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白いやつにお店から有無を言わせず引きずり出され、さっきまで歩いていた道の真ん中に戻ってきた。
そいつの後ろをくっつくように歩いている少女の更に後ろを歩く。
二人は何かを話しているようだが、声量のせいか、離れすぎているせいか、内容までは聞こえない。
「そういえば」と口元を指で隠しながら女性のような仕草で話を向けられて、反射的に「はい?」と答えたが、話しかけられるとは思っていなかったから笑顔が固かった気がする。
「ワタシ、この子の教育係をしていました美鈴といいます。名乗るのが遅れてすみませんでした」
恥ずかし気に頬を染めて、顔を少し隠す仕草は女性のようだ。
名前のせいもあるかもしれない。
ただ、さっきから顔を見ているはずなのに顔をしっかりと覚えることができないのが不気味だった。
特徴がない、わけではない。
なのに、視線を少しそいつから外しただけで顔がボヤけて思い出せなくなる。
そこにいるのに、いないようだ。
気味が悪い。
ぐちぐちと何度も針で指を刺されているような、そんな気持ち悪さがあった。
「あの?」
「……あ?」
「名前を聞いてもいいですかあ?」
名乗っていなかったことを言われるまで忘れていた。
「俺の名前は」と言いかけた瞬間、黒い影が光を遮った。
そして、羽音。
それは一瞬だった。
紙を真っ二つにするような簡単さで、白がぷつりと二つに別れ、目の前に転がる。
白いやつの足よりも鋭い爪が、目の前に転がった頭を潰していた。
目の前に赤が広がっている。
血の海とは、こういうことを言うのかもしれない。
地面に倒れたやつの服が元々、白だったとは分からないくらい真っ赤に染まっていた。
ぐちゅぐちゅ、と気持ち悪い音がしている。
ようやく白いやつが殺されたのだと理解して、頭を踏み潰している異形を見る。
それは白鳥のような姿をしていたが、瞳は魚のようなギョロリとした目をしており、足は二つの間にもう一つ生えている。
体に蛆が這い回り、嫌な臭いを撒き散らしていた。
「美鈴にいや……?」
少女が名前を呼んだ。
その声は震えていた。
驚いたのは、それが恐怖ではなく、歓喜からだったという事実にだ。
瞳に歓喜の色が燃え上がり、頬は上気し、期待に息が上がっている。
白いやつを殺した異形は俺たちが牛や豚、鳥の肉を食べるのと同じような自然な動きで、羽を毟り、皮を削ぎ、肉を啄ばんだ。
骨を砕き、目を潰し、中身を引きずりだして千切り、地面に汚らしく食べ残しを撒き散らしながら、それは満足気に鳴いた。
耳が痛い。
脳を揺さぶられるような声に気持ち悪さが込み上げる。
くるくるとバレリーナのように少女が目の前で回っていた。
目も回っていく。
「美鈴にいやはね、もう燃えかすなんだよ。生まれ直すことができないで、ただただ消えかかる火を抱いて生きているだけの存在。だから、お腹に帰るの。中身も服も骨も必要じゃない。心の臓と魂だけ火付け鳥様のお腹に帰るの。ただ、今代の火付け鳥様は少し荒っぽい方だから、ああやって散らかしたら片付けが大変だ」
くすくす、けらけら。
まるで、物語のセリフのような言葉は耳を通り抜けて消えていく。
狂ってる。
この場所で起こっていることは、歪だ。
三本足の鳥は、また鋭く鳴く。
体の中に芋虫が入り込んだみたいな不快感に眉を寄せた。
それでも、さっきまで浮かべていた笑みは張り付いたまま。
「さあ、さあ、にいやも一緒に祝って」
少女がそう言った瞬間、それは来たときと同じく突然、羽を広げて去っていった。
ボロボロになり、腹を嘴で啄まれた死体だけが目の前に残っている。
元々、肉つきがいいとは言えなかった白いのの体から更にごっそりと肉がなくなっている。
少女の言う通り、さっきのが心臓だけを持っていくのなら、もっと綺麗にできるだろうに。
それなのに、あんな風に食い散らかしているのは、他の部分を食べているのがバレないようにしているからだ。
そう思いながら、何にもなかったかのように死体を踏みつけて歩き始める少女の後を追う。
この国は何かがおかしい。




