3-1 新しい朝
~前話までのあらすじ~
ある日、女子高生『飛鳥和深智』の部屋のドアが異世界につながった。
ミチは石器時代やRPGのダンジョンを歩き、長老やイケメン剣士と出会い、別れ、空腹を満たし、自分の部屋に帰った。
そして一夜明けた。
パチっと目が覚めた。
ベッドの上でうーんと背伸びしてからスマホで時計を確認する。
午前9時30分。
日曜日だから学校も部活もない。
「なんか、変な夢を見た気がする……」
謎の長老を看取ったり、変な青年とダンジョン探索したり、そんな意味不明で現実離れした夢。
僕はあくびをしながらボサボサとした髪を手櫛でとかし、部屋から出るためにドアをガラッと開けた。
コケコッコー!
目の前で鶏が元気よく鳴き、ポロッと卵を生んだ。
僕は鶏が居る檻の中に手をのばし、卵を取り出す。
――へぇ、産みたての卵ってこんなに温かいんだ。
ぼけっとした頭でそんなことを思いながら、僕はドアを閉じた。
「あぁ、そうだ。部屋から出られないんだった」
ようやく僕の頭がまわりはじめ、部屋のドアが異世界に繋がったという事を思い出した。
あれは夢じゃない、現実なんだ。
昨晩は、ダンジョンで出会った青年がキモすぎて部屋に帰ったんだ。
そしてお風呂に入らないままパジャマに着替えて、そのまま寝てしまったんだ。
ダンジョンから部屋に入ったとたん弓矢は消えて、かわりにアイテムボックスに入れていた弁当箱が出てきたことを思い出した。
その弁当箱は机の上に置いていた。
お腹が空いたのでさっそく弁当を食べることにしよう。
「オープン」
手を弁当箱にかざしながら言ってみたが、弁当箱が開いたりステータスパネルが現れるといったことはなかった。
しかたなく椅子に座りシルバーの弁当箱を手でパカっと開けると、箱の外側は冷たいのに中からふわっと湯気が出てきた。
中には温かく白い極小ナタデココのようなものが山のように入っていた。
「いただきます」
弁当箱に入っていたスプーンを使い、一口食べてみる。
柔らかくて少し弾力の有る食感。味は白米に近いが、少し塩気がある感じ。
僕は弁当の中央をスプーンでぐりぐりしてくぼみを作り、そこにさっきの産みたて卵をかけた。
白い極小ナタデココの山の上に、太陽のような卵黄がプルンと乗る。
軽くかき混ぜて、一口食べる。
旨い。
とにかく旨い。
コメントするのが不粋なほど、旨い。
僕は掻き込むように弁当を食べた。
弁当を食べ終わるとお腹がいっぱいになった。
昼ごはんを抜いても問題なさそうなくらいお腹いっぱいだ。
食欲が満たされたところで、ドアの方からコンコンとノックの音がした。
「ミチさん。起きてますか?」
母さんの声だ。
僕はドアに近寄り、母さんの質問に答える。
「起きてるよ。朝ごはんを今食べたところ」
「あら、そう。美味しかったですか?」
「うん、旨かったよ」
どうやって朝ごはんを調達したのかを気にしないのは、母さんらしい。
「そういえばミチさん。お母さん、また試しに開けてみたけれどやっぱり不思議なドアねぇ。どういうトリックかしら?」
「あぁもう。僕がなんとかするから母さんは開けないでって言ったでしょ!」
「それと、お父さんに聞いてみたら『窓から出てみたら?』って言ってましたよ」
窓か、なるほど。その発想はなかった。
父さんにしては冴えてるアイデアじゃないか。
さっそく僕はドアから離れ、ドアと反対側の壁にある窓をガラッと開けた。
そこは見慣れた田園地帯ではなく、薄暗い工場が広がっていた。
窓のガラス部分は青空や近所の家や畑が見えているのに、開いている部分では謎のベルトコンベアが回っている。
――窓の向こうも、異世界なのか!
ガシャン、ガシャンと一定のリズムで機械が動く音が響き、胸がムカムカするような質の悪い油の臭いが部屋に入ってくる。
なんて異世界だ、ファンタジー要素のカケラも無い。
臭いが部屋に入ってくる前に僕は急いで窓を閉めた。
ヌルっとした手触りがする。
いつのまにかギトギトした油が手についていた。
急いで勉強机の上にあるティッシュで手をふこうとしたら、ティッシュが最後の1枚だった。
新しいティッシュは階段の下の物置にある。
まだ少し寝ぼけていた僕は、それを取りに行くために部屋から出ようとドアを開けてしまった。
ザァァァ――
ドアの向こうは大雨だった。
雨が部屋の中に降り込み、カーペットや僕のパジャマや床に落ちてたプリント類がびしょびしょに濡れた。
「あぁ、もう。最悪!」
急いでドアをバンっと閉めた。
勢いよく閉めた反動でドアが少し開いたが、それより部屋がびしょぬれな事の方が問題だ。
雑巾もドライヤーも部屋の外なのに、どうやって掃除しよう……。
イライラとした気分を悶々とさせていると、ドアの向こうから母さんが僕に話しかけてきた。
「ミチさん。窓、どうでしたか?」
「『どうでした?』じゃないよ! 窓はダメ。部屋から出るのは無理!」
「え~、それじゃあどうしましょう。……またお父さんと相談してみようかしら」
そう言いながら、母さんが去っていく足音がドアの向こうから聞こえた。
こういうストレスが溜まっている状態で母さんのおっとりした喋りを聞くと、本当にイラッとする。
あぁもう、部屋も気分も最悪だ。
汚れた手で服とかに触らないよう注意しながらクローゼットの中を探ると、中学生の頃に使っていたハンドタオルが見つかった。
さっそく手についた油を拭く。
濡れたプリントを集めて山積みにし、カーペットやフローリングの床もタオルで拭いた。
ハンドタオルはすぐにびしょ濡れになったが、さいわいクローゼットの中にはまだいくつかタオルがある。
僕はタオルをクローゼットから全て引っぱり出し、床に投げ捨てた。
ついでに中学生の頃の古い服も引っ張り出し、カーペットの水分を吸い込ませようとした。
ガラッ
突然、ドアが開いた。
母さんがドアを開けたのかと思って顔を上げると、そこには見ず知らずの少年がいた。
10代前半だろうか、僕より年下のような少年だ。
少年は耳にヘッドホンのようなものを付けていて、僕の部屋に土足で入ってきた。
「あれ? なんだココ? オレん家じゃねぇ……」
少年はヘッドホンを外しながら、キョロキョロとあたりを見回した。
そしてそのままドアを閉めてしまった。




