第二十一話 冒険者登録
「お前なぁ……」
「悪いけど! あたしは今、カレンちゃんと話してるから!」
会話拒絶!
この瞬間、弘の中でジュディスは『敵』認定された。
(あれだ。性格ブスって奴だ。……関わらないようにしよう)
殴ってやりてぇ! とも思うが、ちょっと失礼なことを言われたぐらいで女を殴るのも、それはそれで気分が悪い。
なので弘は、「ハア……」と溜息をついて、気分悪そうに目を逸らしてやることにした。
相手の気を悪くする仕草をしたわけだが、弘の狙いどおりジュディスは気を悪くしたらしい。カレンに対して「なんなの? こいつ?」と詰め寄っている。
(知らね~知らね~。お前、俺と話する気ないんだろ? けけけ~)
ここで勝ち誇ったようにニヤニヤ顔。
ますますジュディスがヒートアップするのだが、いつの間にか背後に回ったシルビアが耳打ちしてくる。
(「サワタリさん? その辺にしていただきたいのですが?」)
(「はいはい。悪かったよ」)
してやったりな気分になっていた弘は、素直に応じ、カレンがジュディスに説明するのを他人顔で聞くことにした。
「こ、この人はね? サワタリさんって言って、テュレで知り合った人なの。クロニウスに行くって言うから、一緒に来て貰って……ぼ、冒険者になりたいんだって!」
ここへ来た目的等、個人情報を話されている気がするが、聞かれて困ることではないし……と弘は聞き流した。
一方、弘が冒険者になるつもりだと聞いたジュディスは鼻で笑う。
「冒険者? この悪人面が? どうせ依頼を悪用して、依頼人から金品取ったり乱暴したりするのがオチよ」
「じゅ、ジュディスちゃん! それは言い過ぎ!」
抗議するカレンの声を聞きながら、弘はこめかみに血管を浮かせていた。
(女だからって我慢してりゃあ、初対面の人間の人相にまで……いや、悪印象を持つのはいいが、それを面と向かって本人に言うか?)
この糞アマ、ビンタの一発でもくれてやらねば!
カレンを迂回するように前に出ようとしたところ、ジュディスの右手が揺らめいた……と思ったときには、カレンの持つ短刀の刃が、弘の喉元に当てられていたのである。
「う……お?」
「ほら、こんなのすら見切れてないし。冒険者になるだなんて笑わせるわ。カレンちゃんの冗談……なのよねぇ?」
言い終わるタイミングで、ジュディスは弘を見た。
目が笑っているのが、またムカつくのだが、弘にはどうすることもできない。
やがてジュディスが短刀を引くと、解放された弘は手で喉元を擦った。
特に切れている部分はない。完全に手加減をされたというわけだ。
(今まで女相手にムカついたことはあったが、この野郎……おっと、このブスは格別だぜ! こうなったら冒険者稼業で強くなって、ボコボコにして、女に生まれたことを後悔……)
ブチキレるがまま、そこまで考えたところで「うお~い。ここへ来て山賊気分か~?」と、ゴメスの声が聞こえたような気がした。
「ぬぐぐ……ふう」
サーッと血の気が引いて普段の血圧に戻った弘は、一度深呼吸してから改めてジュディスを見る。
「な、なによ? やる気?」
「いえ、失礼な態度で申し訳なかったっす。なにぶん、冒険者の渡世についちゃ不勉強なもんで、どうか勘弁してください」
バイト先の上司や族時代の先輩に対するような言葉遣い、加えてヤクザ映画の言い回しなども活用して弘は頭を下げた。
無論、媚びを売ってるわけではない。
言いつつ、眼差しは真剣そのものなので、ジュディスは気圧されたように上半身を引いていた。
「あ、ああ、うん。わかればいいのよ。精進しなさいよね?」
「ジュディスちゃん……。サワタリさん、ごめんなさい。その、ジュディスちゃんは気の強い子だから……」
カレンがフォローするが、弘は「人の首に刃物押し当てて、それを『気が強い』で済ませるなよ……」と内心口を尖らせている。
(このカレンて子も大概だよなぁ。……この世界じゃ、これで普通なのかもしれんけどさぁ)
その後、少しばかりカレンと話すとジュディスは元居たテーブルに戻っていく。そのテーブルからは「ね? どうだった?」「大したことなかったわよ、あんな奴」といった声が聞こえてきたが、弘は無視することにした。
ジュディス1人にすら勝てなかったのに、その仲間も加わったのではどうしようもないからだ。
現実の実力差は認めるしかない。が、その人格を認めるかどうかは別の話だ。
(やっぱ、こいつら敵だ……)
相手にしないようにしつつ、弘はカレンについて2階へ上がっていく。シルビアはついて来なかったが、他に用事があるとのことだった。
こうして一悶着はあったものの、弘はようやく冒険者登録をすることとなった。
登録所は2階に上がってすぐの場所にあり、3メートル四方ぐらいの待合室となっていて、大通りとは反対側に受付カウンターがある。
そこに2人の女性職員が居て、カレンが話しかけた。
「あの、よろしいですか? 冒険者登録を1名分、お願いしたいのですが?」
(おお、今度はゴメスさんと話してたときみたいな、キリッとした口調だ!)
弘もジュディス相手にやったように口調の切替えはできるが、カレンのそれは気品があり、気圧されるような迫力もある。
(こういうのって真似できんもんかなぁ……)
性に合わないとは思うが、できるようになりたいとも思う弘であった。
その後、言われるがままに書類記入をする。
カレンが横で立って見てくれているので、なんだか保護者同伴で役場に来たような気になり、ちょっとだけ気恥ずかしい。
「と、ともかく、書いてみますかねぇ」
山賊時代に簡単な読み書きを習っていたので、割と無理なく羽根ペンが進んでいく。
(名前に性別。年齢。大まかな身長体重か……。このあたり、何処かで悪さしたときに人相風体が目撃されてたら、ここで一発照合されるんだろう~な~)
剣と魔法の世界なので情報伝達は遅いかもしれないが……いや、なにか魔法的な超伝達手段があるかもしれないし、やはり悪事に手を染めるべきではないのだろう。
(希望職種……希望職種か!)
面倒くさく思いながら書き進んでいた弘は、パアアッと表情を明るくした。
(今気がついたけど、これってキャラメイクじゃんか! マジかよ! こいつはスゲェや!)
ゲームでよくある初期作業に遭遇し、弘のテンションはこの上なく上昇していく。
「職業って何があるんすか!」
「へっ? あ、ええと……」
受付の眼鏡お姉さんが目を白黒させている。
そしてカウンター下の棚から、手引き書のようなモノを取り出してパラパラめくると、弘を見上げておもむろに言った。
「こちらが指定する職業を書くのではなく、現職業の自己申告です。近日中に何かお仕事を始めるのでしたら、それを書いていただいても結構です」
「ああ、そう……」
弘のテンションは低下した。
彼が期待していたのは『戦士』『僧侶』『魔法使い』『盗賊』『武闘家』といった、職種から選択し、その職種に沿った成長をしていくことだったのだ。
なのに自己申告で何を書いても良いと言われたら、そりゃあテンションが下がるというものである。聞けば、本職が鍛冶屋だったとしても、冒険者として戦士系の活動をしたいのであれば、戦士と記入する者が多いらしい。
将来的に転職等で記載内容に変更があるときは、変更のあったときから1ヵ月以内に、何処かのギルド支部で変更報告書を書かねばならない……と、受付のお姉さんが付け加えてくれる。
「……1ヶ月を超えて変更報告書を書かなかったときは? なにか罰則とかあんの?」
「いえ、特にありませんが……記載内容が違っていることに関係して何か問題があったときは、ギルドの援助を受けられない場合があります」
例えば、何かの都合で身元保証をギルドにして貰おうとして、登録内容の変更報告が未済だった場合。ギルドから「うちにある書類内容と合致しないから、そんな奴は知らん」と見捨てられる可能性があるということだ。
(く~……妙なところだけ、元の世界みたいに事務的だな。なんか、警察署で免許証の更新をしてる気分になってきたぜ)
あんときは交通課のオッサンどもに睨まれながら、講習を受けたりしたんだっけな~……などと考えたところで、今やるべきことは書類作成の続行である。
いったい何と業種名記入をすればよいのか?
(ステータス画面上は『不良』ってことになってるんだけど。それ以外って書けるのか? 書いたとして、ステータスの職業表示が変わったりするのか?)
その辺は、やってみないとわからない。
取りあえず目の前に書類があるので、まずはよく考えてから書き込んでみる。それで駄目なら、諦めて『不良』と書くしかないのだろう。




