3
対峙する、二つの異端。
アイハは――――自分の目の前に現れたカオンを凝視し、呼吸を忘れていた。
その両の瞳には、表情には、強い困惑が、色濃く現れている。
一方のカオンは――――
アイハと同じ式服。
【飛空礼装】。
銀と黒が混ざり合って乱れた髪。
【反天霊】と同じ真紅の瞳。
だが、カオンに【反天霊】のような、死霊じみた肌白さは無い。
【反天霊】にあった縫合の痕も無い。
「――彼女は【黙霊】の寸前であったが、君達と同じように叛乱の意志が確認された。よって、【反天霊】に殺されることとなった」
「しかし私には興味があった。史上最強の【ジュウナナ】と謳われる特別な存在の彼女であれば、【反天霊】などという寄せ集めなどとは違う、より高次の両義性を得るのではないかと」
カオンの纏う力の奔流。
それは、アイハがこれまで見てきた何よりも力強く凄まじいものであった。
その力の起こす波で、この超大な空間が揺れているのが感じられる。
「結果は御覧の通り、私の想像をはるかに越えたものだった。既存の【反天霊】と彼女の骸を組み合わせ誕生したものは、単純な力だけなら君に匹敵しうるのではないか」
カオンが【槍】を構える。
【槍】の刃となる輝きは、黒い。
「……見せてほしい。神に愛され、神に抗う君達二人の戦いを」
――アイハとカオンが、同時に動く。
二人は、一瞬で速度の概念を越えた領域に突入し、黒い【刀】と【槍】を激突させる。
その衝撃で、断裂する空間。
直後、空間が爆縮と拡散を起こし、衝撃の波を走らせる。
辺りで、連鎖的に破壊が始まる。
……アイハは、自分を偽る。
自分は今、目の前の敵を殺すためにいる、と。
全力を以て戦わなければ殺される、と。
これは、カオンではない。
カオンではないのだと。
そう習性付けることで、ようやく彼女は戦うことができた。
もう止めることはできない。
勝たなければならない。
でなければ――――ここまで来た意味がない。
この世界の残酷さの、その全てが結実したような目の前の存在を。
神を。
今ここで殺すのだ、と。
アイハは、覚悟を決める。
疾走する力。
二つの濃密な黒がぶつかり合う度に――
大気が捻じ曲がり、轟音が打ち鳴らされ、空間を破壊していく。
――アイハの斬撃。
カオンが、その軌道を逸らすように【槍】を太刀筋に沿え、攻撃をいなす。
目標から逸らされたアイハの斬撃の余波は、そのまま鋭利な衝撃波となる。
波はこの広大な球状の空間を斬り裂き、地表にまで伸びていく。
対して。
――カオンの閃光。
万物を喰らい消滅させるその黒光を、アイハは、放たれた瞬間に至近距離までつめることで回避する。
肉薄。
交わる視線。
ぶつかり合う霊威。
再び刃が混じりあい、はじけ飛び、その余韻がもたらす破壊。
斬り、防ぎ、放ち、かわし、突き、いなし、殴り、跳び、走り、薙ぎ、ぶつかり――
巨大な球の中を縦横無尽に駆けて、その光を散らす。
それはまるで、明滅する銀河の喰らい合い。
――――ああ、懐かしいな。
そういえば、こんな風に、いつだったか模擬戦をしたっけ。
……アイハは。
全身全霊の殺し合いの最中、在りし日の情景に思いを馳せていた。
* * *
……強くなりたいから、何度も挑んだ。
その度に、負かされた。
悔しかったけれど、嬉しさもあった。
何でだろう。
(――ははっ。アイハは本当に頑張るなぁ)
すぐに負けたときも、少しだけ粘ったときも。
カオンさんは私の頭を撫でてくれたっけ。
(――アイハ。やりすぎてケガしないでね)
見守っていたツグネは、いつも心配ばかり。
大丈夫、そこまで私は無茶しないよ。多分。
(――アイハが勝ったら、胴上げする)
ハヅミは、するつもりもないことを言って、結局一番状況を楽しんでいる。
いつだってずるい立ち位置だ。
……何だか、それらがすごく昔のことのような気がする。
今はもう、誰もいない。
全て失われたものだ。
……あの時の私達は、どんな風に日々を過ごしていたのか。
昔のことが、もうよく思い出せない――
* * *
――――カオンの放った突きが、わずかにアイハの肩口を掠める。
その突きの勢いで捻じ曲がった空間の爆縮に巻き込まれ、アイハが吹き飛ばされる。
かろうじて体勢を立て直し、アイハは装置から伸びる長い通路の一つに着地する。
間髪入れず上方から襲い来るカオンの追撃。
アイハがその一撃を弾き、身を翻し、体勢を素早く立て直してカウンターの斬撃を放つ。
だが、カオンもまたその斬撃を【槍】でいなし、続けざま強烈な打ち込みを放ってくる。
互いに、相手の攻撃を直接受け止めようとしない。
何故なら、それが必殺だと身体が覚えているから。
繰り広げられる攻防。
接近戦。
そこに、特別な力の存在は失われていく。
……過去を懐かしむアイハがそうさせたのか。それとも。
とにかく、戦いはいつの間にか、純粋な斬り合いへと変化しつつあった。
* * *
ツグネが死んで。
ハヅミも死んで。
大事なものを失った先――――その果てに。
今尚、カオンさんと殺し合うことを強いてくる。
これ以上私から、何を奪いたいのだ。
違う。
わかっている。
――この世界は、私達から何もかもを奪うつもりでいる。
みんな誰もが、生きる意味を持っていた。
信じていた。
戦いの果てに、それが結実するものだと。
生きることそのものに価値があるのだと、夢見ていた。
死と隣り合わせであっても、その希望がみんなを動かしていた。
なのに、それが奪われ、鎖された世界の中で――
どうしてそれを、『運命』と言う言葉で片付けることができる?
……私はカオンさんを討ち果たさなければならない。
何故ならそれが、この世界に蔓延る理不尽や偶然、運命――
神に抗う唯一つの方法だからだ。
今もまだ、自分達の可能性の限界を知らずに、騙されて、生きている子達がいる。
あの子達に少しでも――――与えるために。
未来を作るために。
そのために――
私は、最愛の家族を殺さなければならない。
私が背負わなければならない。
……どうしたというのだ、クギョウ・アイハ。
お前は、自分を慕ってくれていた後輩を無残に死なせた。
お前は、自分のやり方を後押ししてくれた友を守れなかった。
お前は、いつも近くで見守ってくれていた友に守られて生き延びた。
その命の罪深さをもう一度思い出せ。
お前は何もしていない。
お前は、何もしていない。
『私』は何もしていない。
知っている。
わかっている。
――だから殺せ。
目の前の存在を殺せ。
殺せ。
そして世界は変わる。
殺せ。
家族を。
殺せ。
断て。
殺せ。
叛逆しろ!
殺せ!
殺せ!
殺せ!
変えろ!
変えろ!
全てを!
彼女を、呪縛から解き放て!
お前自身を、世界から解き放て!
殺せ!
殺せ!
殺せ!
殺せ! 殺せ! 殺せ!
殺せ! 殺せ! 殺せ!
殺せ! 殺せ! 殺せ!
――――殺せ!
* * *
――その瞬間、アイハの動きが変わった。
それまで劣勢を強いられていた彼女の挙動に、急激に新たな鋭さが加えられた。
それによりカオンは、アイハの斬撃をいなしても斬られ、打突を弾いても勢いに飲まれるようになる。
明らかに力の差が現れ始め、アイハの斬撃が確実にカオンに届くようになり。
そして――
「――――あぁあぁァァァアアアアアァッ!」
咆哮と共に、両手で振り下ろされる、アイハの一刀。
その一撃は、彼女が一度に生産できる全ての力を刃先から放出したものであり――
この球状の空間を裂き、地表を貫き、宇宙へと放たれ、ついには次元を裂くほどの全力であった。
……斬撃の余韻。
静寂。
線引きされる、アイハとカオンの決定的な差。
カオンは――――
アイハの斬撃をかわし損ねた。
【槍】を真っ二つに裂かれ、左腕を切り落とされていた。
ついに生じた完全な隙。
だが。
――アイハが、両手で握っていた【刀】を霧散させる。
そして膝から崩れ落ち、両の目を手で塞ぐ。
……それは、明確な戦意の喪失。
「――――殺せない」
千歳一遇の機を前にして、アイハはそう口にしていた。
彼女は、自分自身の発したその言葉の意味がわからなかった。
目の前のカオンを殺さなければならない。
殺さなければ変えられない。
殺さなければ、死んでいった者達の意味が失われる。
ここに、自分のいる意味が失われる。
それなのに。
わかっているのに。
彼女は、最後の最後で、また、わけのわからない感情に飲まれた。
――たとえそれが、本当はカオンでなくても。
――カオンの形をして、カオンを思い出させるものであれば。
――殺すことなんて、できない。
馬鹿げている。
アイハは自分を呪う。
中途半端すぎるのだ、と。
アイハは自分を憎む。
都合の良い存在にも。
誰よりも強い存在にも。
全てを背負う存在にも。
何者にもなれない。
その場の感情に支配されて、それまでの理に反して、善悪の意味を見失って――
そして、全てを台無しにする。
――――結局、私も、私が憎んでいる、理不尽な存在でしかないのだ。
……やがてカオンが、残る右腕で、半分になった槍を振り上げる。
勝敗は、決した。




