第四十七話 フラグ
ナクラが戻ってきたのは、3時間ほど経過した……昼前頃だった。
彼の報告によると、ハンク達の生存は絶望的だろうとのこと。
襲われた地点で、グシャグシャに引き裂かれた鎧やローブをナクラは発見したらしい。
この報告によりクロニウスへ戻ることが決定したが、問題は現時刻だった。時間的にはまだ明るい内と言っても、山中なので日暮れは早い。
村長にはクロニウスへ戻る話をしてあったものの、「今から出ても、山林部を抜ける前に日が暮れる。今日のところは泊まっていきなされ」と、その村長によって引き留められたのだ。
日没時間を覚え違いしていたムーンの失態だったが、冒険者達の不満や苛立ちはナクラに向けられている。なぜならムーンは元々、クロニウスに戻るつもりだった。その彼に泣きついて引き留めたのがナクラだからだ。
「くそ! なんてこった! こいつのせいで、バケモンが出る村に泊まることになるなんてな、ああもう!」
「喚くな、ラス。俺にも責任はあるんだ」
不平をブチまけるラスを、ムーンがなだめている。
村長宅で玄関口の広間を借りた弘達は、ここで一晩過ごすことにしたのだが、隅で小さくなっているナクラに対しては誰もが厳しい視線を向けていた。
とはいえ、自パーティーメンバーを心配しての行動だったので、敢えて文句は言わない。
ただ1人、ラスだけはナクラに対する不満を爆発させているのだった。
「……私のせいだ」
この時、両パーティーは広間の左右に分かれて座っていたが、ムーン達の騒ぎを見たジュディスが重い溜息をつく。
「ごめんね、みんな。私がもっと、強く反対してたら……いえ、最初からムーン任せにしてなかったら、あるいは……」
今更言っても仕方ないことだが、愚痴らずには居られないのだろう。
これが聞こえたのか、ムーンが気まずそうな顔をしている。と、ここで弘がジュディスに声をかけた。
「なんてこたねーよ。気にすんな」
本来なら、パーティーで古参のウルスラやターニャが言うべき事だったろう。しかし、2人とも今の状況に衝撃を受けているのか、無口になっていた。そこで見かねた弘が、『俺の柄じゃねーよな』と思いつつ声をかけたのである。
「何が悪いかなんて事前にわかってたら苦労しねーし。そもそも、みんなで考えたことなんだから、ジュディスが1人で気に病むこたねーんだ。あと一人称が『私』になってるぜ? いつもどおりやってくれなきゃ調子が狂う」
「ヒロシ……」
ジュディスが若干潤んだ瞳で見てくる。普段がお元気娘なだけに、妙に可愛らしいが……こういった『臭い雰囲気』、弘は大の苦手だった。
「さ、さて……俺は一寸用を足してくるわ」
そう言って立ち上がる。
ちなみに、この村ではトイレは共同になっており、村の外周部の何カ所かに点在していた。この村長宅でさえ単独のトイレ設備はないらしい。
だから、用を足すときは外に行くしかないのだ。
「悪いけど、荷物を見ててくれ」
弘は、剣と盾を除いた荷物一式を床に置く。それらは、個室に籠もって用を足すには邪魔だからだ。剣と盾も邪魔だが、個室へ入ったと同時にアイテム収納すれば問題ないだろう。
「よし、では私も御一緒しようかな……」
ムーンパーティーの中年魔法使い、メルが言いつつ立ち上がった。
「ヒグマや大蜘蛛のこともある。外は危ないかも知れんが、戦士が一緒なら少しは安心だろう」
「いいのかぁ? 先生? そいつ、聞いた話じゃ新人だぜ?」
ラスが自分のことを棚に上げて茶化すものの、メルは聞く耳持たず歩き出した。
「ヒロシ? 大丈夫だとは思うけど、何かあったら大声で呼ぶのよ?」
「わかってる。一番近いトイレは、村長宅の裏手だったな?」
ジュディスに確認を取ったヒロシは、玄関口で待っていたメルと共に外へ出て行く。
外はすでに夕暮れをこえて夜になろうとしていた。
「君は……何か変わったところがあるな?」
メルが話しかけてきたのは、村長宅を出てからすぐのことである。
街灯など無いので、メルが魔法の光を杖先に灯してくれて大助かりだった弘は、ご年配の魔法使いに対して敬語混じりに返事をした。
「変わったところって言うと、なんすかね?」
「君はどうも……争いごとからは縁遠いような気がする」
「争いごとから縁遠い……ねえ」
こう見えても暴走族経験者。荒事はそれなりに体験した身だし、こっちの世界に来てからは命のやりとりを何度かこなしている。
しっくりこない弘であったが、唐突に思い当たった。
(そういや日本って、何十年も戦争してないよな)
戦争しなければならないようなときでも、戦争できないようになってるとも言えるが、それはさておき、長らく戦争をしていないという意味ではメルの言うとおりなのだろう。
「そうだな。そうかもしれねーな。けど、それが何か?」
「いや、少し気になっただけだ。気に障ったなら謝るよ」
別に気に障ってなどいない。
強いて言うなら、こっちの魔法使いから『変わり者』に見えるぐらい戦争の臭いがしないと言われたわけで、なにやら微妙な気分な気分になっただけだ。
その後、先に用を済ませた弘は、メルが別個室から出ると2人で歩き出した。
(そういや……)
今、自分が置かれたシチュエーションを思うと弘はニヤリとする。
モンスターがらみで訪れた見ず知らずの土地。そこで一泊、しかも小人数で夜に外出ときた。
「これはフラグ……って奴かな?」
「どういう意味かね?」
呟き声が聞こえたらしい。
メルが興味深げに聞いてくるので、弘は説明することにした。
「いや映画……おっと、俺の国の舞台劇か何かで、『お約束』って奴があるんすよ。例えば物語の展開上、これから何か予定があるようなことを言う奴は死ぬ……とか」
「ほう」
我ながら拙い説明だと弘は思ったが、メルは知恵者……魔法使いらしく脳内解析した結果納得したらしい。
「つまり、今の私達の状況が、そのフラグ……条件達成に似ていると?」
「ま、そんな感じっすね」
杖先の魔法光に照らし出されたメルの顔は、実に興味深げだ。
「言われてみると、私が知る幾つかの英雄物語にも似たような展開があるな。この戦に勝ったら結婚する……ようなことを言った者が大抵死んだりとかな」
「そう! そんな感じ!」
自分の世界の俗語である『フラグ立て』が、異世界人から理解を得たので、弘は何だか嬉しくなってきた。
「ふむ。物語の事例を、現実に当てはめて考察するというのは中々に面白い発想だ。いや……物語自体、実話を元に作られていることが多いから、参考にするのは当然だな。ふ~む……では、ヒロシ? 今の我々の立ち位置、それが君の知る物語の展開だとしたら、これから私達はどうなる?」
「へっ? え~と……」
学者タイプの中年男性から、生真面目にフラグ展開を聞かれた弘は面食らう。
(さ、さっき考えてたホラー映画とかを参考にすればいいのか?)
例えば、キャンプ場に殺人鬼が出るタイプの映画では、夜に単独行動するキャラクターは……。
「死ぬ……かな? 小人数で夜に外出したりすると、死……」
「ん? どうした?」
途中で言葉を切った弘は、腕を伸ばしてメルのローブを掴むと強引に引っ張った。メルが「わあ! なにを!?」等と叫んでいるが、そのメルも驚愕の表情を浮かべて言葉を切る。
ブオン!
一瞬前までメルが立っていた場所を、巨大な鎌が風を切って通過していた。
クワのような長柄に取っ手が2つあり、長大な鎌の刃渡りは100センチ程か。
「わ、わわわ……」
「おいおい、マジにフラグだったのかよ?」
弘は尻餅をついたまま後退するメルの前に出ると、杖先の魔法光で照らし出された相手を見た。
大鎌を持つ者。それは……村人だった。
「わけわかんねーぞ! いや、ホラー映画的にはありなんだが……」
チラリと村人が持つ大鎌を見る。
洋ものドラマや映画。そこで登場する農家等で見かけられる農具なのだが……それで攻撃されるとなると、さすがに腰が引けた。
しかし、襲われる理由は定かでないが、大人しくしていると殺されてしまうのは間違いない。
「……剣だと、相手が死んじまうな」
弘は、腰のバスタードソードへ伸ばそうとした手を止めた。
(バールも駄目。木刀……いや、ここは鉄警棒だ。出ろ!)
召喚により、鉄の警棒が出現する。
「そ、それは、いったい何処から……」
メルが驚きのあまり問いかけてくるが、それに構っている場合ではない。
村人は一歩二歩と歩いて距離を詰め、振り上げた大鎌で第二撃を見舞ってきた。
ブビュア! ずがっ!
胴を刈るように振られた大鎌を、弘は左手で持った盾で受け止める。しかし、相手が大鎌なこともあって盾は派手に切り込まれてしまった。
(くそ! また盾が壊れちまった!)
次に盾を買うときは、外周部を金属補強したものを買おう。そう心に決めつつ、弘は相手の懐に飛び込んで鉄警棒を突き出す。警棒と言っているが結局は鉄の棒なのだから、通常は命中しても打撃ダメージが発生するだけだ。
だが、弘の持つ鉄警棒は召喚武具であり、電撃によるスタン効果の付与が可能であった。
「いい加減にしやがれ!」
ドス!
鉄警棒の先端が村人の腹部に突き込まれる。刹那、暗い夜道が青白い電光によって照らし出された。
バチチィ!
「ぎゃっ!?」
村人が弾けるように引っ繰り返る。
「ふう……慌ててたもんで手加減できなかったが、死んでないよな?」
倒れた村人を覗き込んだところ、正体は農作業着を着た初老の男。
弘が相手を見下ろしていると、メルが近寄って老人を診てみた。
そして鼻先に手をかざし呼吸の有無を調べたりした後、おもむろに弘を見上げて言う。
「うむ。死んでいるな。ショック死という奴だ」
「はあ!? マジかよ!」
この世界における弘の初殺人であった。
大きなショックを受けるが……吐いたり茫然自失になるほどではない。
要するに割と平気なのだ。
それは幾度かの戦いを経て、弘の中に覚悟のようなモノができあがったからか?
あるいは暫くすると、猛烈な自己嫌悪に襲われたりするのか?
少なくとも弘自身、まだ判断がつかなかった。
そんな状態の彼にメルが話しかけてくる。
「ヒロシ? その武器は? いったい何処から出したのかね?」
この状況下で知的好奇心を優先させるあたり、さすがは魔法使いだ。ゲームや小説で出てくるイメージそのままだな……と思う弘であったが、今は、そういう話をしている場合ではない。
「悪いけど話は後で。それより……」
弘は長く息を吸うと大きく吐き出した。
自分はまだ混乱してるようだが、混乱したままでは命に関わる。
今はそういう事態なのだから、深呼吸でも何でもして落ち着きを取り戻さなければならない。
「襲ってくるのが1人だけならいいけど。ひょっとしたら……あっ……」
「むっ?」
弘が夜道の向こうに視線を向けると、つられてメルも見た。
そこは雑木と村長宅の間にある小道の切れ間で、大通り……と呼べるほど大層なものではないが……が見えている。その大通りで、幾つもの松明の火が揺れていた。そして、その松明を持っているのは村人達である。
「う~わ。なんか山狩りみて~だ」
「まったくだ。だが、あの様子だと狙われてるのは、この村長宅だぞ」
同意するメルは、言うより先に杖先の魔法光を消していた。
松明の火に照らし出されているのは数多くの村人達。彼らの顔の向きからすると、村長宅を凝視しているのがよくわかる。
「状況がよくわからんけど。連中が村長の家を取り囲む気ならっすよ? ここから離れた方が良くねっすか?」
「同感だ。ムーン達のことは心配だが、危険度で言うなら2人しかいない我々の方が問題があるからな」
手早く意見をまとめた2人は、頷きあうと村の外周部に沿って移動を開始した。




