第二十七話 カレンの事情
カレン・マクドガルは王都出身。下級貴族マクドガル家の令嬢である。
下級貴族な上に派閥的には弱く、しかも最近になって当主たる父が病没してしまった。
このままでは、お家の権力・地位が弱体化するのは間違いない。
母も数年前に他界していたので、カレンは王都に直接掛け合って事態の打開策を協議したのだが、その結果、幾つかの試練を提示をされた。
それら試練をクリアすることで騎士叙勲を受けることができれば、まずは騎士位として領土運営が認められる……ということになったのである。
普通に世襲で良いじゃないか? と思うところだが、なにしろ派閥的に弱い家なので、敵対勢力からの圧力上、やらなくても良い試練を受ける羽目になったのだ。
これが普通の貴族令嬢なら腰が引けることだろう。
だが、元々騎士物語にあこがれおり、生前の父の反対を押し切って基本的な訓練を受け、さらにはモンスター討伐にも数回出かけていたカレンであったから、この条件に嬉々として飛びついたのであった。
さて……その試練とはいかなる内容なのか?
一つ、テュレ近辺を騒がす山賊を討伐すること。
一つ、オーガーないしはトロールを討伐すること。ただし、戦闘は1人で行うものとする。
一つ、不正のなきよう、監視者として国教会より同行者を派遣する。
一つ、オーガーまたはトロール討伐時に同行者は戦闘参加してはならない。
一つ、当該試練に関して、他者に口外することを禁じる。
という内容なのだが、オーガーもトロールも巨大な人型モンスターである。
気性も荒く、人間と見ると襲いかかってくるので、人里に出没すると被害が大きい。
これを正規の戦闘訓練を受け、実戦経験もあるとはいえ貴族の令嬢にやらせようと言うのだから、考案した者の正気を疑うところだ。
カレンは知らない話であるが、この試練、実はマクドガル家側が泣きを入れてくることを前提にしたものなのである。マクドガル家が泣いてすがれば、圧力を掛けた側も気分が良いし、当主代替わりの件も便宜を図ってやろうと考えていたのだ。
ところが、世間知らずのカレンが頭からやる気になってしまい、圧力側も引くに引けなくなった……というのが実情だったりする。
結果、圧力側で意見方針や態度が割れてしまった。
これだから世間知らずは困る。試練? 死んだら死んだでいいじゃない? と言う者。
おいおい、いくら何でもやりすぎだろ? 俺は関係ないからな! と言う者。
あ~……もう、さすがに気分悪いから手助けしてやるか。別にいいよな? と言う者。
実に様々で、中には大して旨みのないマクドガル家の領地欲しさに、暗殺者を差し向けようとする者まで居る始末。
そんな中で山賊討伐を果たしたカレンであったが、今度は大本命、たった1人でオーガーないしはトロールを討ち取らなければならないのであった。
「カレン様? もう充分じゃないですか?」
弘と別れた後、大通りを歩きながらであったが、シルビアがカレンを説得している。
実は『一つ、不正なきよう監視者として国教会より同行者を派遣する。』にある同行者というのが、このシルビアだった。
もっとも、彼女自身はカレンとは幼なじみの間柄なので、非常に仲が良く、少なくとも監視者として適任とは言い難い。なぜ彼女がついて来ているかと言うと、圧力側でカレンに同情的な者達が手を回してくれたことによる。
中には自分の屋敷にシルビアを呼びつけ、「多少の不正には目を摘むってよい」「適当なところで、やめさせて連れ戻すように」といった助言をする者も居たのだ。
ただ、そういった裏事情をカレンに話すことができないので、シルビアは人知れず胃を痛めていたのである。
「駄目よぉ。山賊討伐も完遂したし、この勢いで次の討伐試練も果たしてみせるわ! そのためにも依頼をたぁくさん遂行して強くならなくちゃね!」
カレンが瞳とキラキラさせながら言う。
これは駄目だ……とシルビアは額に手を当てた。
カレンは元々、騎士という存在に対して夢見がちである。お家の一大事とはいえ、騎士になれる機会が巡ってきたのだから、ここまで来て引き下がるわけがなかった。
「カレン様、落ち着いて。いくら鎧の力があるとは言え……」
鎧の力……鎧とは、カレンが着込んでいる鎧のことである。
この鎧、実は装着者の身体能力を上昇させる(少し意味合いが複雑なのだが、その辺は後述を参照)魔法効果が付与されているのだ。
その上昇力たるや、元の身体能力の5倍まで! しかも元は男性用鎧だったのに、カレンが触れると、粘土のように変形してサイズが調節されるという、弘が聞いたら「何それ? インチキ? チートってやつ?」と言いかねない高性能ぶりである。
これこそ、マクドガル家に古くから伝わる魔法の鎧なのだ。
ほぼ一人でゴメスを随伴兵ごと倒せたのも、この鎧のおかげと言っていい。
「しかしですね。その鎧だって問題があるからこそ、貴重品部屋の奥にしまわれていたわけで……」
そう、この鎧には問題点がある。
身体能力の倍化が5倍まで……と言っても、常時5倍化するわけではない。
任意の倍化制で、効果時間は極短時間。しかも魔力消費制なのだ。
要するに、ここぞと言うときに魔力を消費して5倍化するのであるが……。
困ったことにカレンは『魔法使い』向きではなく『戦士』向きなのだ。
これをファンタジーRPGを例にして考えてみよう。
魔法を使うための魔力。通常、魔法使いと戦士ではどちらが容量が上だろうか?
当然、魔法使いの方である。
では、この使うごとに魔力を消費する鎧を、魔力量に乏しい戦士が使用するとどうなるか?
言うまでもなく、大した回数使用もできないうちに魔力が枯渇する。
この世界において、その時々の魔力を消費しきるというのは大問題で、意識喪失、続いて昏倒という事態に直結するのだ。
となると、この鎧……本来は魔法使いが着用するための物なのか?
いや、本の虫、学問の人がほとんどの魔法使い達が、このような鎧を着こなせるはずがない。
弘が冒険者登録時に、ラノベに登場する筋骨隆々の魔法使いを想像していたが、ああいうキャラクターは滅多に存在しないのである。
つまりこの鎧は、いったい何のために作られたか解らない珍品なのだった。
一説には、単なる失敗作であって、外に出すのが恥ずかしいから仕舞い込まれていたものだとも伝わっている
しかも、問題点はまだあった。
5倍化と言ったが、これは着用者の身体能力が単純に向上するという意味合いではない。『着用者の魔力を鎧が吸収』し、『着用者の身体』を、『着用者の身体能力の5倍で動かす』のだ。
おわかりいただけるだろうか?
『身体能力を5倍』にするのではなく『身体を身体能力の5倍で動かせる』。
これは、カレン自身には何の変化もない(ただし魔力は減っている)のに、身体が通常の5倍で動かせることを意味し……結果として効果終了後、多大な肉体的負担が降りかかるということなのだ。
それは軽度であれば筋肉痛、酷くなると全身こむら返り的な状態となり、更に酷いときは数日間、激痛にさいなまれながら寝たきりとなる。
「あははは。山賊討伐の時なんて連続で2回も使ったから、馬車に乗った直後に全身筋肉痛で大変な思いしたものね~~。……テュレに着くまで、ほとんど声も出せなかったし」
「笑い事ではありません。治療法術の使える私が居なければ、どうなっていたことか……」
馬車がテュレに到着したと同時に、事態を察していたシルビアが弘達には気づかれないよう、治療法術を使ってカレンを癒していたのだ。
「そもそも、私が着任するまで待てば良かったんです」
試練項目の『一つ、不正なきよう監視者として国教会より同行者を派遣する。』と『一つ、オーガーまたはトロール討伐時に同行者は戦闘参加してはならない。』は後になって追加されたものであり、シルビアはテュレでカレンに追いつき、そして合流する予定だった。
ところが連絡の行き違いで、カレンは一人、山賊討伐隊に混じって出発してしまったのである。
「だって、しょうがないじゃない? 私、知らなかったんだもの……。だいたい、私がお屋敷を出た後で、試練内容に項目追加とか……ひどいと思うんだけど?」
「それはまあ……そうなんですけどね」
シルビアは言葉を濁す。
同行者派遣が項目追加されたのは、マクドガル家に圧力を掛けた者達の耳に、カレンが本当に出発したことが聞こえてからのことなのだ。ひどいと言うより、少しはマシになったと思って欲しいのだが、このことをカレンに言うわけにはいかない。
「それにね、こう見えても鎧に頼り切りってわけじゃないのよ? 私だって強くなってるんだから」
そもそも鎧を着て動いてるだけで筋トレになるし、大きな負担が掛かるくらいに5倍化するのだ。そりゃあ戦っていれば身体も鍛えられることだろう。
そうは言っても、どことなくカレンは浮かれているように見える。
このままでは危ないかもしれない。そう思うシルビアであったが、今のカレンは何を言っても聞き入れそうになかった。
「さあさあ、役場に行きましょう! 毒オオトカゲの出没場所について確認しなくちゃ!」
鼻歌交じりで役場へ向かうカレンに、シルビアは肩を落としながらついて行くのだった。




