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17歳と神殺し  作者: 彼岸堂
第五章 彼女達へ
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 初めて見る【陽街(ヴァルナー)】は、夜空の下だと、思いの他眩しくて――

 戦術院が灯していた輝きよりも、どこか――人の息吹のようなものを感じる。

 それもそのはずだ。

 ここが地球上に残る数少ない人類の安息の地の一つなのであり、私達の思い出が残る戦術院は、ただの、兵器工場でしかないのだから。

 

 私は【飛空礼装(フェザー)】を纏い、上空から【陽街(ヴァルナー)】を見下ろしていた。

 ここで生まれ、この光の下で生きている人々は、私達のことをどう思っているのだろう。

 感謝をしているのか。

 それとも、何も知らないのか。

 ……ここは、私達が守ってきた世界と言えるのか?

 私達が生まれ、死んでいく価値が、全てここにあるとでもいうのか。

 一体――


「――――そういうのをさ、もっと考えさせてよ」


 闇の中に、私の言葉が消えていく。

 私と同じように【飛空礼装(フェザー)】を纏い、私と同じ銀髪を靡かせながら、私を取り囲む六体の【反天霊(ワルフラム)】。

 銃器型が二人、刀剣型が四人。

 それぞれの武器と、その虚ろな紅い瞳を、私に向けてくる。


 ……沈黙。


 そして――

 ――後方にいた【反天霊(ワルフラム)】の1人が、私に刀剣を振り下ろしてきたので。

 それよりも早く【()】で一閃を放ち、その胴を両断する。

 私の振るった刃から走る漆黒の炎が、夜の闇をさらに黒く染める。

 私は、その一体を斬り殺した勢いのまま、左手に【()】を作り出し、そこから黒い閃光を放つ。

 そして、黒い光線が伸びたまま一文字に薙ぎ払う。

 雲を切り裂き――その軌道に、黒い雪と見違えるような残滓が煌く中。

 【砲】をすぐに霧散させ、閃光を回避するために散開した【反天霊(ワルフラム)】の内の一体に近づき、反撃をさせる前に頭から股間までを再び作り出した【刀】で真っ二つにして斬り殺す。

 直後――

 背後から放たれた銃器型の【反天霊(ワルフラム)】の砲撃を、今度は【()()】を作ることで弾き飛ばす。

 そして、その【障壁】をそのまま弾丸としてワルフラムに向けて放つ。

 弾丸は【反天霊(ワルフラム)】に直撃し、肉が引き切れる音と共に眼下の【陽街(ヴァルナー)】へと吹き飛ばす。

 残り三体の【反天霊(ワルフラム)】による私への連携攻撃――

 交差するように放たれた刀剣型の斬撃の内、上方からの一撃を新たに創りだした【()()】の片翼で弾き飛ばし、左方からの一撃を左手の一刀で逸らす。

 わざとタイミングを遅らせて放たれた銃器型の閃光は、【障壁】を作り出して真正面から防ぐ。

 さて、私の反撃の番だ。

 左手の【双剣】を長い【砲】に作り変え、手近の【反天霊(ワルフラム)】の一体にそれを槍のように突き出す。 

 砲塔が【反天霊(ワルフラム)】に突き刺さった瞬間に合わせ、即座に発射することで、内側から敵の肉体が黒い光により爆散する。

 最後の刀剣型が私から距離を取るも、【砲】から続けざまに細長い黒の閃光を放ち、それを鞭のようにして振るう。

 ぎゅんと奇妙な音を残し、空と雲と遠くの山々と大地ごと【反天霊(ワルフラム)】を閃光で両断する。


 ……残り一体。


 【反天霊(ワルフラム)】は、このような――傍から見て絶望的な状況になっても、一切退こうとしなかった。

 紅い瞳は、何色にも変わらないまま、私を見つめている。

 その姿が、かつての私と重なる。


「――ごめんね」


 そう呟いてから、私は最後の【反天霊(ワルフラム)】の首を【刀】で刎ねた。

 エネルギーの供給源を失った【飛空礼装(フェザー)】が、その遺骸を重力に捧げる。

 私は、それと共に【陽街(ヴァルナー)】へと降りていく。

 そうして徐々に【陽街(ヴァルナー)】の景色がはっきりとわかってくる。

 物語、小説、漫画で見た旧時代――21世紀後半――の街並みとよく似ている、ような気がする。

 思っていたよりもずっと猥雑で、目まぐるしくて、活気がある。

 歩く人も、行き交う車も、建物の輝きも――。

 戦術院の近くにこんな世界が当然のように存在していた事実は、信じられない以上に恐ろしかった。

 一体どれだけ私達の視野が狭められ、認識能力を制限されていたというのだろうか。

 ()()()()()()()()()()()()には、もはやその枷が存在しない。

 ありのままの世界が見えてしまう。

 

 ……カオンさんは、この光景が見たかったのだろうか。

 彼女が愛した、人間の清濁が絶えず流動する時代。

 それが今正に、私の目の前に存在している。 



 ――巨大な道路網のど真ん中に落ちて来た【反天霊(ワルフラム)】の屍を前にして、【陽街(ヴァルナー)】の人々が驚愕し、慌てふためく。



 ……誰かが言う。

 機関は何をやっているのか、と。

 ……声が響く。

 こんなのは前代未聞だ、と。

 綻びができたのか、と。

 その重なっていく群衆の声が煩かったので――――


 私は、目の前の地面を【刀】でわざとらしく斬った。

 ずばんという冗談みたいな音と共に地面がばっくりと裂かれると、その瞬間、人々は狂乱しながら逃散していく。

 よっぽど私が怖いと見える。思わず噴き出してしまった。

 これで少しは静かになるのかもしれない。


 はぁ、とため息をついてから……私は【()】を唄った。

 ツグネほど綺麗には唄えないけれど、それでも感覚を研ぎ澄ますには十分だった。

 ――【歌】を通して【陽街(ヴァルナー)】の地下深くに膨大な量の霊脈の動きを感じ取る。

 ここでも地下か、と。

 思わずまた笑いそうになりながら、【砲】を作り出し。

 先程私がつけた地面の傷に向けて、放つ。

 黒い閃光が地面を深く深く抉っていく。

 我ながら上手いこと地下の居住区を避けたものだと感心しながら、大きな口を開くように穿たれた穴を眺める。

 穴の底、深さ1キロをゆうに越えた地点に、明らかに人工の何かが見えたので、すぐさま飛び降りる。

 途中いくつもの地下層を越えて、降り立った底は――


「……まるで血管だ」


 それは【終録語典(アヴェスタ)】のあった場所を彷彿とさせるような、紅い輝きが縦横無尽に走る巨大なトンネルであった。

 前方は【陽街(ヴァルナー)】の中央へ向けて伸び、後方は――――戦術院のある方角へと伸びている。

 更に後方を良く見ると、途中で枝分かれしているのがわかる。

 恐らくは、この地を中心として各地に延びているのだろう。

 どのような用途かは、思いつくものが多すぎてわからない。

 まぁ――どうでもいい。

 私は、中央方向への通路を見据え、そのまま飛んで進み始める。

 この血管のような巨大トンネルは、どうやら更に地下へと続いているらしく、平行だった道が徐々に下りへと変わっていく。

 そうして、進んで、降りていく内に――


 ――飛び出した空間は、まるで、地下に存在するもう一つの世界であった。


 巨大な、球形の空間。

 【終録語典(アヴェスタ)】のあった場所とは比べ物にならないぐらいに広い。

 と言うよりは、広すぎる。

 私が出たところは球の上半面であり、球の直径を引いたときに対面となる箇所を窺うことができない。

 球の下方部は、深い闇を湛えていて不可視の領域となっている。

 そして――

 

 【陽街(ヴァルナー)】をそのまま包めてしまいそうなほど広大なその空間の中央に、()()は存在していた。

 穏やかな虹色の輝きを放ち、どこか別の世界へと通ずるであろう【門】を封じ込めた、巨大すぎるフラスコのような物体。

 すぐに確信した。

 ()()が……上位空間を開示した装置であることを。

 私は、この球を満たす冷え切った空気を切り裂きながら『道』といえる一つに降り立つ。

 そこは、装置を中心として八方に延びる長大なレールが敷かれた、幅が1キロをゆうに越す巨大な場所だった。

 見据えた先。

 『道』の果て。

 装置のすぐ近くに立つ影。


 ――人。



「――――人類は自己を捨て、大いなる存在にその全てを委ねた」



 凄まじい距離が離れているというのに、どういうわけか、彼――()()()()()()()()()()()()()()()()()()――の声が私にまで響く。


「故に、それにより享受した永遠が、いつか更に大きな力によって失われたとしても、我々がそれに抗う権利はない」


 院長は、変わらない瞳で、値踏みするように私を見つめる。


「これは、かつてタラストラ博士が人類に残した言葉だよ」


 私は無言で道を進む。 


「我々という矮小な存在は、常にそうした大きな流れの中に存在し、ふとした偶然の産物、理不尽、あるいは運命という名の神の下で容易く滅んでしまう」


 私に、まだ興味があるとでもいうのか。


「クギョウ・アイハ。君がその銀色を示すようになって、私はすぐに確信した。君こそが正に――――予言された大いなる力であると」

「そして君はその通りに成ってみせた。【黙霊(ダフマ)】を迎えた【ジュウナナ】や、【反天霊(ワルフラム)】のような、不完全な両義性ではない。もっと強大な陰と陽を内包する存在に」


 心なしか、彼の口調は戦術院にいたときよりも穏やかに聞こえる。


「何が言いたい」


 私がそう言葉を返すと、彼は無表情のまま口を開く。


「君は、可能性そのものであると言いたいのだ」

「……可能性?」

「この星は――――いや、宇宙は、上位空間が開かれてから【久遠輪(アフラムズ)】という高位存在の気分次第でどうとでもなるものとなった。だが君の誕生により、君もまた、この宇宙を徒に変えることのできる存在となった。それが素晴らしい」


 それの何が、素晴らしいと言うのだ。


「君がたとえ【久遠輪(アフラムズ)】の因子によって誕生した存在であっても、人類の系譜がなければ君は成立しなかった。その事実が喜ばしいんだよ」


 表情は無くとも、語気の節々に、歓喜が滲み出ている。

 その饒舌さがただただ気持ち悪い。

 何より私には、この男の言いたいことが――さっぱりわからなかった。

 ただ、言葉ではなく性質の部分でわかったことがある。


 ……こいつは恐らく、人類の生存に、興味なんて無い。


「君は【ジュウナナ】という呼称をどう思う」


 私は、その問いに答えるつもりはなかった。

 院長は私の態度を気にせず続ける。


「この呼称は、()()()()()()()()()だと君は知っていたか」


 ――偶然。


「【久遠輪アフラムズ】の因子が偶然、乳幼児の女性にだけ適合すること」

「それが偶然17歳前後に【スペンタ症候群(シンドローム)】を引き出すということ」

「それらを偶然発見した結果にできた呼び名だ」


 偶然、偶然。

 偶然――

 もう、うんざりだ。


「そうしたいくつもの奇跡を経て、【ジュウナナ】が産まれ、やがて、君のような更に特別な存在が――理も何もなく、偶然に誕生した。これは【久遠輪(アフラムズ)】ですら予想できなかったこと。正に祝福されるべき事象だ」


 拍手が、響く。


「君は【ジュウナナ】ではない。【反天霊(ワルフラム)】ではない。偶然に愛され、そして、その神に叛逆する、理不尽という名の神殺しなんだよ」

「――――何が、神殺しだよ」


 乾いた笑みを浮かべてしまっているのを、自覚する。

 怒りを通り越して、哀れみしかない。

 こんな奴に、私達は――

 ふざけている。

 そんな、ふざけたことの、何が、喜ばしいんだ。

 誰がそんなことを望んだ。

 誰がそんなものに成りたいと言った。


「あんたには……人類には、私が、どれだけちっぽけで、どれだけ小さな理由でここにいるかわかるか」

「小さな理由――――さて、どんなものかな」


「――――()()()()()()()


 思うままを口にした。


「腹立たしいんだよ。憎いんだよ――――ぶっ壊したいんだ」

 

 ため込んだものがあふれ出る。


「みんな死んだ。死んで、殺されて、何もかも無駄だった。守れなかった。意味がなくて、何もなくて、どうしようもなくて、全部全部、全部全部全部ッ! 馬鹿らしくてッ!」


 カオンさんが死んだときも。

 ツグネやハヅミが殺されたときも。

 涙なんて出なかったのに。


「――どうでもよくなったんだよ」


 どうして今こんなに、ぼろぼろと、溢れ出てくるのだろう。


「何なんだ? どうしてだ。何でさ……どうして、私達が、こんな、何で……」


 ……熱い。


「誰のせいだよ。何でこうなったんだよ。どうして私達なんだよ。どうして、こんな、クソみたいな――――」


 どうしようもなかった。

 どうしようもなく、歩みを止めることもできなかった。


「ちくしょう。誰も悪くないのに、何で、みんなが……私が……私達は、ずっと、今まで……みんな……ちくしょう、くそっ、くそォッ!」


 とにかく、嫌だった。

 こんなにも、行き場のないものがあるのに。

 それでも、結局――変えられない。

 私達には何もない。

 未来はない。

 もう戻れない。

 戻ってこない。

 みんないない。

 行き詰まりで、行き止まりで、生きていられない。

 全てが、私達を、追い詰めていく。だから。


「――――全部、終わらせる」


 絶望を、吐き出す。

 それは呆気なくこの空間に吸い込まれていく。


「終わらせてやる」


 何を終わらせるというのか、最早私自身にすらわからない。

 ただ、今この場にいることは、ここで何もかもを壊そうとするのは、私が唯一できる。

 唯一許される行いだ。

 それだけが、今の私が生きる理由だ。

 見えない何かに決着をつける。

 つけられれば、なんだって良い。

 たとえそれが、全ての人類を殺すことになっても、構わない。

 

 私達の受けた理不尽を、この世界に返す。


 何も知らないまま、全てを無為にされ、その命を最後まで利用される者をこれ以上増やしたくない。

 自己満足。

 それが私の最後の【刀】。

 この痛みが、空虚さが、私を一歩、また一歩と進ませる。


「その装置を壊す」


 それは、【久遠輪(アフラムズ)】と人類の繋がりを断つ方法であり。

 二度と【ジュウナナ】を生み出さない手段でもあり。

 そして――――人類を闇に突き落とす決断だった。


「神殺しを全うするか。ならば私はタラストラを継ぐ者として、抵抗しなければならない」

「勝手にしろ」


 私は、左手から巨大な【砲】を作り出し、それを装置に向けて――



 ――気配。



 発射する直前で、直感的に、その場から素早く離脱する。

 直後、私のいた位置が、黒い輝きに埋め尽くされ――


 消滅、した。


 広大な道の中央に、ばっくりと、巨大な穴があく。

 なんだこれは。

 なんで消滅した。

 一体、何故――――



 ……()()



「――激情と虚無感により完全覚醒した君は、イシガミ・ツグネとモリノ・ハヅミの二人を【タラストラ陰陽両粒子(カップル)】として取り込んだ。二つの力を取り込んだ君は、ただの【反天霊(ワルフラム)】であれば一瞬で殺せてしまうだろうが――」



 消滅の輝きが失われ、その残滓から姿を見せる、敵。



「――――()()はただの【反天霊(ワルフラム)】ではない。()()もまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」



 私の前に現れたのは――

 見間違えるはずが無い。

 信じたくない。

 だが、それは事実だった。





 ――キド・カオンは、【飛空礼装(フェザー)】を纏い、その虚ろな赤い瞳で私を見下ろしていた。









 


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