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……誰かが私を呼ぶ声がした。
それに誘われるかのように、私の意識は少しずつ形を取り戻していく。
瞼の向こう。
眩しい。
両目を開ける。
光が差し込む。
天井。
明かり。
白。
……寝ている。
私は、今、寝ている。
両目を、動かす。
視線を、巡らせる。
壁。
どこだろう。
ここは――――見たこと無い部屋。
広い部屋に、私のいるベッドがぽつん。
私と、暖かみも何もない壁。
それと。
「――――目が覚めたか」
声。
懐かしい声。
だけど…………誰だったっけ。
その声の主は、何時の間にか、私が横になっているベッドのすぐ側に座っていた。
「――私を覚えているか」
その人の、どこかもの悲しそうな表情を見た瞬間。
私の意識が、急激に覚醒し始めた。
ああ、勿論――――
覚えている。
忘れるわけがない。
「――――シィ、ラ、きょ、うか、ん」
――自分でも驚くぐらい、か細い声だった。
シキモリ・シィラ。
かつて私の教官だった女性は、変わらぬ見た目と格好のまま、私の返答に「良し」とだけ答える。
聞き慣れたその確認の言葉。
まるで昔に戻ったかのような錯覚を起こす。
「こ、こは――――どこ」
「……病室のようなものだ。ずっとお前は眠っていたんだよ」
何が、どうなっているのだろう。
「わたし、は、どうして」
「その前に自分が誰だか、ちゃんとわかるか」
「……クギョウ……アイハ」
「大丈夫そうだな」
少しずつ喋れるようになってきた。
それにつれて、ほんの少しだが記憶も甦っていく。
私はあの後、確か、あれを壊して。
そして――――
そこで、どうしても途切れる。
その先が全く思い出せない。
私は、一体何故、今このような状況なのか。
そしてここに、何故このシキモリ・シィラが存在するのか。
ふと湧いた疑問。
連鎖して走る思考。
――――このシキモリ・シィラは一体何者なのだろう。
考えてみれば彼女は、戦術院側なのだから……
私からすれば『敵』みたいなものではないのか。
けれど今私は、何故か寝かされていて。
病室にいて――
……だめだ。
情報が少なすぎる。
頭も回りきらない。
わけがわからない。
「……警戒しなくていい。私はお前の味方だ。それだけをまず理解してくれ」
その厳しくもどこか優しさのある声。
変わらない。
「今から一つ一つ、お前に話す。落ち着いて聞いて欲しい」
そう切り出してから――
「まず――――先ほど私はお前の味方だと言った。しかし私は、同時に、お前とカオンに戦いを強いた『元凶』だ」
そのシィラさんの言葉が、私の中でぼやけていた破片を、一つの形に組み上げていく。
そして、一度だけ考えたことのある仮説が、甦った。
カオンさんを真実に導きうる存在。
そして、カオンさんの遺志を私に伝えうる存在。
それが誰か。
共通の知り合いで可能なのは、最初から一人しかいなかった。
「私は戦術院の教官だった。それは……お前からすれば敵側の存在となるだろう。だが実際の私は――この世界の在り方を疑問視し、人類と【久遠輪】の繋がりを断つことを図る【自死同盟】という集団の一員だった」
「じし、どうめい」
繰り返す私に、シィラさんが頷く。
「第四次大戦の後、【久遠輪】との接触を独占し利用していた連中がいる。それが、タラストラ派と呼ばれる者達だ。彼らは【久遠輪】の知恵を借り、この星に強引に【恒久的相克】の基盤を作り上げた。連中は、全くの未知の存在である【久遠輪】の言葉を、まるで神のそれのように聞き入れ、人類は最早自らの力では生きていけないと決め付けた」
タラストラ。
それは、【終録語典】も、あの男も口にしていた言葉。
【久遠輪】との繋がりを見出した人物の名前。
それはつまり……すべての始まりともいえる存在ではないか。
「そんな中、少数ではあったがタラストラ派の思想を疑問視する者達もいた。【恒久的相克】が果たして本当に人類を救うものであるのかを問い続け、密かに存在し続けていたのが、この【自死同盟】という組織だ」
シィラさんの言葉を一つずつ反芻し、自分の中で整理していく。
「……あなたは、つまり、その【自死同盟】から、戦術院に潜入した存在だった?」
「半分正解だ。私は最初から【自死同盟】の者だったわけではない。むしろ……私という存在は、最初はタラストラ派に属することを強いられていた」
それって、まさか。
「――――私は【黙霊】を迎えた元【ジュウナナ】なんだ」
それは――私の知っている話と矛盾する。
「そんな、でも、【黙霊】を迎えたら……」
「本来であれば、【恒久的相克】維持の燃料に使われる。だが私は、戦術院側から取引を持ち出された。それは、『自分の身体をサンプルとして捧げること』と『後進の教育を担うこと』を受諾する代わりに、全ての歴史を知り生き永らえることを約束するという内容だ」
「あなたは、その取引を……」
「受け入れた。それにより、私は燃料となることを逃れた。ただし……そのままの身体というわけにはいかなかった。私のこの身体は、最初から私の身体だったわけではない。培養された肉体に、私の意識を植え付けたものだ。そうして肉体を変えることで延命している。これでももう100年以上生きているんだよ」
唐突に明かされた事実に驚いたのは一瞬で、すぐに納得してしまった。
シィラさんの知識は、経験に基づくそれであるからこそ、私達に強い影響を与えてきたのだ。
彼女は恐らく……私の知らない歴史を実際に見てきた存在なのだ。
「……本来なら私は、この世界の仕組みを教えられた時点で、戦術院にとって都合の良い存在になるように洗脳が施されるはずだった。だが、戦術院院長がそれを何故か止めた」
院長。
……タラストラを継ぐ者と自称した、老人。
「奴は知りたがっていた。【ジュウナナ】が真実を知り……どのような反応を示すかを。そもそも私に取引を示したのも、奴の好奇心が発端だった」
あの男ならば、そう言っても何ら違和感を覚えない。
今の私にはそれが嫌というほどわかる。
「シィラさんは、この世界の在り方に疑問を持ったんですか」
「……ただただ、怒りと、無力感があった」
拳を強く握る気配を感じ取る。
「あの時の私は、目の前の残酷な運命を恐れた。仲間達が生き地獄を味わうことから目を反らした。裏切り者で臆病者だった。生き永らえた後も、ずっとそれが許せないままでいて、せめてもの贖罪として――――私は、この世界の在り方を変えることを選んだ。一人でも多くのジュウナナを【恒久的相克】から解放することを望むようになった。故に、知り得た過去の歴史を元に、戦術院での教官として存在しながら、密かに【自死同盟】の存在を調べ接触を図った。同時に、【久遠輪】との繋がりを断つ方法を模索し続けた。しかし……私が思っていた以上にタラストラ派の力はこの世界において強大であり、どうしようもなかった。戦術院院長はそのことを見越して、反乱分子である私を放置していたのだろう」
「……だから、最も強い力を持つカオンさんをまず取り入れたんですね」
私のその指摘に、シィラさんは別段驚いた様子を見せない。
バレていて当然だという風にも見える。
「……【自死同盟】は、【久遠輪】の因子をタラストラ派が独占している限り、まともに戦って勝ち目がないと判断をしていた。私が直接戦うことも一度は考えられたが……私はお前やカオンよりはるかに弱い。当時の素質も平均かそれ以下でしかなかった。だがカオンは、私が今まで見てきた【ジュウナナ】の中で、間違いなく最強だった。そして、強靭な精神力も兼ね備えていた。彼女ならあるいはと考えたが――――結果的にそれが、カオンを殺すことになってしまった。カオンが、私の想像以上に使命感を持つ性格だったこと。そして【反天霊】の力がカオンを上回っていることを見抜けなかった、私の過ちだ」
……私は初めて見た。
シィラさんのその、感情がむき出しになった表情を。
「――故に私達【自死同盟】は、お前を最後の手段として利用したんだ」
シィラさんが私を見つめる。
「私が、特別な……【反天霊】に近い存在だから」
「……私はお前の銀髪に、カオン以上の特別な何かを感じた」
「院長が――――タラストラが言っていました。私は、【久遠輪】ですら予想できなかった理不尽……神殺しだと」
「あの男は最初から、カオンとお前に興味を示していた。奴の頭には、神に等しい【久遠輪】に対し叛逆しうる者が人類の系譜から生まれるかどうかという、子供のような好奇心しかなかった。私達は奴のその好奇心を突いて、クギョウ・アイハという異端の極みが、タラストラ派を一蹴できる存在になることに賭けたんだ」
笑えるほどに杜撰で運頼みな計画だろう、と自嘲気味に呟いてから――
「そうすることしか、我々にも方法がなかった」
そう口にしたシィラさんは、私を見つつも、どこか、ここではない遠くを見ているようだった。
「……私を、カオンさんの死で、誘導したんですね」
「そうだ」
……正直言ってまだ私は混乱していた。
感情が、迷っていた。
怒ればいいのか、悲しめばいいのか。
よくわからない。
実感がない。
だから。
それをはっきりさせるためにも、聞かなければならないことがあった。
「……今、世界はどうなっているんですか」
この部屋にはその情報が何も無い。
まるで全てから切り離された箱の中のようだ。
「お前が【陽街】を訪れてから、5年が経っている」
「――――5年、も?」
「お前があの空間からサルベージされたのもつい半年前だ。発見された時からお前は今日までずっと眠っていたんだ」
「5年も、私は……」
「アイハ」
シィラさんが私に差し出したのは、手鏡だった。
そこには――
「私はお前に見せに来た。お前が変えた世界の姿を――――」
――いつ以来だろうか。
私自身が忘れていた姿。
黒髪の私が、そこに映っていた。




