋だと考えていたが、グレースは族長本人だったらしい。
「こう見えても我は剣の腕が立つ。エルフなら当然のことだが弓も得意だ。精霊魔法だって使える。そして何より、部族の者達は精強だった。他氏族と戦って負けるはずがなかったのだ……」
だが、彼女の氏族は敗北した。
なぜなら裏切り者が出たからだ。
「我の腹心たる男の娘。我も大層目にかけていたのだが……敵対氏族の長にたぶらかされおってな」
決戦前に行った景気づけの宴で、遅効性の毒を酒や食事に混入されたのだとグレースは言う。そうして皆が身動きできなくなったところへ、敵対氏族が乗り込んできたらしい。
その後は、ホラー映画等で少しはグロ耐性のある弘でも気分が悪くなる……凄惨な展開が待っていた。
男も女も陵辱され、串刺し、車裂き、皮はぎ、火あぶり等々……。
裏切った娘は、自身の父親が見ている前で陵辱された末に八つ裂きにされたらしい。ちなみに、その陵辱した相手というのが、彼女が惚れた敵氏族の族長だった。
氏族が違うとはいえ同じエルフ同士で、ここまで残酷無残になれるものだろうか?
これら悲惨な情景を、グレースが思い出し怒りしながら力説してくれたので、弘の気分は更に悪くなっている。
「で、あんたは?」
「我か? 我は……」
敵対氏族の族長直々に陵辱され、続いて敵対氏族の男性全員による輪姦。さらには全裸のまま貼り付けられ晒し者にされたあげく、人間の町で売られたのだ。
あまりの内容に弘は絶句したが、すぐに頭を下げている。
「いや……何と言うか、すまん」
「主が謝る必要はない。今のは我が聞いて欲しくて話したのだからな」
そう言うグレースの視線からは、どことなく好意を感じるのだが、弘は営業スマイル的なものだと判断した。
「じゃあ、この先はどうなる? 聞いた話じゃエルフは長生きらしいが……」
「さあな。別に逃げようとも思わぬしな」
逃げようとも思わない? 何故だろう?
自分の氏族を滅ぼされ、自身もこのような目に遭いながら、この現状から脱せなくて良いとグレースは言うのだ。
さっぱり理解ができない弘は、他人の事情に踏み込むことだと感じながら、それでもグレースに聞いてみた。
「好きでやってるわけでもないのに、なんで逃げたいと思わないんだ?」
「これが我自身の贖罪だからだ」
氏族の長でありながら内部の裏切り者を見抜けず、氏族全滅の結果を回避することができなかった。そんな自分を許すわけにはいかない。
「人間がな、我らを亜人と呼んで蔑んでおるのは知っておるよ? 以前の我は、それほど気にしてなかったが……今では……」
(聞いたような扱いされたんじゃあ、そりゃ嫌いにもなるか……)
その蔑むべき人間に、性のはけ口として扱われることを、己が身に課したというわけだ。弘には理解できないが、それは屈辱的なことなのだろう。
「その屈辱にまみれることこそ我が贖罪。だからな、主が我を優しく扱ってくれたとき……我は嬉しかった。人間が相手なのにな。しかし……そうやって嬉しさを感じる我自身を、許すわけにはいかぬのよ」
自嘲気味に笑うグレースの目には、なにやら正気ではない光が宿っている。
「こう言うと失礼だがよ? なんか、歪んでるっぽいな。あんた」
「否定はせぬよ。我は裏切られ、敵族長に嬲りものにされたとき……あのときに、もう歪んでおったのであろう」
そこまで言うと、グレースはベッドから立ち上がった。
「もう砂時計の砂が落ちきる。着替えた方が良いぞ?」
「そうだな……」
濡れ布で身体を拭いて貰ったあとで衣服を着込み、グレースの手伝いを得て革鎧を身につけていく。
その間に弘は、もう一つだけ聞いてみることにした。
「もし……もしもだけどな。あんたを身請けたいって奴が現れたらどうする?」
「店主の話だと、我は高くつくそうだぞ? しかし、まあ……そうだな。もしも我のような亜人を、大金で身請けようとする者が現れたとしたら……我は、その者について行くだろうな。なにしろ首輪により絶対服従するしかないのだから」
溜息混じりに言ったグレースは、革鎧の首元から出ている衣服の襟を整えながら苦笑した。
「なんだ? 主が我を身請けてくれるのか?」
「いや……あいにくと持ち合わせがなくてね」
小一時間で銀貨15枚もかかるのだ。身請けなどしようとしたら、どれ程かかることか。
それがわかる弘は、それ以上なにも言うことができなかった。
グレースの方は気にした様子がない。このようなやりとりは、今までに何度となくあったのだろう。
「気にするな。そう言ってくれる男に出会えただけで、人間も捨てたものではないと思えるのでな」
「ああ、そう」
素っ気なく言った弘は、笑って手を振るグレースに力なく手を振り返すと、砂が落ちきった砂時計を横目に見ながら部屋を出た。
そこに案内係が居て立っている。
「お楽しみなられましたか? 時間が尽きましたので、出口まで御案内します」
言うなり彼は歩き出した。その彼について歩きながら、弘は口を開く。
「いやあ、堪能したぜ。ディオスクに来たのは初めてだけど、また来てみたいねぇ」
「御満足いただけたようで何よりです」
……しばしの沈黙が発生するが、弘は大きく息を吸い、努めて明るく振る舞いながら話してみた。
「ときに……あのグレースを身請けようとしたら、いったい幾ら必要なんだろうなぁ? いや、俺はエルフには目がなくてな」
……ピタッ! と案内係が足を止める。
「お客様自身、ご存じでしょうが……グレースは、なかなかのレアものでして。御利用料も高値でございます。ですからアレを身請けるとなると、いやはいや想像を超える大金が……」
「幾らなんだ?」
言葉を遮り聞く弘の顔を、案内係はジッと覗き込んできた。
「駆け引きなしで申し上げますと……金貨20枚ですな。身請けを御希望のお客様には、この金額を提示するよう指示を受けております」
「ふうん、20枚ねえ? 思ったよりも……って、金貨でだと!?」
この世界……いや、この国の貨幣は金貨・銀貨・銅貨の3種類。それぞれ銅貨100枚で銀貨1枚に相当し、銀貨100枚で金貨1枚に相当する。今日までの体感物価だと、銅貨1枚あたり日本円で100円ぐらいの価値だから……。
(え~と、銀貨100枚で100万円。金貨20枚だと……2千万円ぐらいか……。俺の世界じゃあ、田舎で土地付きの一戸建てが買えるな)
考えてみれば、この世界……いや、この国だけのことかも知れないが、貨幣価値が高すぎるのだ。
弘が知っている某有名TRPGでは金貨1枚で1万円相当だった気がする。
(まあゲームや異世界にもよりけりなんだろな。……異世界が他にもあるかは知らんが)
何かのゲームでは、硬貨を大量に持ち歩くのは不便だから、宝石に換えて……というのもあったはず。そうなっていないのは、この世界で金貨……金に特別な価値があるからだろうか?
(いや、そんなことより身請けの話だ)
銀貨数十枚で舞い上がるような自分に、金貨20枚……銀貨で言うなら2千枚も用意できるとは思えない。オークを10体ちょい倒して報酬が銀貨10枚とかなのだから、どれほど依頼をこなせば……。
(ま、無理だな……)
グレースの境遇は気の毒に思うし、助けてやりたい気持ちもある。また、この世界でエルフがどう思われてるかなど関係なく、あれほどの美人なら身請けてみたいという願望もあった。
しかし、無い袖は振れないのである。
「お客様?」
「……あ、ああ、悪い。凄い金額だから驚いちまって」
「ははは。そうでしょうとも」
案内係はニッコリ笑って歩き出した。
今の金額が本音かどうかは不明だが、弘は案内係によって試されたらしい。
そしてニッコリ笑ったのは、予想どおりの反応を示したことで彼が満足したから……のようだ。
この瞬間。弘の額にビキッと血管の筋が浮く。
(気にいらねーなぁ……)
貧乏を笑われたような気がして、気分が悪い。
そのまま酒場に戻った弘は、特に酒場で飲食することもなく外へ出た。
夜の通りは、まだまだ人が多い。
その中へ数歩踏み出した弘は、背後の娼館を振り返っている。
思い出されるのはグレースの素晴らしい肉体と、彼女の境遇。身請けする場合に必要な金額と、案内係の態度だ。
「ちっ……」
忌ま忌ましさを舌打ちで表現した弘は、次の目的地をギルド支部と定めて歩き出すのだった。
金貨1枚あたりの価値が高いのは単に設定ミスです。
D&Dだけでなく、他の作家さんでも金貨の上は『宝石』にされてる方が多いのに、すっかり失念してました。まあ金は魔力媒介になるとか戦略物資だとか、その辺りにして今後に説明したいと思います。




