第十四話 ついてくる二人
「え~と……ともかく助けて貰ったから借りができた……のか?」
「そ、そうなのかもしれませんが、あんな目に遭うのを防げなくてすみませんでした……」
一生懸命と言った感じでカレンが頭を下げる。
その様子を見た弘は、随分と腰が低いな……と思った。
シルビアが渋い顔でカレンを見ているので、立場的に良くない振る舞らしい。
「こうして話してると、山で戦ってたときとじゃ随分印象が違うのな?」
「それは、だって……戦ってたときは、お仕事でしたから……」
つまり、戦闘中の言動は営業用の態度というわけだ。普段のカレンは、大人しい少女なのだろう。
なるほどなと得心がいった弘は、苦笑混じりに笑った。
「……あんたには随分と世話になった。なにしろ死刑にならずに済んだし、怪我も治して貰えたからな。でもよ、あんたはゴメスさんの仇で、それを忘れるわけにはいかねぇ」
「うっ……はい……」
カレンは沈んだ表情になり、シルビアは眉間にシワを寄せる。
「だが、その件について俺は気にしないことにした。忘れはしないが、文句も言わねぇ。そうさせて貰う。こうして世話になったからな」
そこまで弘が言うと、カレンはコクンと頷き「はい」とだけ言った。
肩が震えているが、ひょっとして泣いているのだろうか?
シルビアは……と見ると、先程のきつい顔は何処へやら。ホッとしたような表情になっていた。
なんとか話がまとまった……のだろうか?
(まとまったとして、この2人……こんな甘い感じで大丈夫か? いや、他人事だけどよ)
最初はキツそうだと思っていたシルビアも、こうして見るとカレンに負けず劣らず人が良いと言うか……。
(まあ、いいか……)
そろそろ門兵の視線が厳しくなってきているのを感じた弘は、この場から離れたくなった。
しかし、何処へ行こうか?
山賊をしていた頃は、特に目標なんてものはなかった。山賊自体からは足を洗う気で居たのだが……。
(う~ん、まずは山賊団のみんなの墓参りかな? 討伐戦の場所に埋められたって話だけど……。その後は……そういや、王都に勇者の剣ってのがあるんだっけ? 一般公開してるとか何とか……)
剣抜きチャレンジに参加する気はないが、ゴメスとの会話に出てきたものだったから、少しは興味がある。見るだけでも見てみたい。
(ものほんの『勇者の剣』だものなぁ。てことは金が必要だな)
大都市に行くのであれば、ある程度の資金は欲しいところだ。
山賊稼業は……手段としてボツなのだから、これからは真っ当に稼ぎたい。
手っ取り早く金稼ぎをする方法はないものかと思い始めたところで、カレンとシルビアに目がいく。
わからないことがあれば誰かに聞くのが一番だが、目の前に自分より『この世界に詳しい人物』が2人も居るではないか。
さっそく質問してみたところ、弘は腕っ節が強いのだから、冒険者として活動してみてはどうか? とシルビアが言った。
聞けば、各都市に冒険者ギルドなるものがあり、そこで登録すれば依頼を受けて金銭を得ることができるとのこと。
「ゲームでよくある感じか。まあバイト感覚だし、俺の性分に合ってるかもな。じゃあ近い場所にあるギルドで登録すればいいんだな?」
「ここではない手近な町となると、この位置からテュレの反対側方向……王都の方にあるクロニウスでしょう」
朗報である。
元々王都方向に行こうとしていたのだし、その方角に目指す町があるというのは願ったりかなったりだ。シルビアは徒歩で4日かかると言うが、急ぐ旅でもないし、狩り等で食料調達していけば無理なく到着するだろう。
「反対側ってことは、町の外周を回り込むしかないか。さすがにさっきの今で町の中を歩く度胸はないしな。じゃあ、世話になった。俺はもう行くぜ」
スッと手を振り、弘は歩き出す。
門兵の視線は相変わらず痛いが「なにガンつけてんだ、ごらぁ!」などと絡みにいくこともなく、弘は歩き続け……。
「あ、あのう……」
背後からカレンの声がかかった。
呼ばれて無視するわけにもいかないので、弘はザッと足を止めて振り返る。
「なに?」
問われたカレンは何やらモジモジしていた様子だったが、やがて顔を上げるとこう言い放った。
「あの、しばらく御一緒しませんか?」
「は?」
あんた突然、何を言い出すんだ? と、弘は思う。
見ればシルビアが額に手を当ててい困り果てていた。
門兵は?
視線を向けると我関せずの様子だが、目が丸くなっているのを弘は見逃さなかった。
(かがり火焚いてるから、表情がモロバレだっつーの)
門兵の反応はさておき、弘はズカズカとカレンに歩み寄る。
「あのな? 俺は元山賊で、あんたは俺を捕まえた側だ。オマケに会ってから一日もたってねぇ。このへん理解した上で言ってんのか?」
コクリとカレンが頷く。
続ける言葉に困った弘はシルビアを見た。
弘の視線を受けたシルビアは、頷いてからカレンの正面に回り込む。
「カレン様? 従者探しを焦るお気持ちは理解できます。ですが、もう少しその……相手の素性などは考慮した方がよろしいかと」
言外に素性が悪いと言われた弘であったが、この時ばかりは「そうだ。言ってやれ、言ってやれ」と内心でシルビアを応援していた。
美人2人と御同道……それは悪い気がしないことであるが、この場合は相手が相手だ。一年か二年経過して、久しぶりで顔を合わせてたなら、また別な気持ちになったかも知れない。だが、さすがに今すぐというのは……。
(あと、従者探しって何だ?)
知らない話だ。
弘が脳内情報を検索していると、カレンが凄い勢いで顔を横に振る。
「違いますぅ! 私は、もう少し修行したいですし! サワタリ……さんが、クロニウスに行くって聞いたら、私もそこに行くのが効率的かな……とか、道中は人数が多い方が安全かなって。だから他意はなくて、とにかく従者探しとは関係ありません!」
「しかしですね……」
言い訳するカレンと、それを聞かずにお説教しようとするシルビアがキャイキャイ騒いでいる。
(なんか盛り上がってんなー。……あ、門兵の人が迷惑そうにしてるぜ。知らんけどな)
それにしても、さっぱり事情がわからない。
弘としては、こっちの世界に明るい人間が同行してくれるのは……相手方に不都合がないなら実にありがたいのだが、従者探しがどうとか何の話だろう?
亡くなったゴメスが、自分は以前に騎士の随伴歩兵をしていたと言っていた。その話の中で、騎士の従者という言葉が出てきたが……。
(このカレンて人は、従者になる人材を探してるんか? そうなると女戦士って言うよりは、女騎士ってことになるんだが……)
「なあ? そっちが嫌じゃないなら、次の町まで一緒でもいいんだけどよ? 従者を探すって何よ?」
元々、弘は何でも首を突っ込むタイプの人間ではないが、ゴメスとの思い出に関連した言葉が出たので聞いてみたくなったのである。
「え、ええと……」
「それはですね」
カレンは口籠もったが、一方的にお説教していたシルビアが態度を変えて説明を始めた。が、さすがに門兵の視線が気になったようで、そちらを一瞥すると外壁に沿って歩き出そうとする。
「ここでは人目がありますから、歩きながら話しましょう」
「お、おう。……って、もう同行することになってんのかよ!」
この2人……かなり強引だ。
捕縛されたり、かばって貰ったり、怪我を治して貰ったり。状況の移り変わりが早いので、カレン達の人となりを深く観察してなかったが……。
(いまさら付いてくるなとか言いづらいし。クロニウスってところに着いたら、早々に別れるか。そだそだ、そうしよう)
この2人と一緒に居ると、何やら妙なことに巻き込まれそうな気がする。
(俺自身が揉め事を起こしやすいんだが、他人のトラブルに巻き込まれるのは真っ平だぜ)
弘は隣に位置して話し出すシルビアと、少し後ろを歩くカレンを連れて、外壁外側を歩き出すのだった。
……。
「なあおい? あんたら旅の荷物とかないのか? 俺は手荷物なんかないから、別にいいんだけどよ」
あの胸くそ悪い裁判ごっこの時から、ほとんど風体が変わってないな? 鎧とか、どうしたのよ?
そう弘が聞くと、カレン達は赤面しつつ顔を見合わせる。
「すみません! 宿から荷物を取ってきます!」
「ああもう、こんなミスをするだなんて! 神よ、お許し……」
バタバタ駆けていくので、シルビアの声が途中から聞き取れなかった。
その後ろ姿を見送ると、弘は町の門前で立ちながらボリボリと頭を掻く。
(……そういや躰中あちこち痛いままだったな。うむ、こりゃ痛いわ)
傷は概ね治ったが、治療魔法だかが完全でなかったので痛みは残っている。
あるいは、更にシルビアに治療魔法をかけて貰えば完治するかもしれないが、弘は放置しておくことにした。
(ほうっときゃ治るさ。……そう言えば、ステータスを見てなかったな)
討伐戦で兵士を倒したときに1~2回、先程の棒叩き刑の後で1回ファンファーレが鳴った気がする。
(相手を殺さなくても勝ったら経験値が入るのか? 戦闘経験ってやつなのか? だとしたら、棒叩き刑でレベルアップって何だ?)
肉体的に自分を追い込んでも、経験値が入るということなのだろうか?
瀕死状態から復活する、そのたびにパワーアップする漫画キャラが居たような……。
弘は軽く頭を振ると、ステータス画面を展開した。




