第四十八話 出てきたモノ
一方、村長宅は大パニックに陥っていた。
弘とメルが外に出てから、さほど時間がたたないうちに村人が大挙して押し寄せ、村長宅を囲まれてしまったのである。
そして、強引に押し入ってこようとする村人を何とか押し出すと、2パーティー総出で家中を駆け回り、戸締まりをしたのだ。
「なんだなんだ!? いったい何がどうなってんだ!」
裏口を施錠し、その扉前に家具を移動させたラスが喚いている。
それに答えることなく、ムーンが叫んだ。
「村長は! 村長はどうした!」
「し、寝室に居ませんよぅ!」
2階から階段を駆け下りてきたターニャが、半泣きで報告する。
「居ないだって!? 何処にも居ないのか!?」
家主かつ村長である彼に頼んで、事態の解決をと思っていたのに、これでは……。
「くそ!」
吐き捨てたムーンは広間のアチコチに視線を巡らせていたが、やがて家具の一つに歩み寄ると、窓際へ移動させる。
その姿は目に見えて苛ついており、ベテラン冒険者の彼も落ち着いていられないようだ。
「う、重っ……。女の細腕に、これはちょっと……」
1階広間の奥では、ウルスラとサイードの僧侶組が長椅子を移動させながら話していた。
「ね~え? さっき出て行ったヒロシ達、大丈夫かしら?」
「ああ、心配だな。けど、先生が一緒なんだ。きっと大丈夫さ!」
サイードは長椅子の端を持って後退しながら、二カッと笑う。笑顔が引きつっているので、無理しているのが見え見えなのだが、こういう時に無理して笑える強さをウルスラは好ましく思っていた。
(でもぉ、私の好みとしては、もうちょっと歳が同じぐらいがいいのだけどね~)
「ちょっと! いったい何のつもりよ!」
ジュディスが窓から身を乗り出して叫んでいる。
「余所者だからってリンチにでもする気!? あたし達はねぇ、村長に呼ばれて……」
びゅっ……カッ!
風を切って飛んできた草刈り鎌が、ジュディスの右方……の窓枠に突き刺さる。
「ひっ!?」
慌てて窓を閉めたジュディスは閂をかけ直すと、ムーンの協力を得て食器棚を窓の前に移動させた。
「いったい……なんなのよ……」
半ば脱力気味に呟くジュディスの耳に、新たな情報が飛び込んでくる。
「おい、嘘だろぉ? ムーン! 村長だけじゃねぇ! ナクラの奴も居ねーぞ!」
ラスの声だった。
その声に皆が反応し、彼を見る。
「ナクラも居ない? 本当か!」
ムーンの問いかけに、ラスは身振り手振りを交えて答えた。
「ホントだって! 俺は1階の戸締まりをしてた時に一度も見てないし、2階から下りてきたノーマが『ナクラが家の中に居ない』って……」
……。
各柱や壁に備え付けられた照明器具類。それらの明かりの中、不気味な静寂が1階広間を支配した。
「俺達はいったい、どういう目に遭ってるんだ?」
呆然とした口調でムーンが呟く。
その問いかけに答えられる者はいないが、やがて声を発した者が居た。
偵察士のノーマである。
彼女はジュディスが閉めた窓に近寄り、隙間から外の様子を伺っていたのだが……。
「居たわよ。ナクラ……それに村長も居るわね?」
「なにっ! どこだ!」
ムーンが窓に駆け寄り、ジュディスもムーンとは少し離れた位置で窓に貼り付く。
隙間から覗いてみると、確かにナクラと村長が居た。
2人とも精気の失せた虚ろな表情で、手に手に剣や手斧などを持っている。
「ムーン? 明らかに冒険者風の奴が何人か居るんだけど? ほら、村長の少し手前側……」
「む、本当だ……」
戦士風の男が2人、魔法使い風の男が1人。
察するにナクラのパーティーメンバーなのだろう。
彼らの村長達や他の村人達のように、精気の失せた顔つきで「あー」だの「うー」だの唸っている。
「要するに……」
窓から顔を離したムーンは、振り返って皆を見回した。
「俺達は騙されたってことらしいな。さて、どう切り抜けたものか」
「切り抜けるって……戦う気なんですかぁ? 相手は村人なんですよ?」
怯えた様子のターニャが言うと、ムーンではなくジュディスが答える。
「向こうは襲ってくる気満々なんだから、そんなこと言ってたら死ぬわよ?」
ドンドンドンガンガンガン!
突然、玄関扉が激しく叩かれた。
ジュディスが「うひゃ!?」と珍妙な声をあげて壁から飛び退く。
「村人の数が増えてる……どうやら人数が集まるまで待ってたみたいね」
サッと窓の隙間から覗き見たノーマが、誰に言うでもなく呟くと、広間の冒険者達は次々に戦闘態勢を取った。
「ともかく、やるしかない! みんな、村人が相手だからと言って手加減するんじゃないぞ!」
ムーンは村人に対する戦闘を号令する。
これは、領主などから村人殺害の責任を問われた際、自分がリーダーとして一身に責任を負うということだ。
もっとも、状況が状況なので弁明の余地はあるだろうが……。
「弁明できるかどうか、まずは生き残ってみなくちゃね!」
「その意気だ、ジュディス! 君は、ラスと一緒に裏口を見張ってくれ! ウルスラとサイードは居間や厨房の窓、それに勝手口にも気を配るんだ! 俺は、このまま玄関広間で待機、入ってこようとする奴を潰す! ターニャは一緒に居て魔法で援護を頼む!」
「私は?」
1人冷静な……いや、普段どおりなノーマが自分を指差すと、ムーンは一瞬考えてから指示を出すいた。
「君は2階に上がって、立て籠もるのにいい部屋を探してくれ。そしてバリケードとかを作りやすいよう、家具なんかを運び込んでおくんだ」
「あまり重いモノは動かせないわよ?」
「その辺の判断は任せた! 盗賊ギルドあがりの腕前に期待する!」
言われたノーマは肩をすくめ「人のヤクザな歴史を大声で言わないでよ」と言いつつ、階段へ駆けていく。
「さっき2階で、屋内物置みたいな部屋を見かけたの。資材とか掻き集めておくわね」
そう言い残し、ノーマは2階へと姿を消した。
それを見送った直後。
ばきゃ! メリメリメリ!
嫌な破壊音が裏口方向から聞こえてきた。
「さあ! みんな仕事だぞ! 張り切ってくれ! 危なくなったら2階に逃げるからな!」
ムーンの号令により、ジュディス達は各々が与えられた役割を果たすべく、行動を開始したのである。
一方、村長宅から二軒隣りの住宅裏。
「こんなとこにも居るのかよ」
村人男性を殴り倒した弘は、顎下の汗を手の甲で拭っている。
通りに沿って並ぶ民家の裏側を回り込み、距離を取ってから通りの様子を見ようとしたところ、裏路地に1人村人が居た。
その村人が手に持った鎌を振り上げ襲いかかってきたので、やむなく弘達は戦うことにしたのだ。と言っても、咄嗟の近接戦闘なので戦ったのは弘のみ。
先程、いきなり1人撲殺してしまったので、今度は鉄メリケンサックでスタン効果を試したのだが……。
「駄目だな。死んでる」
メルの報告を受けてガックリと肩を落とす。
この短時間で2回目の殺人……。
「威力は控え目にしたつもりなんだけどなぁ……」
1人殺すたびに後悔していては冒険者としてやっていけないかもしれない。だが、人を殺して平気……なんて人間に、弘はなりたくなかった。
その弘の呟きにメルが反応する。
「そんなに威力を低くしてたのか?」
「ああ。人間相手に使ったことがないから自信ないけど、痺れて動きが鈍くなる程度のはずなんだ……」
そうして動きの鈍ったところを、押さえつけて縛り上げようとしたのだ。
しかし、結果は御覧のとおり。
弘は大きな溜息をついたが、メルはフムと唸ってから倒れた村人を調べ始めた。
やがて「むっ!」と一声あげ、彼は一歩飛び退る。
「どうしたっ?」
「どうもこうも。これを見ろ」
メルは杖先に極小さな光を作り出し、村人の頭部を照らして見せた。あらためて見たところ、30代くらいの極普通の男性だが……。
「耳だ」
「へっ? うわ……」
言われるまま村人男性の耳を見て、弘は呻いた。
耳の穴から小蜘蛛が大量に涌きだしていたのである。
「ヒロシ、この男性の頭を持ち上げてみてくれ」
「お、おう?」
あまりの展開に、弘は言われるまま動く。
小蜘蛛に触れないよう注意して頭部を持ち上げると、その異様な軽さに驚愕した。
(なんだこれ? 1㎏もないんじゃないか?)
「むちゃくちゃ軽いぞ……」
「やはりか? ならば私に思い当たることがある」
メルは弘に「もういい」と言って村人の頭部を放させ、思うところを述べだした。
それによると20年ほど前のことだが、小さな虫を寄生させて動物を操る魔法実験が問題になったらしい。
「家畜を扱いやすくしたり、伝書鳩を確実に運用したり、危険なモンスターを意のままに操って軍事利用したり……というのが目的だな。確か開発者は、違法な人体実験をした罪で極刑になったはず……」
その後、禁呪扱いとなって、術式自体が闇に葬られたのだとメルは言う。
「おそらく、この蜘蛛はそれら実験体の成れの果て……いや変だな、野生生物となって繁殖しているとは考えられんことだが……」
「じゃあ、さっきこの人の頭を持って軽かったのは……」
弘の懸念を察したメルが、厳しい表情で頷いた。
「村人の脳を喰った蜘蛛が、脳の代わりをしていたんだ。いやこの場合、成り代わったと言うべきか……それが体外に出たので軽くなったんだな」
「うげ……やっぱりか。けどよ? 村に来たときは、ムーンやジュディス達と普通に話してたぜ?」
「喰らった脳から情報を得て『演技』をしていたんじゃないかな? ま、推測に過ぎんが……見ろ、どうやら体外に出た小蜘蛛は長く生きられないらしい」
指し示されるまま見ると、なるほど、村人の耳から湧き出た蜘蛛たちは、数十センチほど離れた地点で動かなくなっていた。
「えらく貧弱っすね」
「いや、普通の打撃とかなら、もっと耐えたかもしれんが……ヒロシのナックル、そこから出た電撃が頭部にまで伝わったため、一撃で倒れたのだろう」
そしてショックのあまり体外へ出て絶命したのだ。
このメルの見解を聞いて、弘は表情を明るくした。
「電撃に弱いってのはイイ情報っすね!」
「ああ、私は電撃魔法を使えないが、ヒロシのその武器なら……」
そこまで言ってメルは言葉を切った。
「ヒロシ、君の武器は何なんだ? 突然に現れ、極普通のブラスナックルか何かなのに、高度な電撃魔法が付与されている。威力の強弱も自由自在……そんなものは今までに見たことがない」
「これか? これは……生まれ持っての能力で、こういう武器を呼び出す力……としか言えないんだけどなぁ」
生まれ持ってというのは嘘だが、こういう能力という説明に関しては嘘は言っていない。他にもアイテム収納の能力があったりするのだが、今は言わなくていいだろう。
(いや、能力って言ったら『対象物解析』なんてのもあったな!)
つい忘れがちだが、この対象物解析なら小蜘蛛の正体もわかるはず。
地面に転がる小蜘蛛の死骸を見つつ、弘は能力発動してみた。




