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エルタニア大陸物語  作者: 岸本ひろあき
ラクスアン王国編~光と闇の祝福狂想曲
10/22

第十話


――古代遺跡都市アルガウスの郊外にて――



 グリアスこと俺は感慨深い思いで、古代遺跡都市アルガウスの郊外に設営された、最終補給地点で戦勝会を開いていた。


 そう、戦勝会なのだ。

 俺たちはついに、魔王討伐を果たしていた。

 しかも3年と少しという想定よりも大幅な早さで且つ誰も死ぬことなくという大偉業であった。



 これも偏に、戦乙女メリエナ嬢が強すぎたんや……



 彼女の破邪は膨大な神気を消費するので燃費が悪く、1日2~3回が限度という枷はあったが、その分だけ効果は折り紙付きで、魔術生命体や死霊系が相手なら大軍勢で襲い掛かろうとも問答無用で消し飛ばすし、魔族の放つ凶悪な魔術や呪いも悉く無効化するという無双っぷりだったのだ。


 これに聖剣の防御バリアと、パーティ全員の能力を強力に底上げバフする俺の祝福、勇猛が加わるとまあ強いこと強いこと。


 迫りくる魔物や魔族どもをちぎっては投げちぎっては投げの快進撃。

 その勢いで魔王城の玉座に辿り着き、進退窮まった魔王が中途半端に復活。

 しかし半端であってもそこは魔王、邪神から賜った神器、闇の杖を持つ強大無比な相手である。

 本来であれば勇者が全生命力を聖剣に注ぎ、神剣へと覚醒させた神器をもってして初めて闇の杖を破壊でき、そうしなければ絶対に倒せないという鬼畜すぎる強敵だったのだが……


 ここでメリエナ嬢ですよ。

 勇猛+1級エーテル剤によるブースト+ニックのバフ&デバフ魔術=最大火力で放った破邪によって、神器である闇の杖の宝珠にひびを入れたのだ。


 そこに俺が聖剣にありったけのパワーを……しようとしてメリエナ嬢にほどほどにして下さいねと絶対零度の微笑みで指示されその通りにほどほどにパワーを込め、闇の杖を力の限り粉砕。

 闇の杖による絶対防御を失った魔王は哀れ、俺たち4人にぼこぼこにされ打ち取られた。


 魔王はチリとなって消滅する中、

『妾は邪神あるじさまが一柱に対して、そなたらは神が2柱の力添えとか汚くないかえ?』

 とか抜かされたが知らんがな。


 勝てば官軍である。


 魔王が消えたことでその眷属たる魔族たちも人界に顕現する力を失い、魔界へと還っていったので、少なくとも王国で悪さをする魔族は消え去った。


 こうして俺たちは誰が欠けることなく見事に勝利――それを祝って戦勝会を開くことにした。


 ここが最前線ということもあって参加メンバーは俺たち4人だけ、祝いの食事は補給地点に残されていた野戦食レーションと安ワインと質素なものだったが、その感慨は一入ひとしお、メリエナ嬢に注いでもらったワインを上機嫌で飲む。


 そこに同じく上機嫌なメリエナ嬢が口を開いた。


「そういえばグリアス様、最北端の城砦が今では城砦都市と言えるほど発展を遂げたのはご存じでしょう?」


 俺は勝利の美酒に酔いしれながら頷いた。


「おお、それな。俺たちが屠ったバカみたいな量の魔物の素材やら、道中で発見した新種だったり希少だったりした薬草類やキノコ類の栽培の成功やらで巨万の富が集まった結果だとか」

「はい、我々の尽力があったのは明白、その功績を評して今ではグリアス城砦都市と命名されております」

「え、そうなの」

「はい、そうなのです」


 それは知らなかった。ここ最近はニックとメリエナ嬢が各種様々な書類をチェック、サインのいる物だけを俺に回すような事務体制が整っていた。


 そこら辺の情報はあまり興味がなかったので知らなかったが、聞けば半年ほど前に俺の名前が名付けられたそうだ。


 よもや自分の名前が都市名になるとは、少々……いやかなり気恥ずかしいものだ。


「そうか……魔王の脅威が去った今、更なる発展が見込めるだろうな」

「ええ、今まで魔物の素材や希少な資源など宝の山と知っていても辺境が故にインフラの整備が困難であった場所が、此度の魔王騒ぎでその問題が解決しました。北の地はこれからもっと栄えるでしょう」


 うむ、生きて帰れるだけでなく、こうして散々世話になったメリエナ嬢の生家と王国の経済の発展にも寄与できるというのだから、まったく人生とは何が起こるか分からな――



「つきまして、城砦都市に帰り次第、結婚式を上げる手筈となっております」



「うん? 今なんと?」

「ですので、結婚式を行います」

「誰が?」

「グリアス様が」

「誰と?」

「わたくしと」


 え、何言っているのこの人。


 俺は思わずウォングとニッグを見るが、彼らは動じることなくにこやかに祝福してくれた。


「おめでとうございます、グリアス様。メリエナ嬢ほどの女性は生涯においても巡り合えない素晴らしき女性。我が主は王国一の幸せ者ですな!」

「おめでとうございます、グリアス様。僕はメリエナ嬢ほどの頭脳明晰で容姿端麗なお人を知りません。グリアス様の伴侶にこれほどお似合いの女性は存在しないでしょう」


 え、なにその判を押したような全肯定。


「ちょ、待って」

「ああ、そうそう。わたくしたちの結婚と同時に、ウォングとニッグの二人もわたくしたちと合同で結婚式を挙げようと思います」


「はい? 何で? 二人は俺がうつけ時代を共にした影響で婚約者など居なかったし、名誉が回復してからもすぐに旅に出たから、相手など居なかっただろう」


「そうですわね。ですがそれは如何なものかと思うのです。わたくしにとってウォングとニッグの二人は、命懸けで旅路を共にした、今や生涯の友と思っております。その友が歴史的偉業を成し遂げて凱旋するのに、婚約者の一人も居ないなど理不尽の極みです。これを許してはファウホーン家の名に恥じます。ですのでわたくしの寄子のご令嬢ですが、気立ての良い娘を紹介いたしました」


「え、いつの間に」


 二人はそろえて口を開いた。


「一年程前から。文を続けさせて頂いておりました」

「同じく。とても趣味の合う人を紹介させて頂きました」


 その時期ってメリエナ嬢がなし崩しでパーティ参加してからだよね!?


「いやいやいや、待て待て待て。そもそも結婚もなにも、結婚届にサインした覚えがないぞ!?」

「しましたよ?」

「え?」

「古代遺跡都市に突入した1か月ほど前に、わたくしの気持ちをお伝えしましたでしょう?」

「あ、うん。あの時はとても嬉しかったよ。言われてから気付くような鈍感な俺だが、今ではとても大切に思っている」

「ありがとうございます。それで、その際に王都に戻って諸々が落ち着てから婚姻を結ぼうと、とおっしゃりましたよね」

「うん、言ったね。あの頃になると、我々パーティの力があれば、命を落とさずとも魔王を倒せると確信していからね。そうなると王都に戻った後は事後処理で暫く忙殺されるだろうからね」


「それをお聞きして、待てなくなりました」


「え」

「そんなものは待てませんでした。ずっとずっとお慕いしていたのですよ? 言質まで取ったのですよ? その落ち着くまでどれだけ掛かることやら……ましてグリアス様は救国の英雄。わたくしと思い合っているなど、縁を結びたい方々からしたらそれがどうしたという話です。熾烈な婚姻バトルが起こることは確実です――ですから一計を案じました。我々の旅には可及的速やかに物資を要求しなければならない時がありましたので、グリアス様にはサインだけを記した白紙の委任状を頂いておりましたが、それを婚姻届けに使わせて頂きました」


「まじ?」

「マジです」

「いや、そんなはかりごとのような真似をしなくても――」

「グリアス様はご自分に降りかかる熾烈な婚姻バトルを、予想しておりましたか?」


「え、いや、俺にはメリエナ嬢がいるし、それを話せば」

「先ほど言いましたよね? 魔王を討ち取った英雄と縁を結べる、ここ100年程は記録になかった千載一遇のチャンスですよ? ただの口約束など意味を成すと思いますか?」

「それは、うん、無理かも」

「はい、無理なのです。さらにはウォングとニッグの状況も似たり寄ったりです。お二人とも話しましたが、せっかく生きて帰ってきたのに魔王軍の次は、餓えた狼れいじょうに群がられるのは勘弁して欲しいとのことでしたので、こちらもわたくしが段取りを行った次第。お分かりになりましたか?」


「はい、分かりました……」


「では城砦都市に帰還と同時に結婚式を挙げます。心配はございません。すべての根回しも段取りも済んでおります。グリアス様はただ胸を張って凱旋して下さいませ」


「はい、分かりました……」


「あら、その覇気のない反応。グリアス様はわたくしと結婚するのが嫌ですの?」

「ああ、いや、すまない勘違いさせた。己の思慮の足りなさに凹んでいただけだ。メリエナ嬢と夫婦めおととなれるのは人生最大の幸運と思っている。何の不満もないし、とても嬉しい」

「まあ! それは安心しました。確かに謀のような強引な手段でした。ですがグリアス様には魔王討伐に心血を注いで頂きたかったのです。死出の旅路の途中で、その後の人生の安寧に思いを巡らせるなど覚悟を鈍らせる細事の極み。ですが何の相談もなく決めてしまったことでグリアス様の矜持を傷つけてしまったのは事実。もう二度と先走った真似はしないと猛省いたします」


 メリエナ嬢は悲しげな顔で頭を垂れた。


「ああ、そんな顔にならないで。これもすべては我が身の不甲斐なさよ。メリエナ嬢にはこれからも苦労を掛けるだろうが、どうか見捨てず俺と連れ添ってくれ」

「はい、絶対に見捨てません。死が二人を分かつまで、共にありましょう」


 俺はメリエナ嬢の両手を取り微笑んだ。

 メリエナ嬢も頬を染め愛おしげに微笑む。



 そんな俺たちを見詰めていたウォングとニッグが機嫌よく口を開いた。



「いやあ、この様子なら世継ぎもすぐだな。まことに仕え甲斐のある主よ」

「ええ、ええ。これから興るグリアス・アルロアナ大公国も安泰というもの」



「はい? アルロアナ大公国?」



 ある意味、結婚よりびっくりする単語が飛び出した。


 その家名は今から100年程前に血が途絶え、国に返上された大公家の名だった。

 しかもその上に大公国・・・

 我が王国において、国王陛下と全貴族の3分の2が賛成すると、大公家のみが大公国と名乗る権利を得る。そしてその状態の大公家は王国の中にもう一つ国ができたようなもので、一つ例にあげると税金を納める必要がないという、それくらい非常に強い自治権を得る。


 そこまでの特権である。

 王国建国当初の時代に一度だけ記録に残る、非常に稀有な権利であった。


 思わずメリエナ嬢を見詰める。


「メリエナ嬢???」


 メリエナ嬢はそれはそれは誇らしげに口を開いた。


「だって魔王討伐を成し遂げた歴史的英雄の二人が夫婦になるのですよ? ご祝儀にそれくらいの褒美があっても良いではありませんか」



 ご祝儀に国盗りをやってのける、あまりのも豪気な嫁に、俺は脱帽するしかなかった。






 ◇ ◆ ◇






――ラクスアン王国歴585年の秋。アルロアナ大公国の首都グリアスにて。



 アルロアナ大公一家が住まう本館と、広大の敷地内にある大小様々な別館。

 その数ある別館の中でも、ひときわ小さな――大公の一族から見たら小屋と言っても差支えがない、小さな館のベランダに一人の老婆が安楽椅子で午睡を楽しんでいた。


 そこに立派な外套を着込んだ老紳士が歩み寄り、声を掛けた。


「母上、また外で本を読んでいらしたのですか」


 母上と呼ばれた老婆の膝の上には分厚い歴史書が乗っていた。

 声掛けに反応した老婆は、そっと瞼を開いた。


「……――ごきげんよう、ライオス。これがわたくしの健康法なのよ、許してちょうだい」

「はあ、まったく。秋口に入ってめっきり寒くなってきました。母上はエーテル剤を乱用した後遺症で万能薬パナケイアが効きづらいのです。先月から王国中で流行しつつある質の悪い風邪に万が一かかると一大事ですぞ」


 それを聞いた老婆――メリエナは静かに笑った。


「ふふふ、いやぁねえ。わたくしはもう90よ。大した大病も患わずこの歳まで生きたのだから、もし病を得るならばそれが天命よ」


 ライオスと呼ばれた老紳士は眉をひそめた。


「母上。冗談でもそのようなことは言いなさるな。皆が悲しむ。それに何より……近頃、マルタ島で不穏な動きがあります。またぞろ、母上の魂を求めて・・・・・死霊の群れが襲ってくるかもしれませぬ」


 アルロアナ大公国の東端は海に面している。その東端よりほど近い海域には、死霊の島と恐れられる呪われた島がある。

 この島の主は、禁忌である死霊魔術に手を染めた不死の化け物、死霊魔術師ネクロマンサーであり、その正体は北の大国グラナンダ皇国の皇子にして稀代の魔術として名を馳せていたサイフォス第三皇子の成れの果てであった。


 人品卑しからぬ為人とその整った容姿から、光り輝く皇子と誉めそやされたサイフォス第三皇子が何故化け物になったのか。

 それは偏に初恋を矯正不可能なほど甚大に拗らせたからだ。

 王立学院に留学していた彼はメリエナに一目惚れ、何とか気を引こうと画策している間に魔王復活の神託にて王国は緊急事態宣言、留学生は全員、祖国に緊急帰国となってしまった。そして魔王討伐の報と同時に伝えられたのが、勇者とメリエナが結婚したという知らせだった。


 これにどうしても納得できず、諦めきれず、しかしおしどり夫婦として国外まで知られた二人の間に付け入る隙など皆無で、ただひたすら仄暗い恋慕と憎悪を募らせた彼は、45才の時に母親とその侍女など使用人22名を贄に、死霊魔術師へと落ちぶれた。


 母親を贄にした理由は、死霊魔術師になる少し前に母親からいつまで経っても独身でいることを酷くなじられたからと言われているが、関係者は全員、贄にされてこの世にいないので真相は闇の中だ。


 ともあれ皇国にとって自国の、それも皇族が禁忌の死霊魔術師に成れ果てたなど看過できない大問題だ。発覚してすぐに討伐隊を向かわせたが、サイフォスは追っ手を振り切って自国のとある港まで行くと、大型商船の乗組員を皆殺しにして死霊術により死体を操り、件のマルタ島まで逃げおおせたのだ。


 その後は定期的に皇国から討伐隊が差し向けられるが、これをすべて返り討ちにし、死体はもれなく死霊の軍団の仲間入りを果たした。


 そして今より40年前。

 今まで殺しに殺した死霊の軍団を率いて、アルロアナ大公国に襲来してきたのだ。

 サイフォスの存在は皇国にとってあってはならない恥部。何とかして隠したがったが、討伐を悉く失敗しその分だけ手の付けられない悍ましい怪物に成り果ててしまっては、隠しきれることなど不可能で、その危険さから彼の本性は調べつくされ世間に広く知れ渡っていた。


 魔術の大家バウアー伯爵家当主が曰く、死霊魔術師にとって魂さえ手に入れられたのなら、術者本人の望む年齢の姿の、意のままに操れる生きた死体を作るなど造作もないことだそうだ。


 そんな気狂いの襲来である。

 その目的はただ一つ。

 メリエナの魂である。


 元々無人島だったが、そこに怪しい連中が根城にし出したと漁民から報告があり、情報収集する中でそれが成れ果てのサイフォスと知り、それ以降は厳重に監視してきた。だからこの襲撃にいち早く気付け、すぐに討伐隊を編成、そこにはグリアスを筆頭にした勇者パーティがあった。


 全盛期をとうに過ぎたとはいえ勇者パーティと、厳選された精鋭部隊の強力な討伐隊である。死者の軍団は避難済みの無人の港に乗り込んですぐに、壊滅させられていた。その様を見たサイフォスは一目散に撤退し島に引き籠った。


 これに追撃をしようとして――叶わなかった。

 皇国から横やりが入ったのだ。

 奴らの言い分は、あれは皇国の恥だから手出し無用であった。

 そんな戯言、襲撃された身からすれば笑止千万、話にもならない……のだが、国の威信に懸けてサイフォスを仕留めたい皇国は、皇国だけが栽培に成功していた万能薬の希少素材の輸入を盾に、自分たちの意見をごり押した。


 万能薬はほとんどの病を癒やす、国家戦略級の有用な薬品だ。

 王国からの意向もあり、アルロアナ大公国は皇国の意見を飲むしかなかった。


 であるのに関わらずだ。


 そこから15年後――グリアスが死去してすぐに死霊の軍勢が襲来した。


 悲しむ間もなく襲ってきた死人どもにメリエナは大激怒。

 強力なバフである勇猛はもうなかったが、優秀な魔術師たちのバフとエーテル剤の摂取により、これの撃退に成功していた。その際もサイフォスは尻尾を巻いて逃げ、皇国からは横やりで追撃はできなかった。


 そして今――3度目の襲来の兆しであった。


 ライオスは渋面で口を開いた。


「今年12才になるラウラが、戦神エウロスプス様より神託を受けもうした。汚らわしい生ける屍どもを打ち払え、その為の祝福たる破魔を授ける、と」


 メリエナの眉がピクリと跳ね上がる。


「それはまた。どう考えてもあの成れ果てを消し去る為の祝福ですね」

「ええ、戦神エウロスプス様にとってお気に入りである母上の魂を弄ばれる現実が見えたことで、勘気に触れたのでしょうな――そういう訳です。母上、お願いです。ラウラが立派な戦乙女になれるよう、指導してもらえませぬか」


 メリエナは目を細める。


「……戦乙女となるには、想像を絶する修練が必要です。わたくしは死ぬ覚悟でもって修練に明け暮れ2年掛かりました。その子の覚悟は如何に?」


 ライオスは渋面のまま口を開いた。


「――祝福を授かったことに喜んでいましたが、あの子はまだ12才。それを死ぬ気で鍛える性根はありませぬ。精々、人並みの覚悟です」


 メリエナは首を振った。


「話になりません。それではわたくしが10年生きたとて、戦乙女など夢のまた夢です。ライオス、まずはラウラに覚悟を決めさせなさい。指導を受けさせたいのなら、そこからです」


 ライオスは小さく項垂れながら頷いた。


「分かり申した。ではまた近日中、訪れます。失礼いたした」


 そうして去っていく息子の背中を見詰めながら、メリエナは覚悟を決めた。


 その手には、かつての宿敵――魔王が持っていた闇の杖、その先端についていた宝珠の欠片が握られていた。






 ◇ ◆ ◇






――マルタ島より極大の光の柱が立ち上り、サイフォスはこの世から完全に消滅した――



『まったく、君はいざとなったら相変わらず無茶をする』


 その懐かしい声に、わたくしはたまらずに駆け出し、


『グリアス! ああ、ああ! わたくしの君!』


 と、彼にかきつきます。

 今のわたくしと彼は、全盛期の頃の年若い姿です。


 彼の大きな胸板は、唯々わたくしに安心感を与えました。


 そして今更ながら気付きます。

 これは夢――戦女神グレーグレイブ様が見せてくれている束の間の夢なのだと。


 わたくしは力の限りかきつき童のようにぐずります。


『嫌です。もう嫌。行かないで。わたくしをこのまま連れて去って。貴方がいない世界は色のない世界と同じ。貴方の腕の中で眠られないのが寂しくて堪らないの』


 グリアスはわたくしの頭を愛おしく撫でます。


『そうだね。俺も君が隣にいないのは寂しくて辛い。でもメリエナ、子供たちは、孫たちはどうするつもり? ラウラはどうするんだい? あの子は君と似て非なる強大な力、破魔を授かっている。鍛えもせず放置すれば早晩破滅するだろう』


 わたくしは嫌だ嫌だと彼の逞しい胸板に顔を押し付けます。


『分かっています、分かっております。でも、もう、耐えられないのです。わたくしはもう90です。貴方が天に召してから15年も生きたのですよ。貴方も居ないのにまだ生きねばらないのですか』


『ああ、俺の可愛い君。泣かないで』


 泣いてぐずるわたくしに、グリアスは優しいキスを送ります。

 額に、頬に、耳に、首筋に――


 もう何十年かぶりの熱い口付けで、はしたなくもわたくしは落ち着きを取り戻しました。


 グリアスは両手で頬を包み、見詰めながら口を開きました。


『じゃあ約束しよう。君がラウラを育て上げたなら、その日に迎えに行くよ。死神の如き行いに俺はヴァルハラから追放されるだろう。だが愛する君の願いを叶える為に、それが何だというのだろうか。神の怒りを買おうが、敵に回そうが、関係ない。必ず、迎えに行く』


『分かりました……ラウラを立派な戦乙女に育て上げます。そうしたら必ず、迎えに来てください』


『分かった。必ず約束は守る。さあ、目覚めの時間だよ……俺の愛しき君――』


『ああ――グリアスまた……――』



 静かに瞼を開きます。

 わたくしはベッドに寝かされていて、右手に感触があり、そちらを見ると息子が――ライオスが握ってくれていました。


「……――ライオス」

「――!! 母上、目覚めましたか! ああ、本当に良かった……!」

「……心配を掛けましたね」

「まったくですぞ! 母上の使用人が涙ながらに、死の島に向かうと書かれた置手紙を握り締めて駆け込んで来た時は心臓が止まるかと思いました。しかも急いでマルタ島に向かえば極大の光の柱が立ち上り、跡地には暫くの間、若かりし頃の姿の母上が倒れていたのです。母上、一体何が起こったのですか」


「――この話は墓の下までもっていってくれますね?」


「……畏まった」

「では語りましょう。わたくしたちが打ち滅ぼした魔王が持っていた神器、闇の杖。それに付いていた宝珠を破壊した際に砕け散りましたが、一部は消滅せずに残りました。それをわたくしたちは回収し、何かに使えないかと密かに研究を行っていたのです」

「それは、また。邪神の神器だったのでしょう。危険だったのでは?」


「いえ、宝珠の欠片自体は邪悪な存在ではありませんでした。ただし、神気を無尽蔵に貯蔵できる魔石という、まさに神器と呼べる性能でしたが」

「それは、凄まじい。国家間の争奪戦が起きますな」


「そうです。その為に密かに神気を溜めこみ、いざという有事に備えて秘匿していました。そして今回の忌々しき死の島の躍動です。元はわたくしの因果が招いた敵です。もう老いさらばえる身です。人生最後の憂いを断つために、宝珠の欠片を使ってまずは若返りの秘術を使い出立、島に乗り込んでからは神卸しを行いました」


 ライオスは目を見開いた。


「神卸しですと! それを使って何故、無事だったのですか!?」


 若返りの秘術とは、非常に燃費の悪い神聖魔術ですが、全盛期の肉体に一時的に変身するという強力な魔術で、神卸しとはその身に奉じる神を卸し、神を顕現させる強大無比な大魔術です。

 通常、神卸しは数十人の魔術師が命を捧げることで行使でき、その依り代となった人間は例外なく肉体は砕け、天に召されてしまいます。


「本来であれば無事では済みませんでしたが――神が今まさに降りようとした瞬間に、あの人が……グリアスがそれを許さないと割り込んで、わたくしの目の前に顕現しました」

「なんと、父上が!」

「ええ、そうです。あとはグリアスと共闘し全力で破邪を放ち、サイフォスを消滅させました。ただ久方ぶりの全力に、気を失い倒れ伏したという訳です」

「なるほど……それで母上は無事で済み、死霊の軍団も諸共消え失せた訳ですな」


 ライオスは安堵のため息を付いています。

 それを見ながらわたくしは口を開きました。


「それと、夢の中にグリアスが現れて、あることを託されました」

「ほう、父上から」

「ええ、それはラウラの教育です」

「おお!」

「貴方に心配を掛けた詫びもあります。ラウラの教育をわたくしの人生最後のお役目とします」

「それは有り難い。では、いつから?」

「そうですね、ちんたらやっては寿命が来てしまいます。3日後としましょう」


 ライオスは目を丸くしていました。

 恐らく、相変わらずせっかちだな、とでも思っているのでしょうね。



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