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01/09 本文改変
扉の向こうで女の人が何か、多分呼び出しの内容だろう、を言っているが、因香はその言葉に沈黙で返し続けた。
ぐっと強く唇を噛んでいる。
ああ、行きたくないのだなと理解して、扉を横目で見たから因香を見る。
どうするのだろう、このお嬢さんは。
「因香様?」
因香が何も答えなかったからか再度、彼女の名前が呼ばれる。
因香は腹のそこからゆっくりと息を吐き出した。
「……はい」
特に汚れてもいない服の埃を払う仕草をしながら、因香は小さく返事をした。
目を細め、扉を見る彼女は能面のような表情を貼り付け、さっきまでとは違って目を引く存在感を纏っている。
外にいる誰かが気にならないわけではないし扉を開いてしまいたいとも考えるが、先ほどまで話をしていた因香の異常ともいえる様子を見てしまうと、何も言わずに見守ることが正解な気がした。
声をかけられたのが俺ではないから、そんな風に思えるのだろうけど。
弧を描き、俺は笑う。
先ほどまで悲しそうに笑っていた因香が能面のような表情のまま此方を見る。
あまりの感情の見えなさにそんな表情もできるのかと感心してしまう。
へらへら笑ってばかりいる俺にはできるか分からない表情だ、なんてね。
彼女のことを完全に他人事だと考え傍観しようと思い始めた俺に気づかず彼女は天井を見上げた後、一度、思い切り唇を噛んでから落ち着いた声音で外にいる誰かの言葉に返事をする。
「準備ができていないので、少し待ってください」
その言葉に外にいる誰かは「分かりました。お早めに」と答えて黙り込んだ。
その声音はできるだけ感情を押し殺しているのだということが、その言葉の短さと語尾の強さから察する。
扉の向こうにいる人は別に王様に絶対服従ではないのだな、と心の中で驚く。
因香はゆっくりとした動作で部屋に置いてあるベッドに近づき、枕の下から手のひらサイズの手鏡を取り出して、はあ、とため息を吐いた。
「すみません。お話の途中なのに」
手鏡を手に持ちながら此方に振り返り頭を下げて謝る彼女に首を横に振って大丈夫だという意を示す。
彼女は安心したように息を吐いて、やわらかい笑みを浮かべた。
俺もやわらかく見える笑みを心がけて作りながら彼女を見る。
外にいる誰かに聞こえないような声の大きさで俺は言った。
「お仕事、頑張って」
その言葉に特別な意味合いはなかった。
さっきの話と呼び出しを結びつけたのは、ただの偶然だった。
彼女は俺の言葉を飲み込むのに時間がかかったようで目を丸く見開いて固まってしまう。
俺が反応に困って首を傾げた、その瞬間、彼女の綺麗な目から一粒だけ透明なしずくがこぼれた。
彼女はすぐに目を伏せて誤魔化したが、はっきりと見えていたのであまり意味はないように思えた。
好感度アップってことでいいのかな、これ。
なぜか分からないがイベントを一つこなしたようである。
彼女は何かを言うために口を開いては何も言えずに口を閉じるという動作を数度繰り返した後、搾り出すように言った。
「…………はい、頑張ってきます」
その言葉にどんな感情が込められていたのか、俺には分からなかった。
因香が扉を開け、扉の向こうの人と二、三話した後、部屋を出て行ってしまい、一人部屋に取り残された俺はどうしようかと天井を見上げた。
真っ白だと思っていた天井はよく見ると薄い桃色で模様が描かれている。
何の模様かは分からなかったがただの絵ではないのは分かった。
光助みたいな直感とかで判断したのではなく、この世界の絵にしては文字らしきものが多かったから、そう思ったのだ。
例え、この世界の文字を知らなかったとしても彼女の部屋だということもある。
もしかしたら複雑な呪式だったりするのだろうか。
俺には分からないが。
そんな模様を見上げながら色々と考えを巡らす。
それを満足がいくまでしてから、考えていたことを横において、これからどうするのかを考えることにした。
部屋の主がいなくなったのだから、すぐに此処を出ればいいという考えと、因香が戻ってくるのを待っていた方がいいという考えが俺の中に浮かびあがる。
どちらも正しいようで正しくない気がして、判断することができなかった。
だけど、他に考えが浮かぶ訳でもなかった。
天井の模様を視界に入れながら、勝手に因香のベッドに腰をおろしてため息を吐く。
「疲れた」
こぼれ落ちた言葉に人にはあまり見せない類の笑みが顔に張り付いた。
見なくても分かった。
自分がどんな笑みを浮かべているのか。
口が弧を描き、瞳が歪に形を崩す。
きっと今の自分に張り付いた笑みは自身を嘲笑するような醜い笑みだ。
人と話すという行為も、何かを考えるという行為も、何度繰り返しても久しぶりにした気分になって体も脳も機能を停止してしまいたいくらい疲れてしまう。
まるで、無理して人になろうとしている生き物みたいな俺にぴったりな醜い仮面。
それを想像して俺は天井を見上げながら意味もなく声をたてて笑った。
「あは、あはははっ、ふふ、ふはっ、あははっ」
笑って、笑って、笑った。
気持ち悪いくらいに繰り返し、繰り返し笑う俺は狂ったように見えるのかもしれない。
さんざん笑った後、疲れたと思う前に声をたてて笑うのを止めた。
笑っているだけでは何も進展するわけがないし。
後、棒読みになってきた笑い声は耳障りだ。
落ち着いた気持ちを保つために上を見ていた視線を扉に移してしばらく眺めてから、さっきから気になっていたことを言葉にだす。
「で? あんたはいつまで扉の前にいるの?」




