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「彼女の種族が何か十夜は分かるのだっけ?」
仕事疲れのサラリーマンが酒を飲み込むように一気にぐいっと飲み干して容器を空にしてから、セオドアはふわふわとした笑顔で問いかけてくる。
酒のせいの笑みというわけではないみたいで瞳の奥には冷静な光がある。
頬が赤くなっているわけでもないし、口調もはっきりしているから、そこまで酔っ払っているわけでもないらしい。
「エルフだろ」
ヘルフリートだか、本人だかが言っていた気がする。
何故か、さっきまでの出来事をしっかり思い出せない。
自分も何かを話していた気もするし、黙っていたのかもしれないと思う。
さっきまでの出来事のはずなのにどうして覚えていないのか不思議でたまらなかったが、組み立てたパズルのピースが何箇所か足りないような少しの喪失感と完成しない安心感が漠然とあるだけで、それだけだった。
何故だが、思い出そうと脳をフル回転させる気にはならなかった。
ピースを探す気にはなれなかった。
セオドアは横に流している髪の束を指先でくるりと遊んでから言葉を続ける。
その様子は中性的な顔立ちもあいまって恋人を自慢気に紹介するような女のようだと思った。
「そう、ストゥラーダ出身の可愛い可愛いエルフ」
ストゥラーダ? ムノーガではなく?
疑問に思ったが、口には出さなかった。
余計なことを言って時間をかけたくないし、後、単純にセオドアの様子が気持ち悪い。
何を自慢気に話しているのか。
セオドアはくすくす、けらけらと楽しそうに笑いながら言葉を続ける。
「燃えるような夕方色の髪が綺麗でしょう? お気に入りなのだよ」
ちらりと横目で彼女の方を見た。
彼女はギラギラとした瞳でこちらを見ている。
墨で濃淡をつけたようなセオドアの瞳とは違い、彼女の瞳は油絵の具で色をつけたように色鮮やかだ。
何か言いたそうに此方を睨んでいるので朗らかに笑いかけてから、視線を元に戻す。
セオドアはどこか満足そうに笑いながら空っぽの容器をことりと床に置いた。
「ストゥラーダの南南東に位置するヴィーアという森に囲まれている小さな田舎町が彼女の生まれた故郷でね、そこには彼女と同じような子たちがたくさん住んでいたのだ」
そう説明しながらセオドアはパチンッと指を鳴らす。
絵本や児童書のイラストのようなクレヨンで描かれた柔らかな風景がテレビのようにポンッと目の前に現れた。
イラストの雰囲気のせいもあるだろうが飛び出す絵本のようだったと思ってしまった。
昔、よく親にねだったのを覚えている。
「ヴィーアはエルフと違う種族との子を育てるための場所だった。本来ならエルフは他の種族と交わることを忌避するのだけど、長い時間生きていると馬鹿なことを考える奴も出てくるものでね」
セオドアがくるくると指先を回すとチャンネルが変わるように風景が変わる。
どこかの森の中に縫いぐるみのようなエルフと靄がかった何かの姿が映った。
よく見るとエルフの体には無数の傷がついており、首には誰かの所有物だというように真っ赤な首輪がついている。
優しい雰囲気の絵柄だから余計に首輪や傷に注目してしまう。
「理不尽な理由で奴隷になったエルフを他種族に強姦させて子を産ませていたのだ。その子を奴隷として扱うために。他種族の血が混ざったことにより普通のエルフより丈夫だし、何より他種族の血が入っている。遠慮する必要はない。存在することが罪だから、余計な理由付けはいらないしね。あ、勿論、親は殺してしまっていたけど。子供の教育に邪魔だし、何より証拠が残るから」
ポンっとエルフと靄がかった何かが手を上げてクルリと一回転し可愛らしい音をたてて爆発して消える。
煙と紙吹雪がしばらくその場所を覆い、それが消えると二つが消えたその真ん中に何も知らなさそうな顔をした小さなエルフが現れていた。
子ども番組のアニメのような演出に、どうしてか笑いが漏れた。
片方の瞳が明らかにエルフのものではなく、その額からは小さなツノが生えている小さなエルフ。
さっきから妙に可愛らしい絵柄なのだが、これはセオドアの趣味なのだろうか。
それとも、こちらを考慮したと言うのだろうか。
声を押し殺して笑いながら、こういうアニメってありそうだよなと口に出さずに飲み込む。
映画でもドラマでもアニメでも紙芝居でも本の朗読でも演説でも、蚊帳の外にいる他人の言葉はご法度だ。
話が終わるまではステージの上でスポットライトを浴びる人のものでなくてはいけない。
なんて。
ただ、邪魔するのも面倒なだけだけど。
「自分達で赤ん坊の頃から育てるのは面倒だから、それ専用の奴隷だっていたのだよ。刷り込みって便利だよね。それだけで相手は自分に逆らわない可能性がほぼなくなる」
くつくつといやらしく笑いながらセオドアは言う。
自分でしたことがあるのか、それとも、そういうことに協力したことがあるのかは分からなかったが説得力がある言い方だ。
まあ、積極的にやっている姿が想像できるし。
むしろ、やってなくてもやっているって想像してしまう怪しさがあるから仕方ない。
「そうやって作ったモノを自分たちの都合で壊して、捨てて、踏みにじって、遊んで、楽しんでいた。そんな場所で彼女は生まれた」
さっきまで自分が生まれた場所の話をされていたのに気にせずに俺を睨み続けていた彼女が怯えたような表情でセオドアを見る。
セオドアというよりは因香を見たのかもしれない。
さて、これからどんな話をされるのか。
そう少し身構えた所でセオドアは話を断ち切った。
「話は中断、また今度になるのかな。まあ、時間ができれば来るよ、うん」
パチンッとセオドアが軽やかに指をならして、さっきまで浮かんでいた絵本のようなものがなくなる。
身構えただけ損した感じがする。
「なんで急に」
「私だってこのまま話を続けるのもいいと思うのだけどね。でも、彼らが来てしまったから。彼と会うのはもう少し先にしたくてね」
セオドアは頬杖をつきながら、つまらなさそうな顔をしてから楽しそうに口元を少しだけあげるように笑った。
彼らというのは俺の幼馴染とその取り巻きになりつつある、というかもう取り巻きの一人か、彼女のことだろうか。
なんだ、まだ会っていなかったのか。
「じゃあ、また今度。といっても、帰るわけではないからすぐ会えるよ」
くるくると指を回して、セオドアが言う。
薄い霧の様な煙がセオドアと押さえていた彼も押さえられていた彼女を包み込み、それがなくなった時にはそこに誰もいなかった。
何だったんだ、あいつ。
完全に話相手がいなくなって暇になった老人みたいな認識になりつつある。
「では、此方も準備を。さすがに部屋の中に招き入れているのは知られない方がいいかもしれませんし、部屋の外で雑談していたことにしましょう」
すでに、因香はどう行動した方がいいのか汲み取って動こうとするし。
多分、俺が呼ばれるってことは勇者関係なのだろうから、因香が先に内容を知っていてもおかしくない。
というか、さっき部屋を出てったのはそのことについての話だったのかもしれない。
「さあ、十夜様」
扉を開けられ、外に出ることを促される。
セオドアがああ言っていたのだから、光助たちはこっちに来るのだろう。
事前に教えられているだけありがたいのだろうか。
本当、どうやってそのことを知っているのか気になるけどな。
「今行きます」
ああ、本当にこっちに来てから面倒なことばかりだ。
これほどまでに家に帰りたいと思ったことはないかもしれない。




