第四十話 再戦
「そう。あたし達は他パーティーの到着を待つ。それまでは……まあ暇つぶしでもしましょうか」
「暇つぶし?」
席を立ったジュディスを、弘は座ったまま視線で追う。彼女はテーブルを回り込むと、弘の近くにまで来た。
「例えば、そぉねぇ。前に会ったときから、どれくらいサワタリ……ん、名前の方が呼びやすいか。ヒロシでいいわよね? どれくらいヒロシが強くなったか、見せて貰おうかな~って」
「ほぉう? 面白れぇ」
ヒロシはニヤリと笑って立ち上がる。
以前、初対面のジュディスに首元へナイフを突きつけられたのだが、あのときは全く反応できなかった。
その意趣返しができる……という思いが少しはあるが、自身の成長ぶりを計るには願ってもない申し出である。
「あのときは、その……悪ふざけだったけど。今度は真面目だからね?」
「いいとも。で、何で勝負する? 剣か? コレか?」
言いつつ拳を握って見せたところ、ジュディスは引くように上体を反らした。
「剣よ剣。あたしが殴り合いとかするわけないでしょ?」
(けっこう似合うと思うんだけどな……)
「なんか言った?」
「いや、別に何も?」
ジュディスは疑わしそうに睨んでいたが、やがて顎をしゃくって『ついてきなさい』と指示を出す。どうやら、外に出て勝負する気のようだ。
「まだ人通りが少ないし、ちょっと稽古するぐらいなら大丈夫よ」
「稽古ねぇ……」
物は言い様だなぁ。などと考えながら、弘はジュディスと並んで歩き出す。
と同時に、左側を歩くジュディスから妙な圧力が伝わってきた。横目で見ると、ジュディスは話していたときと変わらぬ様子。だが、その右腕が腰の後ろに回されつつあるのを、弘は見逃さなかった。
ジュディスの腰、その背中側にある物。それは留め具で水平に装備された……短刀だったのである。
(お……やばっ)
そう思うと同時に、弘は左手を肩口まで挙げた。
バシッ!
堅い物に濡れ布を叩きつけたような音が発生する。
「あいったたた。痛いってば!」
「え? あ、ああ……悪い」
弘は短刀を握ったジュディスの腕……左腕の手首から手を離した。解放されたジュディスはと言うと一、二歩距離を取って弘に掴まれた部位を擦っている。
「なんて馬鹿力してるのよ。折れるかと思ったじゃない!」
「だから、悪かったって。マジで怪我とかしてないか?」
本気で心配して言う弘に対し、ジュディスは頬を膨らませて横を向いた。少し顔が赤いのは……。
「なんか怒ってる? やっぱり強く握りすぎたかな?」
「違うわよ。あれはねぇ、前みたいにヒロシを引っかけようとして、それが失敗したから拗ねてるの」
いつの間にか席を立っていたウルスラが、弘の脇を通り過ぎつつ言った。そう言われると確かに、不意打ち気味に刃物で攻撃されるのは、初対面時にもやられたことである。
「ああ、なるほど。あのときと同じことを、もう一度やられそうになったってわけか」
「そ~よ、そのとおりよ! 気づくのが遅い! この鈍感男! あと、あたし拗ねてないし!」
ジュディスが噛みついてきた。ウルスラに手首の状態を診て貰っているが、この様子だと心配する必要は無さそうだ。
「てゆうか、鈍感男……って」
初対面時にしてやられた借りは返せたようだが、何と言うかしっくりこない。
ジュディスの悔しがり方からすると、かなり本気で仕掛けてきたようなのだが……。
(それを阻止できたってこた、今の俺はジュディスより強いのか?)
やはりピンと来ない。なので、酒場の出口を指さして言ってみる。
「じゃあ……外へ出て『稽古』ってのは?」
「やるわけないでしょ! 馬鹿!」
怒られてしまった。
ジュディスが足音高く元のテーブルに戻っていくので、しかたなく弘は後について歩き出している。そんな彼にウルスラが寄って来てささやいた。
(「驚いたわぁ。あなたは知らないでしょうけど、ジュディスってクロニウス支部に出入りする戦士の中では強い方なのよ?」)
(「なんと、マジかよ?」)
聞けば、軽量級の戦士としてはトップクラスで、女性戦士としては間違いなく最強とのこと。そういう話を聞くと気になるのが、カレンとジュディスではどちらが強いかだ。
(「ん……ええと」)
ウルスラの目が泳いでいる。何か、まずいことでも聞いたのだろうか?
女性相手で、しかも他の女性の話を根掘り葉掘り聞くのもどうかと思った弘は、先回りして会話を打ち切ることにした。
(「いいよ、いいよ。話しにくいんだったら話さなくても」)
(「あら? ……ふぅん、けっっこうイイ感じじゃないの。ヒロシ?」)
そう言ってウルスラが微笑みかけてくるので、弘はドギマギする。このウルスラは、普段の言動はアレだが、普通にしていれば和風で清楚な女性なのだ。
(「ヒロシが仲間になってくれたから、今度の仕事は楽に稼げそう。金儲けは効率よくいきたいものねぇ」)
(色々と台無しだ……)
少し肩を落とした弘は、大きな声でジュースを注文しているジュディスを見ながら、テーブルに戻るのだった。
「フン……」
ウルスラと共に歩く弘を見て、ジュディスは鼻を鳴らしている。
前と同じように引っかけてやろうとして、ものの見事に阻止された。理屈の上では負けを認められるが、感情の上では納得いかないのである。
初めて弘を見た時、彼自身にも言ったことだが単なるチンピラにしか見えなかった。戦士としての腕前も、自分よりは数段劣っていた。
なのに今日、彼に負けた。
この短期間でアレほど強くなるだなんて……いや、いったい何が敗因だったのか?
(ヒロシに見えてる方の手で、短刀を抜こうとしたのがマズかったのかしら?)
仮に自分の立ち位置を弘の右側にしておけば、死角になった右手で短刀を抜けたはずだ。あとは自分の躰を『目隠しの壁』にし、素早く短刀を振るうことで弘の首元に刃を……。
(……違うわね。どう考えても変よ。あたし、そもそも立ち位置の不利を利用する気でいたし、攻撃タイミングだって瞬きの瞬間を狙ったんだもの)
立ち位置の不利を利用する……とは、短刀の柄を敢えて見えるようにすることで、小細工する気は無い……と見せかける作戦だった。
(前に不意打ちしてるから、ヒロシも警戒してると思ったのよね~)
それに先程の左側立ち位置は、弘の右側で立ってやるよりも、抜いてから首元までの到達距離が短かいのだ。さらには、弘が一瞬目を閉じるタイミングで実行している。
(絶対に成功すると思ったのに……)
思えば、弘はジュディスが短刀に手を掛ける直前から、彼女の動きを察知していたようだった。
勘……という奴なのだろうか?
(それも有るだろうけど。あの体格で、あたしより速く動くだなんて……)
鋭い勘と、勘に対応できる反応及び速度。
そして自分の手を掴んで放さなかった膂力。
(あたし、女だけど戦士なんだもの。その辺の男よりは腕力があるつもりなのに。……こいつ、とんでもない奴なのかしら?)
実のところ、弘の強さはレベルアップに寄るところが大きい。普通に戦闘経験を積むだけでも強くなるのに、経験値が一定値まで溜まるとレベルアップ。その瞬間、各能力値が上昇するのである。
多少の実力差などは、あっという間に追い越されてしまうのだ。
そういったことが想像すらできないため、ジュディスは弘を『とんでもない奴』として結論づけてしまう。
「まったく、わけがわからないわ」
最後にそう呟いて考察することを止めたジュディスは、大きな声で女給を呼び、ジュースを注文するのだった。
そして時間は昼過ぎとなる。
ようやく現れた冒険者パーティーは、二組……ではなく一組だけだった。
三十代半ばの男性戦士がリーダーで、他に男性戦士が1人。男性の魔法使いと僧侶が1人ずつ。最後に(弘のゲーム知識による見解だが)盗賊らしき女性が1人。計5人のパーティーである。
リーダー風の男性戦士は、酒場に入ってジュディス達を見かけるなりテーブルまで駆けてきた。
「そのテーブルの依頼書、あんたらが今回一緒に動く同業者だな!」
「そ、そうだけど……どうかしたの?」
相手の剣幕にジュディスも気圧され気味だ。
問われた男性戦士は、キョロキョロ酒場内を見回していたが、やがて「やはり来てないのか……あいつら、ふざけやがって……」と腹立たしそうに吐き捨てる。
「ちょっと待ってよ! いったいどうしたって言うの!?」
「聞いてないのか? 俺達は西の町……エリシウムのギルドで依頼を受けたんだが。そこで聞いたら、もうすでに依頼を受けたパーティーがレクト村へ向かったそうだ」
「精霊通信で情報がいったの? てゆうか、その人達……一組だけって、それ危ないじゃない!」
複数の冒険者パーティーが必要とされる依頼に、たった一組だけで向かったのだ。これを危ないと言わずして何と言うのか。
しかし、先行したパーティーの安否を気遣ったジュディスの発言に、男性戦士は怪訝そうに片眉を持ち上げた。
「あ、ああ、そうだな。確かに危険だ。だが、このまま連中が依頼を遂行したら、取り分が少なくなるのは大きな問題だ」
(なるほどな……)
ウルスラ達に混じって聞き入っていた弘は、内心頷いている。
(このオッサンが気にしているのは、先行した連中の安否じゃなくて、報酬の取り分か……)
これを浅ましいと思うかは人に寄るだろう。
弘の場合は、「まあ、気持ちはわからんでもないが……」というもの。
元の世界であくせくバイトをし小金を稼いでいた経験から、そう思うのだ。
(こっちの世界じゃ生活保護なんてないだろうし、報酬額が上下するとか死活問題だよな~)
ともあれ、ここで騒いでいる場合ではない。
先行したパーティーを追いかける形で出発するか、あるいは依頼をキャンセルするのか。判断しなければならないのだ。
このことについて両パーティーのリーダー……ジュディスと、相手方はリーダー格のムーンが話し合う。
その結果、今すぐにレクト村へ向かうこととなった。
「悪いわね、ヒロシ? バタバタした依頼出発になっちゃってさ?」
酒場での精算を済ませ、ぞろぞろ表通りに出たところでジュディスが言う。
「いいや、気にしないぜ? 昔働いてたときも急な変更とかは、よくあった話だからな」
こうして弘を含むジュディスパーティーと、ムーンのパーティー、総勢9名の冒険者達は、揃って東の村……レクトへ向かったのである。




