2-1 海と母
~前話までのあらすじ~
ある日、女子高生『飛鳥和深智』の部屋のドアが異世界につながった。
魔法を使う村人たちの住む異世界で、彼女は村人の一人に殺意を向けられる。
ほかの村人の助けにより命からがら自分の部屋に逃げ、ドアを閉めたのだった。
ドアがしっかり閉まっているか、僕は何度もチェックした。
しっかり閉まっているように見える。
ドアの向こうから炎が来る気配も無いし、問題は無いだろう。
ふうー、と大きなため息をすると少し落ち着いた。
落ち着いたところで、ドアをちょっと開けてみる。
今度は潮の香りが部屋に入ってきた。
ドアの外には海が広がっていた。
「海だ」
思わず言葉が出た。
僕はドアを全開にして、深呼吸した。
ドアの下には海面が広がり、遠くに水平線が見える。
バシャア、バシャアと波と波がぶつかる音で僕の心は癒やされ、さっきまで必死で逃げてたのが嘘のように思えてきた。
これで確実に、殺される危機からは逃げられたわけだ。
それと同時に、あの村には行けなくなったわけだ。
——なぜあの村の人たちが僕の名前を知っているのか。謎が謎のままなのがモヤモヤする。
『全ての異世界に僕とそっくりな人がいる』という、漫画のスターシステムみたいなのがこのドアの向こうの異世界にも採用されている、でいいのか?
それともまた別の……
コンコン
海の向こうからノックの音が聞こえた。
「ミチさん、寝てるんですか? 鶏の照り焼き、冷めちゃってますよ~」
母さんのおっとりした声がなにもない空間から聞こえる。
ぐぅ~と僕のお腹が鳴った。
そういえば晩ご飯をまだ食べてない。時計を見たら午後7時だった。
僕はいったん海に繋がったドアを閉め、母さんに返事をする。
「起きてるよ。起きてるけど……、ちょっと晩ごはんは無理」
「ダイエット? 運動してきたんでしょ。少しは食べたほうが良いですよ」
あぁ、もう。
僕だって晩ごはんを食べたいと思ってる。
けど、部屋から出られないのはどうしようもないのだ。
どう説明したら納得して去ってくれるだろうか。
「えぇっと、晩ごはんは食べてきた」
「いつ、どこで、何を食べたんですか?」
「家に帰る前に、ユゥとサァと三人でファミレスに」
「ミチさん、あなたが帰ったのは4時でしょう? 晩ごはんには早すぎじゃないですか?」
流石にこの言い訳は無理か。
いつもおっとりしてるくせに、母さんに誤魔化しは効かない。
「と、とにかく今ちょっと手が離せなくて晩ごはんは無理なの!」
「なにかお母さんに言えないことでもしてるんですか? ちょっと入りますよ」
ガラッとドアを開ける音がした。
母さんがドアを開けた音だ。
そして、シーンと静まりかえる。
……。
い、一体どうなったんだ!?
「母さん、大丈夫!?」
「うーん、これは何かしら。ど~なってるのぉ?」
「何が!? どうしたの?」
「ミチさん、あなたの部屋……ほへぇ~」
母さんは聞いたことも無いような声を出して驚いた。
もしかして、ドアを向こう側から開けても異世界につながるの?
「ひとまずドアを閉めて!」
「ミチさんの声はするのにミチさんが見当たらない……。どういう仕組み?」
「あぁもう! 閉めてってば!」
「はいはい、閉めますね~」
母さんがスススッとドアを閉める音が聞こえる。
僕の部屋から見るとドアは閉じてるのに、ドアの向こうでドアを閉める音がするのは不思議な感じだ。
「ミチさん、何をやったんですか? あれって、いわゆる異世界?」
「『あれ』って、何が有ったの?」
「夜の花畑って感じで、ホタルみたいな妖精がいっぱいいて、空には竜みたいなのが飛んでたかしら」
「なにそれ! めっちゃ見てみたい!」
「お母さんだって気になるけど、ミチさんが閉めてって言うから我慢したんですよ~」
母さんは僕と同じくラノベとか読んで育った人だからか、この現実離れした現実をすんなりと受け入れてしまったようだ。
声がウキウキとした気分になっているところからして、放っておいたら僕のように異世界探索へ行く気じゃないだろうか……?
「母さん! 何が起きるか分からないし、僕の部屋を開けちゃダメだよ!」
「はいはい。ドアが異世界に繋がるのは分かったから、早く部屋から出て……あら。もしかして、そっち側も異世界に?」
「そ、そうだよ」
「あぁ~、だから晩ごはん無理って……最初からそう説明してくれれば良いのに~」
「こんなの説明出来ないでしょ」
「じゃああなた、晩ごはんどうするの?」
「あぁもう! だから無理だって言ったでしょ。僕は僕でなんとかするから、母さんは待っといて」
「は~い。それにしても、ドアが異世界に繋がるなんてはじめてね。どうすればいいのかしら。お父さんが帰ってきたら相談してみま~す」
そう言って、母さんが部屋の前から去っていく足音が聞こえた。
父さんに聞いて解決するとは思えないけどなぁ……。
◇
さて、『僕は僕でなんとかする』とは言ったけど、どうしよう。
時間が経てばそのうち直る、なんて可能性に期待したいところだが、その前に僕が餓え死にしてしまうかもしれない。それは避けたい。
ドアの真相を突き止めて解決するのがベストだろう。
僕の予想では『異世界の魔術師的な人が召喚魔法を使った結果、偶然僕の部屋のドアが異世界に繋がった』が真相だ。
ならば、その魔術師を見つければどうにかなるんじゃないだろうか。
あわよくば、僕は魔術師にチート能力とか付与して貰ったりできたり?
この世界を捨てて異世界に暮らすという未来も有り得るかも……?
どんなチート能力が欲しいだろうか。考えると妄想が止まらない。
考えていたら、またお腹がぐぅと鳴った。
兎にも角にも、ドアの向こうへ行かない限り、僕の腹は満たされないだろう。
ノー・アドベンチャー、ノー・フードだ。
すべきことを決めた僕は、勢いよくガラッとドアを開けた。




