五つの灯台へ
白潮灯台へ戻る道の上で、空がゆっくりと青み始めていた。
馬車を捨ててから、エルシアとノアは海沿いの細道を歩き続けた。夜の冷気はまだ残っていたが、東の水平線には、王都へ吸い上げられることのない朝彩が細い帯になって浮かんでいる。
その光が、遠くの灯台を一つずつ探していた。
白潮灯台の尖塔が見えたとき、鐘が三度鳴った。見張り台から身を乗り出したユノが、梯子を駆け下りてくる。
「遅い! ……遅すぎます! 何があったんですか」
息を切らすユノの後ろから、マルタも現れた。彼女はエルシアたちの泥だらけの服と、ノアが握る金属札を見比べ、何も聞かずに灯台の扉を開けた。
「話は中で。朝が来る前に、火を起こす必要があるんだろう」
「火ではありません」
エルシアは曙硝子の台座へ金属札を置いた。
「五つの灯台を、同じ朝に目覚めさせます」
札の表面から五本の線が伸び、台座の上に淡い地図を描いた。白潮灯台を中心に、北の断崖、東の入江、南の砂洲、西の岩礁へ、光の筋がつながっていく。だが白潮を示す線だけが金色に輝き、ほかの四本は灰色のままだった。
「これ、灯台の配置図か?」とマルタが尋ねる。
「たぶん、ただの地図ではありません」
ノアが札の裏を指でなぞった。五本の線の間に、小さな刻印が連なっている。古い文字だったが、エルシアには見覚えがあった。失われた航路帳の余白に、同じ印が押されていたのだ。
「『光は一つの塔に属さず、海と畑を渡る』……」
読み上げた瞬間、曙硝子の奥で声が重なった。
『五つを結べ。ひとつでも欠ければ、朝は戻らない』
ユノが腕を抱いた。
「じゃあ、王都の装置は五つをばらばらにして、一つの向きへ流していたんですね」
「ええ。白潮だけを再点灯しても、また逆流させられる。五つの灯台が、それぞれの朝彩を海へ返す仕組みに戻さなければならない」
言葉にすると、計画の大きさが部屋いっぱいに広がった。四つの灯台は、船で数日かかる場所にある。王都はきっと、妨害の失敗を知って追手を出す。しかも、灯台を守る番人たちが彼らを信じてくれるとは限らない。
ユノが地図をのぞき込み、すぐに顔を上げた。
「西の岩礁灯台なら、漁師の連絡船が三日に一度出ます。東の入江は干潮なら小舟で渡れる。北の断崖は……私が行きます」
「ユノ」
「海図を読める人が必要でしょう。それに、あそこの番人は頑固ですけど、機械の故障なら私のほうが詳しいです」
マルタは作業台に置かれた古い航路帳を開いた。
「南の砂洲へは、うちの組合の船を出す。船大工が灯台まで行けば、壊された逆流管も見分けられる。町の連中はもう、朝彩を王都へ送るために働く気はないよ」
「けれど、皆さんを危険に巻き込みます」
エルシアが言うと、マルタは鼻で笑った。
「光を盗まれて、畑も港も困っている。もう巻き込まれているんだ。なら、自分たちの朝を取り返す手伝いくらいはするさ」
ノアは黙って四つの線を見つめていた。冬紋の浮かぶ手が、白潮の印の上で止まる。
「私は王弟です。王都から見れば、反逆の指揮を執っているように映るでしょう」
「そう見せておけばいい」
マルタが即座に返した。
「王弟が灯台を回っていると知れば、少なくとも簡単には装置を壊せない。王都は王弟の命まで無視できないからね」
「でも、あなた自身が傷つくかもしれません」
エルシアはノアを見た。彼の冬紋は、馬車の中で朝彩を吸った管に触れたせいか、いつもより濃く見える。冷たさの奥に、薄い亀裂のような銀色が走っていた。
「君を一人で行かせるほうが、私には危険だ」
「それは、危険の意味が違いませんか」
「違わない。君がいない場所で冬紋が暴れれば、私は戻る理由を失う」
静かな言葉だった。けれど、エルシアの胸には、夜明けの光よりまっすぐ届いた。
彼女は台座の上の札を取り上げた。五本の線はまだ灰色のままだ。それでも、指先で触れた白潮の印から、細い金糸が伸びて隣の線へ渡った。
「では、決めましょう。白潮灯台はここを守る。ユノは北へ、マルタさんは南と西へ連絡を。東の入江へは、私とノアが向かいます」
「分担が違うよ」
ノアが言った。
「君と私は、五つすべてへ行く」
「すべて?」
「灯台をつなぐ糸を、各地の曙硝子へ通すには彩織士が必要だ。それに、君の声を硝子は覚えている」
エルシアは札を見つめた。確かに、五本の線を一つの織り目にするなら、どこか一か所だけでは足りない。ノアの冬紋も、光を冷やして暴走を止めるために必要だった。
五つの灯台。五つの朝。すべてを同時に結ぶには、王都の命令より早く海を渡らなくてはならない。
そのとき、白潮灯台の鐘が四度目に鳴った。
窓の外で、遠い水平線に小さな光が生まれた。灰色だった線の一つが、ほんの一瞬だけ青く明滅する。
「向こうも、待っている」
エルシアが呟くと、ノアは彼女の隣に立った。
「なら、行こう。五つの灯台へ」
朝彩の糸を巻いた杼を腰に差し、エルシアは白潮灯台の扉を開けた。町の人々が、眠い目をこすりながら港へ集まり始めている。誰もが不安そうで、それでも足を止めてはいなかった。
海の向こうには、まだ消えかけた四つの光がある。
エルシアはその一つを見つめ、明日の色を織るための最初の一歩を踏み出した。




