公開審問の五つの証言
王都の中央審問堂は、朝から人で埋まっていた。
高い天井を支える柱には、五つの灯台の紋章が掛けられている。けれど、南の金波灯台の紋章には煤が付き、西の赤礁灯台のものはひび割れていた。朝彩を集める場所でありながら、ここ数年、王都へ運び込まれた光の帳簿だけは、いつもきれいすぎた。
傍聴席のざわめきが途切れた。審問官が木槌を鳴らし、エルシアの名を呼ぶ。
「ベルメル家の彩織士エルシア。王都の朝彩消失について、証言を」
エルシアは五つの曙硝子を見上げた。白潮灯台から持ってきたもの、そして昨夜、五つの灯台をつないだ術式を通して各地から送られたもの。硝子の内部で、夜明けの色が細い糸のように揺れている。
「私は、朝彩が消えたのではなく、流れを変えられていたと証言します」
背後の大扉の前で、ラゼル・オルドがゆっくり立ち上がった。朝彩院の長官は黒い礼服の襟を整え、冷たい笑みを浮かべる。
「根拠は、あの布ですか。辺境の灯台で織られた、出所の知れない布を王都の証拠にするとは」
「布は証拠の一つです」
エルシアは机の上に明日布を広げた。白地に、五色の細い光が走っている。普通なら夜明けの色は布の表面に留まる。だが、この布の糸は途中で向きを変え、王都の印章に似た形へ吸い寄せられていた。
「逆流装置が朝彩を吸い上げたとき、糸の撚りにこの癖が残ります。私には、光の通った道が見える」
ざわめきが大きくなる。ラゼルは鼻で笑った。
「彩織士の感覚など、審問の証言とは呼べません」
「では、次を」
ノアが静かに言った。審問官の許しを得て、彼は白潮灯台の整備記録を読み上げる。
「第一の証言は、エルシア・ベルメル。第二は、白潮灯台見習い番ユノ・カイアの記録です」
ユノは傍聴席の隅から進み出た。少し緊張していたが、両手に抱えた歯車を見せると、声はよく通った。
「これが逆流装置の弁です。海側から朝彩を受けるはずの弁が、王都側へしか開かないよう削られていました。しかも、削り跡を隠すために古い部品を重ねてある。私が見つけたとき、白潮の集光炉は空っぽだった」
「君は見習いだろう。機械の改造を誰に教わった?」
「船大工組合の親方です」
ユノはまっすぐラゼルを見た。
「それでも、弁の向きくらい分かります。分からないふりをしていた人が、王都には多かっただけです」
傍聴席から、抑えきれない笑いが漏れた。ラゼルの頬がわずかに引きつる。
第三の証言者として、マルタ・フェインが呼ばれた。彼女は審問台に置かれた航路灯の破片を指で弾いた。
「私は港町の船大工組合を預かっています。朝彩が届かなくなってから、夜の海で迷う船が増えた。修理に使う明日布も足りず、漁師が自分の帆を切って灯りにしたこともあります」
「それは天候の問題では?」
「天候なら、同じ月に五つの港で、同じ色の明日布が足りなくなるはずはないでしょう」
マルタは破片の裏側を示した。そこには、王都へ送る荷箱だけに付けられる朝彩院の封蝋が残っている。
「この封蝋の荷は、王都へ着く前に中身が減っていた。港の者は皆、見ていました。怖くて言えなかっただけです」
第四の証言は、五つの灯台から同時に届いた声だった。
審問堂の中央に並ぶ曙硝子へ、ノアが手を触れる。冬紋が淡く青白く浮かび、硝子の奥で、いくつもの声が重なった。
『東の灯台では、朝彩の受け渡し量が記録より少なかった』
『南では、集めた光が海ではなく陸へ引かれた』
『西では、逆流の音を聞いた番人が交代させられた』
『北では、閉鎖命令が届く前から炉を止められていた』
最後に、白潮灯台のユノの声が重なる。
『五つの灯台は、ひとつずつ壊れたんじゃない。ひとつにまとめて、息を止められた』
声が消えたあと、堂内は水を打ったように静かになった。
ラゼルは懐から一枚の命令書を取り出した。
「第五の証言を、私から申し上げましょう。王都は朝彩を独占することで、国全体を守ろうとした。辺境の灯台が勝手に光を配れば、航路も農地も混乱する。私は秩序のために命令したのです」
「命令したことは、認めるのですね」
ノアの問いに、ラゼルは一瞬だけ黙った。
「認めます。だが、逆流装置など知らない。王都に光を集めたのは、王国を守るためだ」
「では、これを説明してください」
エルシアは五枚の記録紙を並べた。各灯台から王都へ送られた量、そのうち朝彩院が受領した量、そして実際に王都で配分された量。三つの数字の間に、毎月同じ空白がある。
「集めた光の一部は、配分されていません。朝彩院の地下にある、名前のない貯蔵庫へ消えています」
「推測だ」
「いいえ」
エルシアは最後の硝子を持ち上げた。そこから、かすれた男の声が流れた。
『弁を閉じろ。余った朝彩は、王冠の下へ。五灯の契約はもう古い』
ラゼルの顔から色が失せた。曙硝子に残った声は、彼自身のものだった。
審問官が立ち上がり、場内の役人へ命じる。
「朝彩院の地下貯蔵庫をただちに封鎖せよ。記録と装置を押収する」
その言葉を聞いた瞬間、五つの硝子が同時に明るくなった。王都の窓へ、細い朝の色が差し込む。けれど光は一か所に集まらず、五つの方向へ分かれていった。
エルシアの隣で、ノアが息を吐く。冬紋の青さが、まだ彼の指先に残っていた。
「これで、真実は届いたでしょうか」
「届いた。だが、まだ終わりではない」
彼は硝子の底を見つめた。そこには、誰も聞き取れなかった古い音が、雪の結晶のように沈んでいる。
「五つの灯台を結んだものが、王冠より前からあるなら……次は、その約束の正体を確かめる必要がある」
エルシアはうなずいた。審問堂の外では、長い冬のあとで初めて、王都の鐘が朝の時刻を告げている。
五つの証言は、ひとつの罪を裁くためだけに響いたのではない。
奪われた明日を、誰の手にも戻すために響いたのだ。




