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01/30 本文改変
眉根に縦しわを寄せて、嫌そう顔を顰めつつも私に頼られて嬉しいのか尻尾がパタパタと動きそうになっているラルスの様子は成人に近い年齢になっても子どもの様で可愛らいい。
そんな私の視線に気が付いたのか、顔を逸らして言う通りに因香ちゃんを探し始める。
真剣な表情になったラルスを確認してから、魔方陣が描かれている部屋の中を見渡すことにした。
王か部下の誰かが、それか違う誰かの命令か、また魔方陣を移動させたようで部屋の様子は前使った時とはまた違っていた。
別に動かすなとは言わないけど、こういう場所に動かすのはどうかと思うな。
クスクスと笑いながら、目を瞑り、流れていく記憶の欠片をなぞる。
血の臭いと悲鳴、苦しげなうめき声。
それから狂ったような笑い声。
この前は兵士の武器庫だったが、今回は拷問部屋の一つのようだった。
散らばっている拷問道具を綺麗に片付けているせいで、回りは石の壁や床が目立つだけで普通の部屋より殺風景に見える。
まあ、血の臭いとか、物があった痕跡とか、気を付けて見ればすぐに分かるだろうけど。
窓はなく出入口は茶色の扉一つだけなのが、魔方陣が描かれている部屋の唯一の共通点だ。
逃げ道を一つにするということなのだろうか。
こんなことをしても意味なんてないのに。
「……別に逃げようと思えば何処からでも逃げられると分かっているのにね」
呆れると言うよりは、その行動が人間らしくて愛らしい。
守る対象にするにも、家族にするにも愛は足りていないけれど。
酔った様に顔に熱が集まる。
うっとりした表情を浮かべているのに気が付いて、すぐに表情を戻す。
ああ、可愛い家族たち。
今、何をしているのだろうか。
そんなことを思いながら所々傷が残っている床を眺めていると、耳と鼻を使って因香ちゃんを探していたラルスが「……セオドア様、いました」と、こほこほと咳き込みながらも私の腕を四回叩いた。
この頃、呼ばないように心がけているらしい名前呼びをされて少し嬉しかったが、彼の意図を理解してため息を吐きたくなる。
どうして必要ない時にだけ現れるのか。
嫌がらせならば大成功である。
嫌がらせではないことは知っている。
だからこそ、たちが悪い。
「私はお前まで呼んではいないのにね」
ラルスが私の呟きに苦笑いをしたのが分かった。
今までいた魔方陣の上から退いて、ラルスは私の後ろに隠れるようにして移動する。
ラルスが私の後ろに移動してすぐに淡い光を発し始めた魔方陣を見る。
次第に眩しい光が辺りを包み、魔方陣の上に紅色が現れた。
それは鮮やかな紅だった。
紅色は此方に気づくと子どものような幼い顔を輝かせて、私に向かって走りよってくる。
手が隠れるくらい大きさと独特の衣装のせいで余計に幼さが増しているように見える。
だが、いつもとは違ってそのまま抱きついてくることはなく、私の一歩前まで近づいて来た紅色は喜びを隠すようにこほんっと咳をしてから落ち着いた声音で私に向かって言った。
「セオ、久しぶりではないか。私は勇者殿に挨拶をしに来たのだがお前に会うとわな。今日行けと言った丙に感謝せねばならないな」
その態度の違いに、一応他国では自国とは違い王様らしく振る舞えるのだと感心した。
いつもの子どものような話し方ではない。
言葉は少しわざとらしいが、まあ、及第点をあげてもいいかと思ってしまう。
もう立派に王である自覚を持っていると思うと、成長したのだと実感した。
愛しい子が成長した姿は我が子が成長したようで嬉しい。
まぁ、その態度も利き手でラルスの腕を、利き手ではない右手で私の服の袖を掴もうとしていれば台無しだが。
どうして我慢できなかったのだろう。
我慢すれば素直に誉めてあげたのに、残念だ。
そう思いながら紅色を見る私とは違い、ラルスは少し視線を迷わせた後、申し訳なさそうに言った。
「不知火様、私達は急いでいますので」
その言葉に、きょとりとした表情をする紅色。
目を皿のようにして驚いている紅色だが、我が儘を言うでもなく素直に手は離れていく。
いつもなら、駄々を捏ねるように言葉を投げつけてくるのだが、今日はそれがないらしい。
それを好機とみて私はラルスの手をとって、姿を眩ますことにした。
「……え?」
訳が分からないと言う風に小さく呟いた紅色だけが、その場に取り残されることになるが今は仕方ない。
許してもらおう。
そうしなければ、私のことが大嫌いな彼女が嫌がらせをするために動き出しただろうから。
私への嫌がらせが生き甲斐だと言わんばかりの彼女のことは愛しいが、此方にも都合がある。
悪いが、また今度遊んであげよう。
「ラルス、因香ちゃんはどこ?」
「あっちだと思います。お香の香りと話し声が」
あの子たちより、ずっとずっと大事なことがあるのだ。
今は、新しい家族を助けなくてはいけない。
部屋の中に一人残された紅は膨れっ面で小さく呟く。
その言葉は不満と怒りが含まれていた。
「何で、逃がしちゃうの。せっかく、嫌がらせをする機会だったのに」
途切れ途切れの言葉に紅は悲しげな表情で、目を地面に視線を向けながら答える。
「だって、セオが私から逃げると思わなかったのだ。丙ではなく、私だぞ?」
その言葉に紅は地団駄を踏みながら言った。
「私ならすぐに逃げると? あいつが私を厭うなら、私に会いに来たりはしないでしょうが」
その言葉に紅は納得したように頷く。
セオは嫌がらせを続けても、素直に言うことを聞いても、どんなことをしても二人を同じだけ愛している。
それならば、何故。
「どうしていなくなったのだろうか」
寂しい気持ちを抱きながら紅が呟くと、頭を振り考えることを諦めて紅は言った。
「何か都合があったのよ。……仕方ないけど今は勇者に会いに行きましょうか」
それだけ言うと紅は何も言わなくなった。
私は私がセオのことを家族として慕っていると分かっている。
私は私が本当は相手をしてほしかったのも気づいている。
だから、尚更逃げられたのが悲しかった。
辛かった。
姉の気持ちは弟の気持ちである。
弟の気持ちは姉の気持ちでもある。
私たちは一つで二つの存在なのだから。
二つで一つの存在なのだから。
「そうだね。行こうか」
二人ぶんの寂しさを胸に抱きながら、紅色の男、不知火は歩き出す。
姉である丙が声もなく泣いているのに、気づかないふりをして。




