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01/24 本文改変
木々を揺らす風がぴたりと止まったかと思えば、ごーごーと勢いよく風が吹いた。
何か嫌なことが起こるような気がしてブルッと体を震わせて、腕をさする。
食事を終えた僕は食器の片付けのために立ち上がり、主は本を読むために席を立った。
空っぽになった皿を積み上げて片手でそれを持ち上げる。
二人分ということもあり、そこまでの重さはなかったが、皿同士がぶつかり合いバランスをとらないと落としそうになった。
主は最近、友人に貰ったと言っていた窓の近くにある椅子に積み上げられている四十冊もある本の山から七番目の本を手にとって、さっきまで座っていた椅子に座りなおす。
その本の装飾はあまり綺麗とは言い難い物だな、と思いながら主が昨日言っていた言葉が頭に浮かぶ。
皿を台所の方に運びながら少し大きな声を出して聞いてみた。
「食事をする時の椅子と本を読む時は違うと昨日言っていませんでした?」
主は机の上に置いた本のページに視線を向けながら何でもないことのように答えた。
「そんなこと言っていたかな? 私には覚えがないよ」
その言葉に分かっていたことだが気まぐれの言葉だったのだろうと納得する。
椅子に座り、目を伏せ、目を忙しなく動かしながら本を読んでいる主を見てはあ、と息を吐いた。
主は自分で言った言葉も他人が言った言葉も忘れるということをしない。
だけど、気まぐれで言う言葉や秘密にしたいことは忘れたふりをしてはぐらかすことがよくある。
「そうですか」
気分の問題だろうが、たまにどっちの部分なのか分からなくて困るから止めて欲しい。
もう一度ため息を吐きながら、僕は台所の右側に置いてある人の顔が入るほどの何の素材で出来ているのか分からない籠に持っていた皿を全部、捨てていく。
食器がぶつかって、大きな音がした。
一番下の食器は粉々になってしまっただろうか、と思って中を覗き込む。
少し入れる力加減を間違ったかもしれない。
そう考えながら、先ほどから何度も見ている主の方を見る。
主は食器が割れた音に反応した様子はなく、さっきと変わらない体勢で本を読んでいた。
主が気にしていないのなら大丈夫か、と息を吐く。
台所で皿を片付け終わってから気づく。
この後は得にすることがない。どうしようか。
こんな時は静かに寝ていればいいか、と結論付ける。
いつも何かすることがあるわけでもないのだし。
僕は台所から出て日差しのいい場所に移動して、座り込んだ。
犬の様に体を丸めて、その場所で目を瞑る。
そうすると、すぐに眠気がやってきた。
ガッタン! と何かが倒れた大きな音で飛び起きる。
音がした方を見ると、さっきまで本を読んでいたせいで静かだった主が「……忘れていた」と呟いて、ため息を吐いた瞬間だった。
「どうしたのですか?」
そう問いかけながら、びくびくしながら主に近づく。
主は僕の質問に答えることなく椅子を元に戻して、「あー……どうしよう」と言いながら座り直した。
深々と椅子に座り、背もたれに体を預けながら主は自分の考えを口に出していく。
「きっかけを与えたのは私だけど、こんな風になるとは思っても見なかったな。嫌、分かっていたけど何もしなかった、の間違いか。ああ、本当に厄介なものを作ってくれるよね。失敗したな。彼を傷つけるのはなるべく避けたかったのだけど、仕方ないか。避けられることではなかったと割り切った方がいいかもしれない。よかった、彼女の部屋で」
苦笑しながらそこまで言い切ると、主は此方に視線を向けて笑った。
その笑顔に話しかけていいのだと判断して問いかける。
「何かあったのですか?」
もう一度、主に問いかける。
主はさっきまで読んでいたのだろう、開いたままの本を閉じながら漸く答えてくれた。
「勇者の魔力が暴走しちゃった」
軽い口調で、思い事実を告げられた。
「……はぁ!?」
クスクスと笑っている主の言葉を少しの間、心の中で繰り返し、意味を理解して大きな声を出して驚いてしまい、慌てて口を閉じる。
主は「困ったよね」と笑いながら、立ち上がって本を山の上に置きに動きながら言葉を続ける。
「暴走の中でも最悪。魔法を使おうとして暴走したならまだいいのだけど。多分、死ぬほどの傷を負ったことで暴走していると思う。……その顔は分からないって顔だね」
首を傾げていたのに気づいたのか主が僕の方を見ながら、仕方ないな、と言いたげに笑いながら説明してくれる。
よしよし、と頭を撫でられながら説明を聞く。
「あのね、瀕死とかの暴走はまず自分の命を繋ぐために本来は魔力がめぐらない場所にまで魔力を送ろうとして、普段、魔力がめぐっている場所に穴を開けるんだ。開いた穴からは勿論、魔力が漏れ出すよね。だけど、普段魔力を送らない場所には無意識に魔力を送らないように体が止めているのだよ。それだけの、理由があるの。それなのに、そんな場所にも魔力を流してしまえば制御なんて出来るわけがないし、体がぼろぼろになる。普段流れている場所にも穴を開けているから、魔力は駄々漏れ。そんな状態になれば、脳は自分の体を生かすために勝手に普段は使えないような、それこそ死ぬか生きるかの魔法を、使い始める。脳と言うよりは、魔力そのものが器を保つために意思を持って動くのかもね」
くすくす、と笑っているはずなのに主の表情はピクリとも動いていない。
仮面のように笑顔のまま固まっている。
「……暴走が酷くなれば、私のように不老不死になることだってある」
最後の部分だけ、口が動いているのは見えても聞こえなかった。
わざわざ、消音の魔法を使ったのだろうか。
それとも声を出すことをしなかったのだろうか。
首を傾げながら、主を見た。
「…………?」
主はなんでもないよ、と首を横に振ってから、ぐっと体を伸ばしてから「じゃあ、行こうか」と唐突に言った。
「……え?」
「暴走を止めるのは私だけでもいいのだけど、多分、あの子も一緒にいるからラルスもおいで。どうせ、紹介するつもりだったからね」
そう言いながら主に腕を取られ、移転魔法の魔方陣に引っ張られる。
その行動におとなしく引っ張られながら、拒否権はないんですね、そうですか、畜生、と心の中で吐き捨てる。




