第四十五話 とある冒険者達の決断
「えええっ!? サワタリさん、もう別の依頼を受けちゃったの!?」
弘達が、八本足のヒグマの探索及び偵察へと向かった頃。
クロニウスの冒険者ギルドに戻っていたカレンは、受付にて残念無念の声をあげていた。
次に会えたら、オーク討伐をどう達成したのか? どれほど冒険者として成長したのか? 色々と聞きたかったのだが……。
「そのあたりは、検査済みの冒険詳報が来てますから……見ます?」
「見る見る!」
若干引き気味の受付嬢が弘の冒険詳報を差し出すと、カレンは引ったくるように掴み取った。
各冒険者は、登録当初の依頼遂行についてギルドから調査される。それは、発動までに半時間もかかる精霊通信によってなされるが、一度発動すれば半日は自由に通信可能なので、詳細な依頼人への聞き取りが可能なのだった。
こうして不正や不備が無いか調査された後、依頼遂行までを書面にまとめたのが『冒険詳報』と呼ばれるもの。これは登録冒険者であれば誰でも無料閲覧することができた。
そうすることで、他冒険者の知識や工夫を学ぶことができ、冒険者全体の能力底上げが期待されているのだ。
受付前でザッと流し読みしたカレンは、その内容に目を丸くする。
「うわ、なにこれ? サバ村の村長さんから聞いた話に、オークメイジが追加されてる……」
「え? あの内容に、魔法の使い手が加わるのですか? まさか……」
弘に良い印象を持たないシルビアだが、この時ばかりは思わず詳報を覗き込んだ。
そして、カレンが言ったとおりの内容を確認して絶句する。
弘がサバ村を去った時期を考えると、カレン達が立ち寄ったのは完了検査の前だろう。ちょっとした小話程度に聞いただけだったので、村長が話し漏れしていたのかもしれない。
そう推測した2人は、受付嬢に冒険詳報を返却すると顔を見合わせた。
「これは……本当に1人でやったのでしょうか?」
最初に聞いた追加討伐だけでも大変なのに、弘はオークメイジから魔法攻撃を受けながら戦っていたことになるのだ。
「と、取りあえず、酒場でジュースでも飲みながら話しましょ?」
「そ、そうですね……」
場所を酒場に移し、2人は果実ジュースで唇を湿らせながら話し合う。
もちろん、お題は弘の冒険ぶりについてだ。
「シルビア? サワタリさんのこと……どう思う?」
「驚きの成長ぶり……ですね。ですが……」
思い当たる節があるのか、シルビアが言葉を切った。
「思えば、テュレからクロニウスに向かう間だけでも、目に見えて強くなっていましたし。普通の人よりも成長が早い気がします」
「そうなのよね~。何だか不思議……」
その成長の速さは、必要経験値さえ溜まればレベルアップをし、その瞬間に各パラメーターが上昇する……という、弘の体質によるものだったが、カレン達には知る由もない。
「次に会うとき、どれほど強くなっているのか……すっごく楽しみ♪」
「サワタリ殿の方が、カレン様より強くなってるかもしれませんけどね♪」
珍しくシルビアが冗談口を叩くので、カレンはケタケタ笑ったが、不意に笑うのを止めるとテーブル上のコップを見た。
陶器製のコップには、果実を搾ったジュースがまだ残っており、カレンがそれを一気に煽る。
「サワタリさんと言えば、今はジュディスちゃんのパーティーにいるんだっけ?」
「はい。そう聞きましたが?」
カレンは空になったコップの縁を、人差し指で撫でた。
きゅっきゅっ。
乾いた音が鳴る中、カレンが口を尖らせる。
「私とお話しした男性冒険者って、ほとんどジュディスちゃんのパーティーに入っちゃうのよね~。それで暫くしたら姿を見せなくなるし~。どうしてなのかしらね~?」
「さ、さあ? 偶然だと思いますけど……」
白々しく目を逸らすシルビアを、カレンは軽く睨みつけた。
が、すぐに「むふん」と鼻を鳴らして余裕の表情を見せる。
「でもまあ……サワタリさんとは、また会うと思うわ」
「どうして、そう思うのですか?」
「だってサワタリさん、異世界の人だもの」
「理由になってないですよ? それ」
シルビアは呆れ顔で突っこんだが、カレンはまるで気にしていない。
「い~のよ。私が、そう思ってるだけなんだから♪」
カレンが夢見がちな発言をしていた頃。
弘達は「まずは偵察!」というムーンの方針に従い、山林へ移動していた。
村長から得た情報では、その山林は抜け駆け組が向かった場所であるとのこと。
「じゃあ、パーティー単位で二手に分かれよう。何かあったら、村まで戻って……ん?」
山林を前に指示を出していたムーンが、言葉を切って前方を凝視した。
見れば、前方の茂みから1人の男が現れ、倒けつ転びつしながら近づいてくる。
「みんな、注意しろ!」
叫びつつムーンが剣を抜き、ほぼ同時に弘、少し遅れてジュディスとラスが剣を抜いた。
「よ~し、そこで止まるんだ! こっちまで来るんじゃない!」
ムーンが男を制止させているのを見ながら、弘は「短弓を出した方が良かったかな?」と思ったが、男が数メートル先で止まったため、彼とムーンに注目する。
「名前はっ? 抜け駆けしたパーティーの一員か?」
「そ、そうだ! 助けてくれ! みんな、みんなが!」
かなりのパニック状態だ。
見た感じ、黒っぽい革鎧を着た偵察士風なのだが、その職種の者だとは思えないほど混乱している。
それを見たムーンはジュディスと頷きあうと、更に大きな声で相手に指図した。
「よし、じゃあ両手を挙げて、こっちに来るんだ! 武器を抜いたりするんじゃないぞ! 妙な行動をすれば、即座に攻撃する!」
「わかった、言うとおりにする! だから助けてくれ!」
言いながら近づいてきた男は、ナクラと名乗り、抜け駆け組の偵察士だと説明する。その彼を農道の脇に座らせ、ムーンが尋問を開始した。
「まずは落ち着け。見てのとおり、俺達は冒険者パーティーが二組だ。大抵の奴が相手でも何とかなる。お前のパーティーはどうなった? 何かと戦ったのか? 八本足のヒグマが出たのか?」
「ひ、ヒグマ?」
震えていたナクラは、ムーンを見上げる。
「そ、そうだ。俺達はヒグマを見たんだ……。ハンクは、俺達のリーダーは奴の後をつけて、巣穴を探そうって……」
ナクラは一言一言、思い出しつつ話し始めた。
ナクラが所属していたパーティーは、ムーンが推測したとおり新人パーティーだった。
リーダーのハンクを始めとした戦士3人は町兵くずれだったし、魔法使い2人はとある村の出身で、師匠の元を飛び出してきたライバル同士。ナクラ自身は、盗賊から足を洗うつもりで冒険者登録をしたばかりの偵察士だった。
クロニウス支部において一番乗りで依頼メモを剥がした時、リーダのハンクが悪そうな笑みを浮かべてたとナクラは言う。
「パーティー3組でってことだが、俺達だけで片付けたら儲けは3倍ってことだな!」
この浮ついた提案に関し、反対する者は居なかった。
なぜなら彼らの6人編成は、よくある5人編成(例:戦士、戦士、僧侶、偵察士、魔法使い)よりも多かったし、偵察士が居て僧侶が居ないものの、魔法使いは2人も居た。
何と言っても戦士が3人居るから、多少強いモンスターが出たとしても袋叩きにすることが可能だと考えたのである。
抜け駆けすることについては他パーティーから文句を言われるだろうが、世の中早い者勝ちなのだ。
そこまで聞いた弘は、首を傾げた。
「早い者勝ちなのだ……って、それでオーケーなのか?」
「報酬獲得の権利という意味では通る話だ。だが、それをすると信用はガタ落ちだな。抜け駆けするような奴らと誰が組みたがる? 有益な情報だって教えて貰えなくなるし……後々のことを思えばやらない方がいい」
弘に説明したムーンは、ナクラに対して先を続けるよう顎をしゃくって見せる。
意気揚々とクロニウスを出たハンクパーティーは、途中、モンスターに出くわすこともなく2日ほどでレクト村に到着した。
そして村長から事情を聞くと、その足で山岳部の森林地帯へ乗り込んだのである。
ここまでは弘達と同じ行動だが、問題は山林に入った後だ。
さほど歩かないうちに先頭を歩いていた偵察士、ナクラが問題のヒグマを発見した。
「顔つきなんかは普通のヒグマだったんだ。けど胴体は妙に丸々太ってて、8本ある足はどれも長くて……」
その長い足の関節がどうもヒグマのそれではなく、別の生き物のように見えたとナクラは言う。
「戦士のルファードが『なんだいありゃ? まるで蜘蛛じゃないか』って言ったんだ。俺も、そう思った。でも、あんなのは見たこともなくて……」
遠間から様子を伺う中で、パーティー内の意見は割れた。
いったん村まで戻って、他のパーティーの到着を待つべきだという意見。
相手が1体だけなら、自分達だけでも何とかなるという意見。
村まで戻る派だったのは、ナクラと戦士のルファード。
そして他の者達は、あくまでも討伐任務を続けることを希望した。
その討伐続行派で、最も強硬だったのがリーダーのハンクである。
彼は言った。
「なにビビッてんだ? 見たろ? あいつは、たかが1体だ。こっちには魔法使いが2人もいる。不意打ちで魔法を連発して、ひるんだところに戦士が3人がかりで斬りつける。俺達は組んでから日は浅いが、このやり方なら絶対に勝てるって!」
この説得を聞いてるうちに、ナクラもルファードも「上手くいくんじゃないか?」という気分になったらしい。そして、ハンクに言われるまま……ヒグマを攻撃することとなったのである。




