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17歳と神殺し  作者: 彼岸堂
第五章 彼女達へ
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 対峙する、二つの異端。

 アイハは――――自分の目の前に現れたカオンを凝視し、呼吸を忘れていた。

 その両の瞳には、表情には、強い困惑が、色濃く現れている。

 一方のカオンは――――

 アイハと同じ式服。

 【飛空礼装(フェザー)】。

 銀と黒が混ざり合って乱れた髪。

 【反天霊(ワルフラム)】と同じ真紅の瞳。

 だが、カオンに【反天霊(ワルフラム)】のような、死霊じみた肌白さは無い。

 【反天霊(ワルフラム)】にあった縫合の痕も無い。


「――彼女は【黙霊(ダフマ)】の寸前であったが、君達と同じように叛乱の意志が確認された。よって、【反天霊(ワルフラム)】に殺されることとなった」

「しかし私には興味があった。史上最強の【ジュウナナ】と謳われる特別な存在の彼女であれば、【反天霊(ワルフラム)】などという寄せ集めなどとは違う、より高次の両義性を得るのではないかと」


 カオンの纏う力の奔流。

 それは、アイハがこれまで見てきた何よりも力強く凄まじいものであった。

 その力の起こす波で、この超大な空間が揺れているのが感じられる。


「結果は御覧の通り、私の想像をはるかに越えたものだった。既存の【反天霊(ワルフラム)】と彼女の骸を組み合わせ誕生したものは、単純な力だけなら君に匹敵しうるのではないか」


 カオンが【槍】を構える。

 【槍】の刃となる輝きは、黒い。


「……見せてほしい。神に愛され、神に抗う君達二人の戦いを」


 

 ――アイハとカオンが、同時に動く。


 

 二人は、一瞬で速度の概念を越えた領域に突入し、黒い【刀】と【槍】を激突させる。

 その衝撃で、断裂する空間。

 直後、空間が爆縮と拡散を起こし、衝撃の波を走らせる。

 辺りで、連鎖的に破壊が始まる。

 ……アイハは、自分を偽る。

 自分は今、目の前の敵を殺すためにいる、と。

 全力を以て戦わなければ殺される、と。

 これは、カオンではない。

 カオンではないのだと。

 そう習性付けることで、ようやく彼女は戦うことができた。

 もう止めることはできない。

 勝たなければならない。

 でなければ――――ここまで来た意味がない。

 この世界の残酷さの、その全てが結実したような目の前の存在を。

 神を。

 今ここで殺すのだ、と。

 アイハは、覚悟を決める。


 疾走する力。

 二つの濃密な黒がぶつかり合う度に――

 大気が捻じ曲がり、轟音が打ち鳴らされ、空間を破壊していく。


 ――アイハの斬撃。


 カオンが、その軌道を逸らすように【槍】を太刀筋に沿え、攻撃をいなす。

 目標から逸らされたアイハの斬撃の余波は、そのまま鋭利な衝撃波となる。

 波はこの広大な球状の空間を斬り裂き、地表にまで伸びていく。

 対して。


 ――カオンの閃光。


 万物を喰らい消滅させるその黒光を、アイハは、放たれた瞬間に至近距離までつめることで回避する。

 肉薄。

 交わる視線。

 ぶつかり合う霊威。

 再び刃が混じりあい、はじけ飛び、その余韻がもたらす破壊。

 斬り、防ぎ、放ち、かわし、突き、いなし、殴り、跳び、走り、薙ぎ、ぶつかり――

 巨大な球の中を縦横無尽に駆けて、その光を散らす。

 それはまるで、明滅する銀河の喰らい合い。



 ――――ああ、懐かしいな。

 そういえば、こんな風に、いつだったか模擬戦をしたっけ。



 ……アイハは。

 全身全霊の殺し合いの最中、在りし日の情景に思いを馳せていた。





  * * *







 ……強くなりたいから、何度も挑んだ。

 その度に、負かされた。

 悔しかったけれど、嬉しさもあった。

 何でだろう。



(――ははっ。アイハは本当に頑張るなぁ)



 すぐに負けたときも、少しだけ粘ったときも。

 カオンさんは私の頭を撫でてくれたっけ。



(――アイハ。やりすぎてケガしないでね)



 見守っていたツグネは、いつも心配ばかり。

 大丈夫、そこまで私は無茶しないよ。多分。



(――アイハが勝ったら、胴上げする)



 ハヅミは、するつもりもないことを言って、結局一番状況を楽しんでいる。

 いつだってずるい立ち位置だ。


 ……何だか、それらがすごく昔のことのような気がする。


 今はもう、誰もいない。

 全て失われたものだ。

 ……あの時の私達は、どんな風に日々を過ごしていたのか。


 昔のことが、もうよく思い出せない――






  * * *





 ――――カオンの放った突きが、わずかにアイハの肩口を掠める。

 その突きの勢いで捻じ曲がった空間の爆縮に巻き込まれ、アイハが吹き飛ばされる。

 かろうじて体勢を立て直し、アイハは装置から伸びる長い通路の一つに着地する。

 間髪入れず上方から襲い来るカオンの追撃。

 アイハがその一撃を弾き、身を翻し、体勢を素早く立て直してカウンターの斬撃を放つ。

 だが、カオンもまたその斬撃を【槍】でいなし、続けざま強烈な打ち込みを放ってくる。

 互いに、相手の攻撃を直接受け止めようとしない。

 何故なら、それが必殺だと身体が覚えているから。

 繰り広げられる攻防。

 接近戦。

 そこに、特別な力の存在は失われていく。


 ……過去を懐かしむアイハがそうさせたのか。それとも。

 とにかく、戦いはいつの間にか、純粋な斬り合いへと変化しつつあった。




  * * *





 ツグネが死んで。

 ハヅミも死んで。

 

 大事なものを失った先――――その果てに。

 今尚、カオンさんと殺し合うことを強いてくる。


 これ以上私から、何を奪いたいのだ。

 違う。

 わかっている。


 ――この世界は、私達から何もかもを奪うつもりでいる。


 みんな誰もが、生きる意味を持っていた。

 信じていた。

 戦いの果てに、それが結実するものだと。

 生きることそのものに価値があるのだと、夢見ていた。

 死と隣り合わせであっても、その希望がみんなを動かしていた。

 なのに、それが奪われ、鎖された世界の中で――

 どうしてそれを、『運命』と言う言葉で片付けることができる?

 ……私はカオンさんを討ち果たさなければならない。

 何故ならそれが、この世界に蔓延る理不尽や偶然、運命――

 ()に抗う唯一つの方法だからだ。

 今もまだ、自分達の可能性の限界を知らずに、騙されて、生きている子達がいる。

 あの子達に少しでも――――与えるために。

 未来を作るために。

 そのために――

 私は、最愛の家族を殺さなければならない。

 私が背負わなければならない。


 ……どうしたというのだ、クギョウ・アイハ。

 お前は、自分を慕ってくれていた後輩を無残に死なせた。

 お前は、自分のやり方を後押ししてくれた友を守れなかった。

 お前は、いつも近くで見守ってくれていた友に守られて生き延びた。


 その命の罪深さをもう一度思い出せ。

 

 お前は何もしていない。

 お前は、何もしていない。

 『私』は何もしていない。

 知っている。

 わかっている。


 ――だから殺せ。


 目の前の存在を殺せ。

 殺せ。

 そして世界は変わる。


 殺せ。

 家族を。

 殺せ。

 断て。

 殺せ。

 叛逆しろ!

 殺せ!

 殺せ!

 殺せ!

 変えろ!

 変えろ!

 全てを!


 彼女を、呪縛から解き放て!

 お前自身を、世界から解き放て!


 殺せ! 

 殺せ!

 殺せ! 


 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 殺せ! 殺せ! 殺せ!




 ――――殺せ!



 

  * * *



 ――その瞬間、アイハの動きが変わった。

 それまで劣勢を強いられていた彼女の挙動に、急激に新たな鋭さが加えられた。

 それによりカオンは、アイハの斬撃をいなしても斬られ、打突を弾いても勢いに飲まれるようになる。

 明らかに力の差が現れ始め、アイハの斬撃が確実にカオンに届くようになり。

 そして――



「――――あぁあぁァァァアアアアアァッ!」



 咆哮と共に、両手で振り下ろされる、アイハの一刀。

 その一撃は、彼女が一度に生産できる全ての力を刃先から放出したものであり――

 この球状の空間を裂き、地表を貫き、宇宙へと放たれ、ついには次元を裂くほどの全力であった。


 ……斬撃の余韻。


 静寂。

 線引きされる、アイハとカオンの決定的な差。

 カオンは――――


 アイハの斬撃をかわし損ねた。

 【槍】を真っ二つに裂かれ、左腕を切り落とされていた。

 ついに生じた完全な隙。

 だが。


 ――アイハが、両手で握っていた【刀】を霧散させる。


 そして膝から崩れ落ち、両の目を手で塞ぐ。

 ……それは、明確な戦意の喪失。



「――――()()()()



 千歳一遇の機を前にして、アイハはそう口にしていた。

 彼女は、自分自身の発したその言葉の意味がわからなかった。

 目の前のカオンを殺さなければならない。

 殺さなければ変えられない。

 殺さなければ、死んでいった者達の意味が失われる。

 ここに、自分のいる意味が失われる。

 それなのに。

 わかっているのに。

 彼女は、最後の最後で、また、わけのわからない感情に飲まれた。


 ――たとえそれが、本当はカオンでなくても。

 ――カオンの形をして、カオンを思い出させるものであれば。

 ――殺すことなんて、できない。


 馬鹿げている。

 アイハは自分を呪う。

 中途半端すぎるのだ、と。

 アイハは自分を憎む。

 都合の良い存在にも。

 誰よりも強い存在にも。

 全てを背負う存在にも。

 何者にもなれない。


 その場の感情に支配されて、それまでの理に反して、善悪の意味を見失って――

 そして、全てを台無しにする。


 ――――結局、私も、私が憎んでいる、理不尽な存在でしかないのだ。


 ……やがてカオンが、残る右腕で、半分になった槍を振り上げる。

 勝敗は、決した。



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