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「あのね、初めて来た人はすぐに迷子になっちゃうの。だからね、このままお手手繋いでてもいい?」
彼女が楽しそうにぶんぶんと両手を振り回しているせいか、ぶらんぶらんと繋がれた自分の手もつられてしまう。
問いかけているけど、俺が断ったとしても手が離れるとは思えなかった。
迷子は確かに嫌だけど、これはどうなんだろう。
「この国はね、横の道が四十、縦の道が三十あるの。北の政言大徳様、南の時宗巨椋様、東の千家凪様、西の宮助向日様がそれぞれ治めるようになる前は建物がまったくなかったんだって」
彼女が此方をいちいち振り返って俺の顔を確認しながら、ふふんっと自慢気に話しはじめるが、国の説明の間に「あそこの甘味処は美味しい」だとか「ここは最近、子どもが生まれた」だとか、違う話題がちょくちょく挟まれて何の話をしていたのか分からなくなってくる。
あれとか、それとかと指差したり、手をバタバタと動かしながら説明する様子は目を引くが、あまり内容が頭に入ってこない。
はい、はい、と流してしまいそうだ。
「それで、えっと?」
少女も最初、何を話していたのか忘れてしまっているのか、話を挟んでは考え込んで、何を言うかを思い出したような素振りを見せては、また違う話題を口にしている。
あれ?
苺色の羽根が描かれた暖簾がかかった店を通った時も、箒がたてかかった家の前を通った時も、人が暮らしているというのは分かるのに、誰の姿も見えない。
よくよく周りを見渡せば、出店のように商品を作って売っているような場所にも八百屋のように人がいるはずの場所にも、誰もいなかった。
その代わりとばかりに、風鈴の音やキーホルダーにつけるような小さな鈴の音、スレイベルのような音が聞こえた気がする。
「不思議な国だね」
「すてきでしょう?」
曇りのない澄んだ瞳で見上げられ、俺は笑って誤魔化した。
「これも全部、長様のおかげなの」
少女は片手で目を隠しながら言った。
「この町並みも道も今の暮らしにつながるもの全部、長様がもたらしてくれたものなの」
その様は国を作った者に対しての敬意や憧憬だけでなく、神様を信仰する人たちと同じような、そんな雰囲気があった。
チリンチリン、りんりんりん、と同意するように音が響いた。
ホラー漫画や映画見たいで、何だか気味が悪い。
手の隙間から覗く目とあった気がした。
ぞわぞわとしたものを感じて体に力が入っていたが、そんな雰囲気を壊すような甘い匂いが鼻をくすぐった。
「ぶともちだ!」
少女が嬉しそうな声を上げて、両手を天に向かって広げた。
彼女の腹がぐうっとなる。
その様子を見て少し力が抜けた。
変に緊張していたのが馬鹿らしい。
「にいやは甘いの好き?」
「甘すぎなければ」
「じゃあ、行こう!」
「……っと。走ったら危ないよ?」
少女が元気よく走り出したから、ぐんっと体が引っ張られた。
「はーい」
少女の返事はのびのびとしたいい返事だったが、よくある返事だけで、言うことを聞く気はないらしい。
この時には既に肩の力もすっかり抜けていた。
道の真ん中を少女と一緒に早足に通り抜けていく。
目的地は思ったよりも近くにあったようで、二十メートルも進まないうちに足を止めた。
淡い色の下地に黒いインクで「ぶともち」と書かれた看板と案内板が店先に置かれている。
案内板の文字は漢字と英語を混ぜたような文字が並んでいて、読むことはできなかった。
少女が躊躇なく扉を開けて中に入っていくので、引っ張られるまま一緒に中に入る。
店の中はぶともちを販売する他に、喫茶店のようなのも兼ねているようだ。
店奥に椅子と机、カウンタースペースがある。
「いらっしゃい」
声をかけられ、ようやく人がいるのに気がついた。
長く綺麗な髪と、キリッとした顔立ち。
仕事着なのだろう服装にマイナスになる印象はなく、彼女の顔立ちに似合っている。
バランスの取れた美形だ。
笑みが柔らかいから、キリッとした顔立ちでも話しかけやすい雰囲気がある。
「決まったら、声かけてくださいね」
だけど、店員はそう言って、作業場だろう奥に引っ込んでしまった。
作業途中だったのだろうか。
少女は既にガラスケースを覗きながら、どれを食べようかと悩んでいる。
「……どれがオススメ?」
値段も商品名も見ても分からず、餅というよりもカップケーキのような物がガラスケースの中に並んでいる。
味だとか材料とかの説明が聞ければ一番いいのだろうが、こいつの頭でしっかりとした知識は期待できないだろう。
だが、店員がいない今、聞くことができる相手はこいつしかいない。
「一番美味しいのは普通のぶともちかなー? 周りがふわふわでね、かぶりついたら、煮込んだ甘い蜜がじわっと口の中に広がるの」
「へーそうなんだ」
「もちろん、他の物が好きって人も多いよ? こっちのはカリカリで、これはパサパサ、そこのはしっとり、あれはもちもちっていっぱい種類はあるから!」
「ふーん、そっか」
「蜜の味もね、10種類もあってね、すっぱかったり、しょっぱかったりするの」
嬉しげにはしゃいでいる様子に、とりあえず頷いておく。
本当に餅というよりはパンみたいなのかもしれない。
「それで、それで」と聞いて聞いてをしてる少女の腹が、またなった。
彼女は恥ずかしそうに笑いながら「買ってもいい?」と小声で言った。
承諾すれば、すぐに屈託のない笑顔になる。
「にいやも一緒に食べようね!」
俺は何も答えずに、笑みを返しておいた。




