出会い
どこまでも広がっている青空にゆっくりと流れていく雲、どこまでも続く鏡の大地。まるでウユニ塩湖の様な景色だ。風一つ吹かず、目の前には美しい黒髪の少女が立っている。彼女の口から奏でられる歌声は景色に勝るとも劣らず、場の空気を支配する。
曲はボーカロイド初期のもので、昔から人気の恋の歌。
この時初めて、聞き惚れるという体験をした。
三年前のことだ、13歳の誕生日に父が巷ではやりの夢を体験することの出来る機械を買ってきた。
最初は頼んでもいないプレゼントに怒りを隠せず、当たり散らしていたが次第に見た夢を体験する事が楽しくなっていった。
あの頃は色んな夢を見る事が出来て、私は毎日夢の中を冒険していた。雪山で女王を探したり、こどもの国で妖精と戯れたり、猫の国でまったりしたりと、気が付けば誰よりも早く家に帰り自分の夢を体験する事が日常と化していた。
そんな時だ、私が【カノン】と出会ったのは。
自分の見た夢ばかりを体験していた私は、自分では絶対に見ないような夢に入ってみたいと思った。でも、他人の夢に入るのが怖い自分もいた。ユーフォリアクラウドで公開されている夢の中には危ないものもあると両親から言われていたから。
私はできるだけ夢の主しかいない夢を探した。ユーザーが沢山いる夢はそれだけ危険も生まれるが、オーナーしかいない夢であれば退出すれば何とかなるから。
目の前に提示されている夢たちをスクロールして、条件に合う夢を探した。
そして、見つけた。【鏡下都市】と名付けられた夢を。
今でも彼女との出会いを鮮明に思い出すことが出来る。
美しい空とそれを映す鏡張りの床。その夢の中でたった一人、歌っている少女。光を受けて黒髪が輝いていた。瞳を閉じて、祈りを捧げているような姿はまるで映画のワンシーン。
透き通った声が世界を優しく包み込んでいた。歌詞にあるみたいに、時間を止めてもらいたいなんて。
歌を聴き終えてから、興奮冷めやらぬ私はやっとこちらに気が付いた少女に声をかけた。
「さっきの曲って、初音ミクの曲でしょ?」
少女はコクリと頷いてから、頬を染めて視線を逸らした。私は彼女に一歩近づいて、手を取った。驚いたのだろうか、私の顔を見ては目を逸らしてを繰り返していた。
「あなたの歌、とっても素敵! 私、もっと聞きたいって思っちゃった。だからね、あなたのユーザーネーム、教えて欲しいの!」
「……ノン」
ポツリと呟いた声はよく聞こえず、私はもう一度聞いた。
「ごめんなさい、良く聞こえなくて。もう一度聞いてもいい?」
「カノン。カノンって言います」
彼女はこちらを見て、ふわりと微笑んだ。愛らしい妖精みたいに。彼女の笑みにつられて私も頬がゆるんでしまった。
「カノンね! 覚えた。私は灯っていうの、よろしくね」
「ともり?」
首を傾げるカノンに頷いて見せる。
「そう、灯!」
ピピピピ……。
音と共にウィンドウが表示される。
『設定した時間が過ぎました。ログアウトして下さい』
早くログアウトしないと、パパとママに怒られちゃう! でも、まだカノンと話したい……。
ピピピピ、ピピピ……。
止まない警報音に私は戻るしかないと肩を落とした。
「ごめん、私もう戻らなきゃ……また、また遊びに来るね。カノンの歌も聞きたいし、いーっぱいお喋りしたいから! バイバイ」
「うん、バイバイ」
カノンが手を振り返してくれたのがログアウト直前に見えた。
次はいつ会えるかな、明日もカノン居るかな、同じ時間にまた入ってみよう。
ワクワクとした気持ちのまま、私は眠りに就いた。




