第三十九話 獣害
あんたのことを話すがよい! ふぇっふぇっふぇっ~。
気色悪い笑い方をするジュディスを見てターニャが怯え、ウルスラはと言うと肩をすくめるも楽しげだ。弘は逃げたくなったが、女3人が自己紹介した後となっては『俺だけ内緒!』とはいかないだろう。
(ここはできるだけ俺の情報は隠して……あっ……)
そう言えば、自分は冒険者登録申請書に職業『召喚戦士』と記入したのだ。
こういう仲間内での自己紹介で、職名を偽るのは果たしてアリだろうか?
暫し考えた弘は、ナシだな……と判断する。
仮に嘘の職業を名乗ったところで、ギルドで問い合わせされたら一発でバレるからだ。
(どうせ登録冒険者台帳とか作ってるだろうから、そいつで調べられるんだろ~し)
問題は、召喚戦士だと名乗ったら『何を召喚するのか?』を聞かれる可能性が高いこと。
カレンやシルビアの反応を思うに、武具召還をする召喚魔法は、かなり珍しいようなので実演したらジュディス達にも驚かれるだろう。
(でも、隠し通すこと優先で一々気をつかうのもなぁ。ま、アレだ……能力を隠すってのは努力目標でいいか)
こそこそ隠し立てするのも趣味じゃないし、どうせ冒険者稼業で食べていくのなら、そのうち知られていくことなのだ。
難しく考えることを放棄した弘は、ジュディスに対して話し出す。
「あ~……俺は沢渡 弘。名前はヒロシの方。年齢20歳。職業は召喚戦士ってことでギルド登録してる」
以上のとおりだが、異世界からの転移者であることは伏せておいた。冒険者登録申請書に書かなかったことであるし、わざわざ言いふらすことでもないからだ。
この説明を聞いたジュディス達は、予想どおり『召喚戦士』という部分に食いついた。
「召喚戦士!? 何それ? 初めて聞くんだけど!」
「私も初めて聞きました! 大いに興味があります!」
ジュディスが興奮気味に言うが、一緒になって興奮しているのがターニャだということに、弘は驚きを隠せない。
「あんた、さっきそんなキャラじゃなかったし……」
「そんなことは、どうだっていいんですぅ! 戦士職なのに、何か召喚するってことですよね! 精霊ですか? それとも死霊の類? 是非是非知りたいです!」
鼻息荒い食いつきぶりに困った弘はウルスラを見たが、「ターニャは魔法関係の不思議に目がない子だなのよねぇ。あ、でも私も興味あるから説明よろしく~♪」とのことで、助けてはくれないようだ。
(見た目は漫画に出てくる大和撫子みたいなくせに、マジで軽いな……)
「あ~……まあなんだ、そのうち何処かで見られちまうしなぁ……」
弘はテーブル上に両手を出し、手の平を上に向けると呟くように言う。
「メリケン……」
このとき召喚したのは、トゲのない鉄メリケンサックだった。
あまり刺々しいモノを出しても引かれるのでは……と思ったのだが、目の当たりにしたジュディス達は息を飲む。
「これ……どうなってんの? 大した詠唱もしないでナックルダスターが出てきたわよっ!?」
「発動時の魔力も感じませんでしたから、魔法の類ではないみたいです」
「凄いわ……これを中央広場でやったら、お金になるかも!」
最後に気になることを言う者が居たが、それは無視して弘は説明を続ける。
「とまあ、こんな感じで俺は武具を召喚できるってわけだ。以上、おしまい」
「終わるな! もっと詳しく聞かせなさい!」
食い下がってくるジュディスを、弘は素っ気なく拒絶した。
「嫌だ。面倒くさいし、何でそこまでベラベラ喋らないといけね~んだよ? あと、俺だけ根掘り葉掘り聞かれるって……不公平じゃね?」
「俺だけって……じゃあ、あたし達に何を喋れって言うのよ?」
言われた弘は、特に聞くこと考えてないことに気づく。
「そうだなぁ。さっき秘密にしてくれたファミリーネームってやつを教えて貰おうか? そしたら、もう一つ見せてやるよ」
このとき弘が見せようとしたのは、アイテム収納の能力だ。どうせカレン達には知られているし、この程度なら見せても構わないだろうと思ったのである。
一方、情報交換を持ちかけられたジュディスは「うっ」と言葉に詰まった。
そして……暫く考えた後で首を横に振ったのである。
「駄目、言えない……」
「ああ、そう」
特に食い下がるでもなく弘は引き下がった。
カレンと同じ貴族出身らしいが、冒険者として活動しているのは事情あってのことなのだろう。それを言いたくないというのであれば、無理に聞き出す必要性を弘は感じなかったのである。
「じゃあ、俺への質問タイムは終わりってことで」
何やら気落ちして大人しくなったジュディスは別にして、残る2人からブーイングをされたが知ったことではない。
「で? 依頼はどうするんだ? 何か、もう選んであるのか?」
「……あ、うん。ええとね……」
何だか大人しいままのジュディスが説明する。
クロニウスの真東、徒歩2日のところにレクトという村があり、最近、ヒグマ型モンスターの襲撃を受けていると言うのだ。
「ヒグマ型? てことは、普通の熊や羆とは違うとこがあるのか?」
「依頼書には、八本足のヒグマと書いてあるわ」
「八本足!?」
元の世界の感覚で言えば、普通のヒグマなだけでも大きな脅威だ。それが八本も足があるとジュディスは言う。
思わず、タカアシガニのようなフォルムのヒグマを想像して、弘はゲンナリした。
(こないだ戦ったオオトッケイヤモリもヤバかったが、今度のも相当アレなバケモンだぜ)
驚くべきは、そういう怪物を元々はジュディス達だけで相手しようとしていたことだ。
その点を質問したところ、ウルスラが「違うわよ~」と苦笑しつつ説明してくれる。
「ちょっと前なんだけど、他の冒険者パーティーが依頼を受けて出発して……全滅しちゃったのよね~。だから依頼書には、ほらなんだっけ? え~と、『なるべく大勢の冒険者様方でお引き受け願います』だって」
「パーティー全滅とか大事件じゃん? じゃあ、今回は他のパーティーも来るわけか……」
「ここを見て? 依頼メモの右肩あたり」
ウルスラが依頼書を指差して教えてくれる。依頼書の右肩には文書番号が記してあって、『クロニ支第28号3-2』となっていた。
注目すべきは『3-2』の部分だ。
「つまり3枚ある依頼書の内の、こいつは2枚目ってことか」
「そういうこと。他に2パーティーが参加すると思うのよ」
思う……と言うのは、今のところ、どのパーティーが参加するかわかっていないことによる。
「今日の昼に、この酒場で待ち合わせをして出発日時の相談をする……はずなんだけど……」
そう言ったのはジュディスであったが、どうやら今のところ、依頼を受けた他パーティーが姿を見せていないらしい。
「依頼掲示板から依頼書が無くなってるし、ギルドの精霊通信網で今日の打合せ日程を決めたのよ? だから、あたし達以外の冒険者パーティーが依頼を受けたのは間違いないんだけど……」
テーブル上で肘をつき、顔前で指を組むジュディスは気鬱そうだ。
これは先程の弘との会話がではなく、危険な依頼なのに人が集まらない事が原因なのだろう。
「依頼書が3枚あるのに、冒険者が3パーティー揃わなかったらどうなるんだ?」
「そ、その場合は、依頼を受けた冒険者パーティーだけで現地に向かうか、依頼キャンセルになりますぅ」
先程の高いテンションは何処へやら。
怯えモードになったターニャが説明してくれた。
納得した弘であったが、ふと気になったことがある。
「一組呼んで駄目だったから、複数呼べばいいってのは正しい判断だと思うが、こういう獣害って国は動いてくれないのか? ほら軍隊とか出してさ……」
そう聞いた途端、ジュディス達が笑い出した。
「あははは! なに言ってんの、こんな事で軍隊が動くわけないじゃない? 軍隊って言うのはね? 敵国の軍と戦うためにあるのよ?」
「そもそも、そんなことされたら冒険者は儲け話が減っちゃうわよ~」
ターニャはオロオロするのみで、特にコメントはないようだ。もっとも、異論は無いようなのでジュディス達とは同意見なのだろう。
(そうか。こっちの世界の軍隊は、戦争や山賊討伐以外じゃ動いてくれないのか……。つまんねー奴らだな)
弘としては元の世界基準で考え、質問をしただけなのだ。
熊が出たら地元猟友会の出番となり、それでどうにもならなかったら警察か自衛隊が出動する。この場合、地元猟友会を冒険者ギルドとして考えたので、次に軍隊が選択肢として出てきたというわけだ。
(日本の警察や自衛隊って凄かったんだな……)
凄いと言うより、治安や国民の生命財産を守るためのシステムができているということなのだが、この世界にはこの世界なりの常識やルールがあるだろう。なので、それ以上追求せずに弘は話題を変えた。
「あと気になるのは、そのレクト村だっけ? 冒険者パーティーを一組呼んで駄目だったからって、よくも複数呼ぶ金が都合ついたもんだな?」
「よくある話なのよぉ。こういう獣害だと、害獣はアチコチうろつくでしょ? だから近隣の村々がお金を出し合って、大勢の冒険者を雇う……と」
ウルスラが言い終わりに肩をすくめる。
彼女の言うとおりだとしても、3組雇う分だけしか依頼金は集まらなかったらしい。それでも依頼書に『なるべく大勢の冒険者』と書いたのは、善意にすがる狙いがあったからだろうか?
「おそらくはそうね。でも……世の中って厳しいから、そうそう善意の人なんて現れないのよね~」
僧侶……お坊様たるウルスラは善意の人ではないのか?
聞いてみると、個人的には何とかしてやりたいが、それだけで動くのは神の教えにはない……とのこと。
「何かして貰うのに、何か差し出すのが商いってものよ。一方的に善意にすがるって言うのは、神様の教え的に気に入らないのよね~」
(そういや商いの神の信者だっけな、この人……)
では、光の神の信徒、例えばシルビアならどう思うのだろうか?
試しにウルスラに質問してみると、「よその教義について偉そうに語りたくないんだけど」と前置きした上で、それでも自身の見解を示してくれる。
「例えばシルビアなら、こう言うんじゃない? 『ヒグマの襲撃は神が与えたもうた試練です。光に恥じぬよう全力で立ち向かいなさい』って感じ?」
(誰が口調まで真似しろと言った……)
想定セリフの部分だけシルビア風に言ってくれたので、シルビアと面識のある弘は、まるでそこに本人が居るような錯覚にとらわれた。
(本当に言いそうだもんなぁ……)
妙な感覚を振り払うように頭を振ると、弘はジュディスに確認する。
「まあ、村の事情はそういうものだとしてだ。で、昼ぐらいまでは、他のパーティーを待つんだな?」




