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電脳維新――これは犯罪か、それとも維新か。現代版二・二六事件勃発――  作者: 吉田梅之助


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EP09 データセンター、潜入

 警視庁の機動隊が、官邸周辺を固めていた。新城は、その様子を遠くから見つめていた。


「総理! あなた方が見て見ぬふりをしてきた拝金主義の腐敗が、ついに国民自身の手で裁かれたのだ! これは犯罪ではない、維新である!」


 部下の一人が、新城に報告する。

「皇道一新会、本日中に都内四箇所で同時に街宣を展開しています。届け出はすべて事前に出されてますが……」

「合法な範囲で、誰にも文句を言わせないようにやってる」新城は呟いた。「鷲尾らしいやり方だ」

「これ、放置していいんですか」

「放置するしかない。表現の自由を盾にされたら、こっちには止める権限がない」


 新城のスマートフォンが震える。宮内からの短いメッセージだった。

『鷲尾、何を企んでるんですか』


 新城は短く返信した。

『分からない。だが、奴は俺たちの計画とは別の時間軸で動き始めてる』


 官邸の一室。官房長官の月岡は、テレビに映る街宣の様子を見つめていた。

「これは……」

「皇道一新会という団体だそうです」補佐官が資料を差し出す。

「合法的な政治団体として登録されていて、活動自体は届け出の範囲内です」

「内容は」

「育成就労制度の廃止、外資規制の強化、伝統的価値観の復興、それと――」補佐官は一瞬、言葉を選んだ。「先日の一連の事件を、暗に支持するような発言が含まれています」


「支持?」

「断定はしていません。ただ、聴衆の反応は、悪くないようです。むしろ、与党の経済政策に疲れた層に、刺さっているという報告も」


 月岡はテレビの画面を消した。


「……『令和の鼠小僧』に続いて、今度は街宣車か。困ったことに、言ってることの半分は、的を外してない」


 窓の外、永田町の空に、街宣車のスピーカーの残響がまだ届いていた。


 同じ三日後、千葉県印西市へ向かうバンの車内。後部座席で、哲平はバッグの中身を、もう一度確認した。注射器、結束バンド、宮内から渡された小型デバイス。傍らには、哲平の元・特流仲間であるタイジが座っていた。二十代半ば、無口だが手先の器用さで知られていた男だ。


「これ、普通のUSBメモリじゃないんですか」タイジが訊く。

「キーボードを偽装するデバイスだ」宮内の声がインカムから響く。記憶媒体は弾かれる設定になってるはずだから、データを抜くんじゃない。キーボードとして認識させて、一瞬で数千文字のコマンドを打ち込ませる」

「……了解です」


 ハンドルを握るトクジさんが、缶コーヒーを一口飲んだ。


「俺はここで待機だ。お前ら二人で、奥まで行ってこい」


 千葉県印西市。国内大手のデータセンターが立ち並ぶ一角。倉庫のような巨大な建物の一つの少し手前で、バンが停まった。


「ここがアトランタスの監査ログサーバーが置かれてる場所だ」哲平がタブレットを確認する。「物理的に隔離されてるから、宮内さんのハックが届かないらしい」


 新城のインカムが響く。「正面ゲートの監視カメラのループ処理は終わってる。だが内部の警備は、お前らの腕にかかってる」


 哲平とタイジは、車内で互いに頷き合うと、スライドドアを開けてバンを降りた。トクジさんはエンジンをかけたまま、ハンドルに両手を置いて二人を見送る。


「降りました」哲平がインカムに告げる。「ここから先は、こっちで対応します」

「了解。何かあれば呼べ」トクジさんの声が返る。


 施設の外周を双眼鏡で確認した哲平が、小さく舌打ちした。


「正面、警備員が二人。犬連れです」

「正面はやめだ」タイジが言った。「裏に資材搬入用のゲートがあるはずだ」


 二人は身を低くし、フェンス沿いを移動する。ジャーマンシェパードを連れた警備員が、ちょうど巡回路を折れて戻ってきた。


「……止まれ」


 タイジが片手で哲平を制した。犬の鼻が一瞬こちらを向く。数秒後、犬は興味を失ったように去っていった。


 搬入ゲートの脇、小さな保守用ドア。

「ここ、カードリーダー付いてますけど」哲平が言う。

「リーダーより先に、開閉センサーを潰す」


 タイジはドア脇のカバーを外し、内部の配線を二本見つけて短絡させた。「これで、システムは『ドアは閉まってる』と思い込む」

 続けて、シリンダー錠にピッキングツールを差し込む。数十秒、慎重に回す。特流時代、空き家を専門に荒らしていた頃の手癖が、まだ抜けていなかった。


「……よし」


 ドアが、警報を鳴らすことなく開いた。

 施設内部、誰もいない通路を進む。サーバールームの手前、警備員一人が机に座っていた。


「すみません、夜間メンテナンスの確認に来た者です」

 哲平が声をかけながら歩み寄る。警備員が立ち上がりかけた瞬間、口が開く前に、タイジが背後から前腕を喉に押し込んだ。


 警備員は数秒もがいたが、すぐに力が抜けた。

「悪く思うなよ」


 哲平が警備員のIDカードと、腰のカードホルダーごと奪う。


 サーバールームの入口。指紋認証パネルが青く光っている。

 哲平がデバイスを押し当てる。ランプが赤く点滅した。


「……開きません」


「もう一度」宮内の声に、わずかな焦りが混じる。


 二度目も同じ結果だった。


「型式が違うかもしれない。テンキーは付いてないか」

「あります」タイジが確認する。

「指紋とPINの二重認証か。警備員にコードを聞き出して」


 タイジが、拘束した警備員の前にしゃがみ込む。

「コード、教えてもらえるか」

「……四、四、四、四です」


 哲平が打ち込むと、ランプは赤いままだった。

「噓だな」


 タイジが警備員の腕をゆっくり捻る。

「いてっ……! ……三、八、二、九です!」

 今度は緑のランプが点いた。「最初から言えよ」


 サーバールーム内。冷たい空調の音だけが響く。目的のサーバーは、施錠されたラックの中にあった。

「ラック、鍵かかってます」哲平が言う。

「奪ったIDカードをかざして」


 哲平がカードをラックの電子錠にかざす。解除音とともに、扉が開いた。

「見つけました。型番、一致してます」

「そのデバイスをUSBポートに挿して。あと、シリアルポートにタブレットを繋いで、進行を表示させる」


 タイジが黒い小型デバイスをUSBポートに、哲平がタブレットをシリアルポートに接続した。画面に、進行を示すバーが表示される。十パーセント、二十パーセント。


 その時、サーバールームの扉が開いた。

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