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8/23 本文改変
さっきまであんな血生臭い光景が目の前に広がっていたのに、少女がわざとつけた血の足跡が消える頃には、温かな日差しと穏やかな空気が俺の体を包み込み、昼寝に良さそうな一日だと思わせる。
自分に関係ないことだから、簡単に切り替えられるのだろうか。
それとも、変な暗示にかかっているのか。
「まだ着かないのか?」
「うん、もうすぐだよー」
ふんふんふーん、と楽しそうに鼻歌を歌っている少女は本当にどこに行くのか分かっているのか疑わしいくらい、フラフラと寄り道をしたがった。
さっきの会話も片手では足りないほどに繰り返した気がする。
「……ねえ、あそこに寄りたいな」
また違う店を指差し、少女が笑う。
俺は文句を言いそうになる口を強く結びなおした。
「ねえ、いいでしょう?」
少女が首を傾げて問いかけてくる。
だけど、俺が頷くより早く、少女は興味なさげにそこを通り過ぎた。
これも、もう片手じゃ足りないくらいしている。
「……君は、俺をどこに連れて行きたいの?」
同じところをグルグルと回っているわけじゃないことは分かる。
前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのかは分からないが。
少女は俺を見ずに、クスクスと楽しげに笑った。
「もうすぐですよ」
大丈夫、信じてください。
そう少女は笑うが、信じられる要素は少しもなかった。
翼を持っていることを確認したはずなのに、狐に化かされている気持ちになる。
「ああ、ほら、もう見えた」
少女が指差して、笑顔を俺に見せる。
少女の指の先には、今まで見たのより立派な建物があった。
最初から俺が見ていなかっただけだと錯覚しそうになるほど、当然のようにそれは目の前にある。
だけど、俺は少女が言うように、そこがゴールだとは思えなかった。
「さあ、さあ、行きましょう」
少女が急かすように言う。
嫌な予感がする。
当たって欲しくないな。
そう思いながらも、足を止めることはできないでいた。
早歩きで少女の後ろを追いかける。
「ついたよ!」
今まで、本当に寄り道しかしていなかったのだと分かるほど、あっさりとその建物の前に辿り着いた。
五分もかからなかっただろう。
「はやく行こう」
京都で見た不明門にどこか似ている門を指差しながら少女が言う。
近くで見て分かったが、背を屈めないと頭を打ちそうなほど、門は小さい。
そういうデザインなのか、そこまで背が高い奴がいないのか。
とんっと少女が片手で押しただけで、門はゆっくりと開いた。
少女が俺をおいて、するりと中に入って行く。
「にいや、はやく、はやく」
門の向こう側から、少女が急かす。
このまま逃げることもできるっと思ったが、おとなしく門をくぐる。
見た目よりも軽い素材なだと勘違いしそうになったが、門をくぐる前に触ってみれば自分の力では動かせそうになかった。
何か特別な仕掛けがあるのだろう。
少女が怪力だという考えは、そっと除外した。
こんな少女が俺より力があるとか考えたくもない。
門をくぐって中に入ると、木々が多いせいか、日差しがあまり入らず、外よりも空気が冷たいような気がした。
どこからか聞こえてくる水の音のせいで、まるで別の世界に踏み入れたようだ。
「お帰りなさい。それと、いらっしゃい」
周りの景色を確認していると、少女とよく似た顔立ちの少年に声をかけられる。
「ただいま、鈴蘭」
少女が嬉しそうに笑って彼に抱きついた。
少年は表情を変えず、少女の背に手を回しながらも此方を見ている。
「案内します、お客様」
抱きついた少女を引きずりながら、少年が俺の前を数歩、歩いた。
少女が不満そうに少年の背中を叩くのが分かった。
引きずられるのが嫌なら抱きつくのやめればいいのに。
仕方ないっと諦めたのか、少年が少女を抱っこする。
そして、仕切り直しをするように「案内します、お客様」ともう一度言った。
よたよたと歩く少年の後を、ゆったりと歩く。
木々の中を抜けると、華美な金細工が惜しみなく散りばめられた長い廊下が見えた。
薄暗い場所にいたせいもあるが、太陽の光と金細工の輝きで、目がチカチカとした。




