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明日の色を織る令嬢は、冬を抱く王弟と白潮灯台で暮らす  作者: 銀細工ナギ


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14/20

連れ戻しの馬車

 雪解け市の灯火が消えたあとも、広場には朝彩の余韻が残っていた。


 織り台から外した布は、マルタの指示で二枚の板に挟まれている。淡い金色の筋は、夕闇の中でも消えなかった。町の人々が書いた記録札は、濡れないよう油紙に包まれ、ユノが大切そうに抱えている。


 その広場を、黒い馬車がゆっくり横切った。


 王都から来た役人たちの馬車とは違う。車体の扉には王家の銀章が刻まれ、前後を騎兵が固めていた。雪解け水でぬかるんだ道を避けるように、車輪の下だけが薄く凍っている。


「王弟殿下、エルシア・ベルメル嬢。王命により、お二人を王都へお連れします」


 御者台から降りた男が、封書を掲げた。


 エルシアは封蝋を見た。王家の紋章の下に、朝彩院の印が重ねられている。召喚状よりも強い拘束力を持つ命令書だ。


「王弟殿下だけではなく、私もですか」


「お嬢様が王都の朝彩消失について、最も多くの証言を握っていると伺っています。取り調べのため、同行を願います」


「取り調べ、という言葉を使うのですね」


 エルシアの声に、御者の表情がわずかに硬くなった。周囲にいた町の人々が、息をひそめて二人を見ている。


 ノアは命令書を受け取ると、封を切らずに裏返した。


「帰還期限は」


「今夜です」


「ずいぶん急だな」


「朝彩院長官のご指示です。白潮灯台の閉鎖手続きも、殿下の帰還を待って開始されます」


 ノアの指先に冬紋が浮かんだ。薄い霜が命令書の端を白く染める。


「つまり、俺が乗らなければ灯台を閉じる。エルシアが乗らなければ、彼女を罪人として扱う。そういうことか」


「そのような言い方はしておりません」


「言葉ではなく、順番の話をしている」


 静かな声だった。だが、町の誰もが聞き取った。


 マルタが織り台の前へ進み出る。


「灯台を閉じるなら、まず町の船と畑に説明してもらおうか。今日、ここで何が織られたか、みんなが見ている」


「王都の手続きに、港町の許可は必要ありません」


「なら、町の記録を持って行くよ。必要ないと言われてもね」


 マルタの言葉に、背後から幾つもの声が重なった。老女は種袋を握りしめ、若い漁師は息子を自分の後ろへ隠す。昨日まで王都の役人に怯えていた人々が、今は広場から退かなかった。


 ノアはエルシアを見る。


「俺は行く」


 予想していた答えなのに、胸の奥が冷えた。


「灯台を閉鎖する命令が、俺の不在を理由に実行されるなら、王都で止める必要がある。君はここに残ってもいい」


「私を置いていくつもりですか」


「置いていくのではない。君まで連れて行かれる理由を、俺は認めたくない」


「でも、私が見つけた声も、織った布も、王都へ持っていかなければ証拠になりません」


 エルシアは油紙に包まれた記録札を見た。それから、灯台の方角へ顔を向ける。白潮灯台は夕闇の中で、まだ小さな光を放っていた。


「それに、私が残れば、朝彩を止める仕組みを見つけられるかもしれない。けれど王都で証拠を消されたら、町の人たちの声は二度と届かない」


「危険だ」


「あなたが一人で行く方が、もっと危険です」


 言い切ると、ノアはしばらく黙った。冬紋の冷たさが、二人の間に細い壁を作る。やがて彼は息を吐き、エルシアの手から油紙の束を取った。


「では、二人で行く。ただし、記録札は半分ずつ持つ」


「どうしてですか」


「どちらか一人が奪われても、すべては失われない」


 その用意周到さに、エルシアは笑いそうになった。こんなときでも、彼は最悪の可能性を考えている。


「半分では足りません」


 彼女は完成した布の端をほどき、細い金糸を一本抜いた。「朝彩の布は、ユノに預けます。記録札はマルタさんへ。私たちは声を持って行く」


「声?」


 ユノが首を傾げた。


「曙硝子の中に残った、最後の声よ。王都の人が聞けば、灯台から光を吸い上げた仕組みを否定できない」


 ノアの目が鋭くなる。


「硝子を馬車に積む」


「ええ。でも、全部は積まない」


 ユノはすぐに意味を理解したらしく、灯台へ駆け出した。マルタも頷き、記録札の束を胸に抱く。


「戻っておいで。こっちは私たちが守る」


「必ず戻ります」


 エルシアは答えた。けれど、その言葉が自分への約束なのか、町への願いなのかは分からなかった。


 馬車の中は、外から見るより狭かった。向かい合わせの座席と、小さな窓。扉が閉まると、王家の銀章が内側から閂を押さえた。


 ノアが窓枠に触れる。冬紋が淡く光り、車内の木に薄氷の線が走った。


「妙だ」


「何がですか」


「この馬車は、王都へ向かうためのものではない」


 彼が指した床下から、低い振動が伝わってきた。馬が歩き出す前から、車体の奥で何かが回っている。規則的な音だった。灯台の地下で聞いた、あの逆流装置と同じ間隔で。


 エルシアは座席の下へ手を伸ばした。指先に触れた板は、朝彩を奪う管のように冷たかった。


 窓の外では、白潮灯台の光が遠ざかっていく。


 その光が一度、ふっと細くなった。


 ノアが立ち上がろうとした瞬間、馬車の床から黒い管がせり上がり、二人の足元を囲んだ。エルシアの耳元で、曙硝子に残された声がかすかに響く。


『戻せ。白潮の光を、王都へ戻せ』


 馬車は町を出た。連れ戻されるのは、自分たちだけではない。


 灯台から朝彩を奪うための車輪が、夜の道を王都へ向かって回り始めていた。

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