最終話
わたしの名はラウラ・アルロアナ。年は12才よ。
そして転生者で、この世界がわたしの大好きな小説『アルロアナ大公国物語~悪役令嬢の秘密の祝福~』の世界と知って、テンションが爆上がりしたわ。
しかもわたしは世界的に見ても最上位の上流階級であるアルロアナ大公国の公女として生まれ、更には将来、公国に現れる邪悪な魔人を打ち滅ぼし皆から誉めそやされることが約束された主人公様でもあるのよ!
まさに選ばれし人間! なんと素晴らしきかこの人生!!
で、あった筈なのに。
わたしは3か月ほど前から、悪魔に目を付けら囚われていた。この老婆の皮を被った悪魔は、頼んでもいないのにわたしを戦乙女にするべく現れて強制拉致、我が家の鬼広い敷地の一画に監禁して地獄のような修練を課す、神の使徒たる戦乙女とか嘘だろまじこいつが魔王なんじゃないかっていうクソババ――
「何度言ったら分かるのかしらこの鳥頭は。貴方やわたくしのように、相手の考えを読める希少能力者は確かに存在するのだから、警戒心もなく淑女らしからぬクソのような愚痴を垂れ流すのはあれだけ止めなさいと口酸っぱく教えましたのに。しかも、そんなゴミみたいな考えを巡らせて神に認められる真摯な祈りになると思っているのかしら? 貴方、英邁なわたくしの血を本当に引いているの? いくら前世の記憶があるとはいえ、それは飽くまで記憶でしかない。貴方の魂はラウラで、わたくしの血族なのよ?」
音もなく背後から現れた悪魔に、後頭部を鷲掴みにされていた。
――え、嘘でしょ。今日はお父様に定期報告に行くから家を空けるって――
「ああ、それは嘘です。近頃、神気の増量が悪いので、祈りの時間をさぼっているのではと疑念を持っていましたので。そうすれば案の定、神をなめ腐った祈りを捧げるとは。わたくし言いましたよね? 真面目にやらなければまた、あのお仕置きを覚悟しろ、と」
――あうあうあうあう、まって、高祖母様、まってまって、ごめんなさい、真面目にします。真剣にやります。あれだけは、あのお仕置きだけは、
「さあ、行きますよ。古代遺跡都市に封じている邪竜ニーズヘッグに会いに。今回は3時間逃げ回ることで許します。これに生きて帰れば、今までサボってきた分の神気の増量となるでしょう」
――いやあああああああああ!!!
◇ ◆ ◇
――2年後。
ラウラは正直に言いまして、自分の寿命が尽き切るまで本当に戦乙女に出来るか、分の悪い賭けと言わざるを得ないポンコツ娘でしたが。
しかしその予想を良い方向で裏切り、ラウラは見事に我が国で二人目となる戦乙女と相成りました。
そのラウラが、もう目も開く力もなくなったわたくしの顔に、ぼたぼたと涙を落としながら、懇願しておりました。
――やだやだ、死なないでメリエナおばあちゃん!
――まったく、貴方は。栄光あるアルロアナの公女にして、間もなく公国唯一の戦乙女となる稀有な身なのですよ。例え胸中であっても言葉遣いに気を付けなさいと、あれだけ口酸っぱく教え込みましたのに。
――そんなのどうでもいいわよ! 死なないでよ! わたしの結婚するところ見てよ! 英邁なわたしの血を引く可愛くて超絶優秀になること間違いなしの子供に名前つけてよ!
――気が早いわねえ。というか貴方。先日、その意中の王子様に山猿扱いされてなかった?
――ち、ちげーし! あれはちげーし! ちょっとズッ友だった時間が長かったから、あいつが素直になれていないだけだし! ツンデレのツン期がきてるだけだし!
――まあ、心を覗かなくとも憎からず思っている様子です。問題はないでしょう……ですが、そんな貴方に助言を一つ。読心はあなたの誇るべき力です。その力を使うなとは言いませんが、しかし力は正しく振るってこそです。だから彼の内心を見るときは、ここ一番、口説き落としたい時と心得なさい。それ以外にみだりに覗くと、後悔しますよ? 人間関係を壊したくないのなら止めておきなさい。
――お、おう。心得とく。え、なにメリエナおばあちゃん実体験あり?
――わたくしは若かりし頃、グリアスに……貴方にとって高祖父に、まるで胸が成長してないなと内心で思われていました。
――あ~……うん、そう、ね。胸、ね。
――殿方という生き物は、脂肪の塊に価値を見出す生き物です。そして貴方はわたくしの血が濃い。胸も慎ましやかです。
――は!? ちげーし! 今は小ぶりだけど、形はいいし、何より体の成長期がこっからガッツリくるし! あと2~3年したらボンキュっボンっだし!!
――はいはい。そうなるといいですわね……――ああ、楽しいおしゃべりもここまでのようね。
――え……
わたくしが臥床しているベッドサイドに、半透明の立派な体躯の男性――若かりし頃の姿のグリアスが立っていました。
そしてついにわたくしの寿命が尽きようとしています。
肉体から魂が離れ――ベッドから上体を立たせると、その姿は若かりし頃の姿でした。
そのままベッドから立ち上がり、傍にいたグリアスを見詰めます。
彼は優しい眼差しで見ておりました。
――いやだ! やだやだやだやだ! メリエナおばあちゃんを連れて行かないで!!!
危篤状態ということもあって、わたくしの部屋には神官長様と、大勢の家族が集まっておりました。
そして幽体を知覚できるほど神聖魔術に長けた者は、神官長様と戦乙女の号を頂いたラウラだけでした。
何もない空間に抱き着いて、大泣きをするラウラに家族は動揺したようですが、神官長様が静かに首を振ったことで、察したようです。皆が泣き崩れだしました。
――ねえ、グリアス高祖父様! もうちょっとだけ! あと、そう、5年くらいだけ! 子供を見てもらってちょっと成長を見届けるくらい、なんだったらうちの子に修行を少しつけてもらうだけ! 本当に、ちょっと、10年だけ待って!!
やはりこの子は図太い。
この子がいれば魔人如き何するものぞ、アルロアナ大公国はこれからも安泰だと無条件で信じられます。
それはグリアスも同じだったのでしょう。
何の不安もない穏やかな顔付きで口を開きました。
――ごめんよ、ラウラ。君が立派な戦乙女に成長したら天に連れて行くと約束していたからその願いは聞けない。だけどそれじゃあ納得も出来ないだろうから、願いを断る代わりに一つ君に贈り物を送ろう。
――贈り物?
――そう。君の奉ずる戦神エウロスプス様から伝言を授かった……君の見定めた者が運命の者、だそうだ。頑張れよ。
――え、それって――
わたくしとグリアスの姿が、光の粒子となり徐々に消え始めました。
わたくしは抱き着くラウラに、力の限り抱き返します。
――わたくしの自慢の弟子、ラウラ。貴方なら魔人も運命の人も、万事恙なく勝利を収め幸せになると確信しております。さようなら。最後に楽しい思い出をありがとう。
――……うんっ! メリエナおばあちゃんとの生活は、最初は死ぬかと思ったけどっ!
――ええ。
――でも楽しかった! メリエナおばあちゃんが魔術だけじゃなくてっ! そのままだったらダメ人間になるもしれなかったわたしに、色々教えてくれて!
――ええ、ええ。でももう大丈夫よね?
――うんっ!! 絶対に、わたし幸せになる! わたしの大切な人もいっぱい幸せにする!
そうしてわたくしたちは、完全に光の粒子となって天に昇って行きました――
◇ ◆ ◇
はるか地平まで続く草原。
そこに4人の若者たちが立っていた。
「ここは天界人が暇を持て余さないよう作られた、試練の幻想郷と呼ばれる天界の一画だそうだ」
「なるほど。それは楽しそうですね」
「まったくですな! 久しぶりの4人旅、張り切らせて頂きますぞ!」
「そうですね。久方ぶりの胸躍る冒険譚、心行くまで堪能しましょう」
「で、とりあえず、どこに向かうか……そうだ、これで決めるか」
男が立派な剣を大地に軽く突き立てる。
「まあ。聖剣をそのように棒切れ替わりにするなど貴方ぐらいのものですわね」
「はっはっは、剣は切れて相手を屠れるなら、扱いなど細事なことだ。そぅれ、どこに向かうか――」
男が手を放し、剣の柄が指し示す先は――
END




