第五十二話 彼女を乗せて
そして真夜中の山道。
ママチャリにダイナモ付きライトがあるとはいえ、やはり街灯すらない山道を走破するのは厳しい。
(割と道が広いからいいけど、落ち葉とか積もってエラいことになってるな)
落ちた木の枝や、放置された落石なども危険要素だ。
徒歩で来るときですら邪魔だったのだから、そこを自転車走行しようとすればどうなるか……。
救いと言えば、レクト村の住人によりある程度整備されているらしく、道を塞ぎきるほどの巨石が無いこと。そして召喚具のママチャリは思いのほか頑強であり、多少の悪路でもビクともしないことだ。解説には耐久性が低いと書かれていたが、これなら充分使用に耐える。
更に言えば、乗り心地に関しても申し分ない。
サドル乗車の弘のみならず、荷台のジュディスも特に辛くないと言うのだ。
明らかに、弘が知っているママチャリの性能ではないのだが……。
(ん~……乗り心地補正とか付いてんのかな? アレか? 俺がレベルアップすると、召喚物品の性能も上がったりするのか? あ、そう言えば村の戦闘でレベルアップしてたっけな)
あれほど数の村人(頭の中はモンスター)を退治したのだ。当然、経験値も溜まる。
しかし、夜中の山道、それも悪路を走行中にステータス画面を閲覧するのは無理だ。
(その辺は、まあ街道に出てからでいいか……)
「あはははは♪ おもしろーい♪ 何かよくわからないけど魔法の明かりも付いてて最高ーっ!」
自転車運転で四苦八苦している弘に対し、荷台のジュディスは大いに楽しんでいる。
横座りしている彼女は、弘の腰に右腕を回していたが、流れる木々の影を見ながら弘に話しかけた。
「ねえねえ? これ、もっとスピードが出るんでしょ?」
「んあ? あ、ああ、平坦地ならもっと速くはなるが……」
自転車に乗るぐらいが、そんなに楽しいかねぇ……と不思議に思う弘。だが、小一時間ほどして街道に出ると、ジュディスは更にテンションを上げている。
山道とは比較にならないほど整備された街道が、ママチャリに更なる速度を与えたからだ。
「なにこれ!? こんなに速く走れるの!?」
風を切って走る。しかも自分で走ったり、馬で走るよりも上下に揺れることが少ない。
そういう乗車感覚は馬車で体験済みだが、これほど速く走ったことはないし、全身に風を受ける感覚もなかった。
「いやー、気に入ってくれて何よりだぜ」
そう言って笑う弘は、自身の身体能力に内心驚いている。
いくら下りばかりだったとはいえ、休息なしで悪路の山道を走り、今またクロニウスへ向けて街道を移動中なのだ。しかも、荷台には完全武装の女性を乗せている。
普通なら、とうの昔に疲れが出てペダルを漕げなくなっているはずだ。
(ん~……多少疲れは感じるが、それほどでもねーな)
やはりレベルアップを重ねたことが大きいのだろう。
レクト村に戻る際は上り坂ばかりとなるので、自転車移動は無理だと思っていたが、これならジュディスを乗せたままでも速度が出せると弘は考えていた。
(どんどん人間離れしてくるのな。俺……)
このままレベルアップを続けていけば、どうなるものか? 想像すると、ちょっと怖くなる。
その怖さを振り払うように、弘はステータス画面を開いて内容を確認してみた。
名前:沢渡 弘
レベル:16→18
職業 :不良冒険者
力:61→66
知力:21→23
賢明度:47→51
素早さ:55→59
耐久力:62→69
魅力:28→31
MP:70→80
・原付の車体
※追加項目のみ表示
銀貨8枚、銅貨40枚
軒並み能力値が上昇しているが、目立った追加要素は原付の車体くらいだ。
(む~……あとはタイヤの追加が来たら、召喚品合成で原付が組み上がるのかな……)
それは嬉しいことであったが、気になるのは燃料だ。
ガソリンなどを調達しなければならないのだろうか?
(いや……今までのパターンだと、MPを消費して動くとかじゃねーの?)
だとすれば乗れば乗るほどMPが目減りしていくことになる。
㎞あたり何MPかなぁ……などと弘が考えていると、ジュディスが話しかけてきた。
「ほんと、ヒロシって不思議で面白いわよねぇ。あのカレンちゃんが興味を持ったのも頷けるわ♪」
その口ぶりは親しげであり、初対面時の刺々しさは感じられない。
「そりゃあどうも。褒め言葉として受け取っておく……ぜぇ?」
ジュディスが腰に回した腕に力を込めたので、弘の語尾が妙な具合になる。なぜならジュディスは弘に密着してきたからだ。
もっとも、お互いに革鎧や胸甲を着けているので、柔らかさなどと言った感覚は少ない。
「ヒロシ……ありがとう……」
「うん? 何の礼だっけ?」
ペダルを漕ぎながら弘は小首を傾げる。背後から苦笑するのが聞こえた。
「具体的に言うなら、村の戦闘で大活躍だったでしょ? そのことよ」
「けど、あれはたまたま、俺とメルが外に出てたから上手く立ち回れたんであって……マジで偶然だぞ? それに外で村人の相手するときだって、メルやノーマが居なけりゃ簡単にはいかなかっただろうし……」
当時は無我夢中で暴れていたが、ちょっと掴まれただけで動きが止まり、多数の村人に取り囲まれる恐れがあったのだ。
(レベルが2~3ほど低かったら死んでたかもな~)
暢気に思う弘であったが、同時に背筋に嫌な汗もかいている。たまたま無双状態になってただけで、一歩間違えば死ぬところだったのだ。
「無茶が上手くいっただけ……か」
「それでも2階で追い込まれた時……ヒロシが駆けつけて戦ってくれたことは嬉しかったの……」
「ああ、そう……」
これ以上謙遜しても仕方がなく、さりとて気の利いたセリフも思い浮かばない弘は、口癖になりつつある「ああ、そう」で会話を終わらせた。
ジュディスは残念そうに唸ったが、やがて溜息をつくと話題を変える。
「ねえ? この依頼の件が片付いたらどうするの? あたしとしては……その、弘にはパーティーに残って欲しいんだけど?」
「そうだなぁ……」
弘は考えた。
そもそも、1人で依頼受注して死ぬような思いをしたからこそ、仲間を欲したのだ。結果、ジュディスパーティーに拾ってもらえたが……。
(ムーン達と合流して思ったんだけど。能力を使うたびに、いちいち驚かれるってのがなぁ……)
当初は召喚能力を隠そうと努力したが、人前で使う以上は目撃されるし、それが味方や仲間なら質問されることを避けられないだろう。
また、質問を突っぱねるのも、よほど相手が気に入らないとか、そういう場合でなければ性分的に難しい。
(一番の問題は、召喚能力だか術だかが、戦闘で決定打になってないことか……)
オーク討伐時はバスタードソードが主武器であり、召喚武具は添え物だった。
とはいえ、最近ではスタン系の武具が大活躍だし、武具以外だとママチャリも今まさに役立っている。将来的に原動機付自転車も召喚できそうとあっては、長い目で見れば強力な能力になるのだろう。
(けど、俺は気が短いからな。とっととパワーアップしたいんだわ。やっぱ、人目に付かないところで徹底的に鍛えるか……)
異世界転移系の物語等で見かける主役ほど強くなれれば……多少目立ったとしても、強さに物を言わせて自分を押し通せる。
(かもしれねーなぁ。ま、努力目標って奴だな)
グルグル考えた弘は、ジュディスの要望に対してこう答えた。
「1人でな、色々と試したいことがある。だから、暫くは1人で行動するつもりだ」
「そっか……」
ジュディスの声は実に寂しそうである。
これが出会った頃なら、彼女の印象が悪かったので弘は放置していただろう。
しかし、この時の彼は「ジュディスに何か言わなければ」という気分になっていた。
(気まずいって言うかなぁ。なんで俺、悪いことしてるみたいな気分になってんだろうな?)
自分自身の事ながら小首を傾げつつ弘は言う。
「ジュディスのパーティーが嫌で抜けるんじゃねーし? そのうち、また一緒に依頼を受けたりするかもしれねーな。……あんたらが嫌じゃなければな」
「そ、そうね。そうよね。……そのときは思い切りこき使って上げるから、せいぜい強くなっておくことね♪」
一転して口調が明るくなった。
弘は「お? 元気になったか?」と後方を振り返ろうとしたが、ジュディスの左手で頭を押さえられてしまう。これにより首の動きがロックされてしまうが、それを女性とは言え戦士の腕力でやられるのだからかなり痛い。
「痛だだだ!? 何すんだ!? 危ないだろ!」
運転中のことなので弘は大いに慌てたが、ジュディスは怒鳴るように言い放った。
「うるさい! 今のあたしの顔を見るな!」




