EP09 データセンター、潜入
警視庁の機動隊が、官邸周辺を固めていた。新城は、その様子を遠くから見つめていた。
「総理! あなた方が見て見ぬふりをしてきた拝金主義の腐敗が、ついに国民自身の手で裁かれたのだ! これは犯罪ではない、維新である!」
部下の一人が、新城に報告する。
「皇道一新会、本日中に都内四箇所で同時に街宣を展開しています。届け出はすべて事前に出されてますが……」
「合法な範囲で、誰にも文句を言わせないようにやってる」新城は呟いた。「鷲尾らしいやり方だ」
「これ、放置していいんですか」
「放置するしかない。表現の自由を盾にされたら、こっちには止める権限がない」
新城のスマートフォンが震える。宮内からの短いメッセージだった。
『鷲尾、何を企んでるんですか』
新城は短く返信した。
『分からない。だが、奴は俺たちの計画とは別の時間軸で動き始めてる』
官邸の一室。官房長官の月岡は、テレビに映る街宣の様子を見つめていた。
「これは……」
「皇道一新会という団体だそうです」補佐官が資料を差し出す。
「合法的な政治団体として登録されていて、活動自体は届け出の範囲内です」
「内容は」
「育成就労制度の廃止、外資規制の強化、伝統的価値観の復興、それと――」補佐官は一瞬、言葉を選んだ。「先日の一連の事件を、暗に支持するような発言が含まれています」
「支持?」
「断定はしていません。ただ、聴衆の反応は、悪くないようです。むしろ、与党の経済政策に疲れた層に、刺さっているという報告も」
月岡はテレビの画面を消した。
「……『令和の鼠小僧』に続いて、今度は街宣車か。困ったことに、言ってることの半分は、的を外してない」
窓の外、永田町の空に、街宣車のスピーカーの残響がまだ届いていた。
同じ三日後、千葉県印西市へ向かうバンの車内。後部座席で、哲平はバッグの中身を、もう一度確認した。注射器、結束バンド、宮内から渡された小型デバイス。傍らには、哲平の元・特流仲間であるタイジが座っていた。二十代半ば、無口だが手先の器用さで知られていた男だ。
「これ、普通のUSBメモリじゃないんですか」タイジが訊く。
「キーボードを偽装するデバイスだ」宮内の声がインカムから響く。記憶媒体は弾かれる設定になってるはずだから、データを抜くんじゃない。キーボードとして認識させて、一瞬で数千文字のコマンドを打ち込ませる」
「……了解です」
ハンドルを握るトクジさんが、缶コーヒーを一口飲んだ。
「俺はここで待機だ。お前ら二人で、奥まで行ってこい」
千葉県印西市。国内大手のデータセンターが立ち並ぶ一角。倉庫のような巨大な建物の一つの少し手前で、バンが停まった。
「ここがアトランタスの監査ログサーバーが置かれてる場所だ」哲平がタブレットを確認する。「物理的に隔離されてるから、宮内さんのハックが届かないらしい」
新城のインカムが響く。「正面ゲートの監視カメラのループ処理は終わってる。だが内部の警備は、お前らの腕にかかってる」
哲平とタイジは、車内で互いに頷き合うと、スライドドアを開けてバンを降りた。トクジさんはエンジンをかけたまま、ハンドルに両手を置いて二人を見送る。
「降りました」哲平がインカムに告げる。「ここから先は、こっちで対応します」
「了解。何かあれば呼べ」トクジさんの声が返る。
施設の外周を双眼鏡で確認した哲平が、小さく舌打ちした。
「正面、警備員が二人。犬連れです」
「正面はやめだ」タイジが言った。「裏に資材搬入用のゲートがあるはずだ」
二人は身を低くし、フェンス沿いを移動する。ジャーマンシェパードを連れた警備員が、ちょうど巡回路を折れて戻ってきた。
「……止まれ」
タイジが片手で哲平を制した。犬の鼻が一瞬こちらを向く。数秒後、犬は興味を失ったように去っていった。
搬入ゲートの脇、小さな保守用ドア。
「ここ、カードリーダー付いてますけど」哲平が言う。
「リーダーより先に、開閉センサーを潰す」
タイジはドア脇のカバーを外し、内部の配線を二本見つけて短絡させた。「これで、システムは『ドアは閉まってる』と思い込む」
続けて、シリンダー錠にピッキングツールを差し込む。数十秒、慎重に回す。特流時代、空き家を専門に荒らしていた頃の手癖が、まだ抜けていなかった。
「……よし」
ドアが、警報を鳴らすことなく開いた。
施設内部、誰もいない通路を進む。サーバールームの手前、警備員一人が机に座っていた。
「すみません、夜間メンテナンスの確認に来た者です」
哲平が声をかけながら歩み寄る。警備員が立ち上がりかけた瞬間、口が開く前に、タイジが背後から前腕を喉に押し込んだ。
警備員は数秒もがいたが、すぐに力が抜けた。
「悪く思うなよ」
哲平が警備員のIDカードと、腰のカードホルダーごと奪う。
サーバールームの入口。指紋認証パネルが青く光っている。
哲平がデバイスを押し当てる。ランプが赤く点滅した。
「……開きません」
「もう一度」宮内の声に、わずかな焦りが混じる。
二度目も同じ結果だった。
「型式が違うかもしれない。テンキーは付いてないか」
「あります」タイジが確認する。
「指紋とPINの二重認証か。警備員にコードを聞き出して」
タイジが、拘束した警備員の前にしゃがみ込む。
「コード、教えてもらえるか」
「……四、四、四、四です」
哲平が打ち込むと、ランプは赤いままだった。
「噓だな」
タイジが警備員の腕をゆっくり捻る。
「いてっ……! ……三、八、二、九です!」
今度は緑のランプが点いた。「最初から言えよ」
サーバールーム内。冷たい空調の音だけが響く。目的のサーバーは、施錠されたラックの中にあった。
「ラック、鍵かかってます」哲平が言う。
「奪ったIDカードをかざして」
哲平がカードをラックの電子錠にかざす。解除音とともに、扉が開いた。
「見つけました。型番、一致してます」
「そのデバイスをUSBポートに挿して。あと、シリアルポートにタブレットを繋いで、進行を表示させる」
タイジが黒い小型デバイスをUSBポートに、哲平がタブレットをシリアルポートに接続した。画面に、進行を示すバーが表示される。十パーセント、二十パーセント。
その時、サーバールームの扉が開いた。




