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初めて見る【陽街】は、夜空の下だと、思いの他眩しくて――
戦術院が灯していた輝きよりも、どこか――人の息吹のようなものを感じる。
それもそのはずだ。
ここが地球上に残る数少ない人類の安息の地の一つなのであり、私達の思い出が残る戦術院は、ただの、兵器工場でしかないのだから。
私は【飛空礼装】を纏い、上空から【陽街】を見下ろしていた。
ここで生まれ、この光の下で生きている人々は、私達のことをどう思っているのだろう。
感謝をしているのか。
それとも、何も知らないのか。
……ここは、私達が守ってきた世界と言えるのか?
私達が生まれ、死んでいく価値が、全てここにあるとでもいうのか。
一体――
「――――そういうのをさ、もっと考えさせてよ」
闇の中に、私の言葉が消えていく。
私と同じように【飛空礼装】を纏い、私と同じ銀髪を靡かせながら、私を取り囲む六体の【反天霊】。
銃器型が二人、刀剣型が四人。
それぞれの武器と、その虚ろな紅い瞳を、私に向けてくる。
……沈黙。
そして――
――後方にいた【反天霊】の1人が、私に刀剣を振り下ろしてきたので。
それよりも早く【刀】で一閃を放ち、その胴を両断する。
私の振るった刃から走る漆黒の炎が、夜の闇をさらに黒く染める。
私は、その一体を斬り殺した勢いのまま、左手に【砲】を作り出し、そこから黒い閃光を放つ。
そして、黒い光線が伸びたまま一文字に薙ぎ払う。
雲を切り裂き――その軌道に、黒い雪と見違えるような残滓が煌く中。
【砲】をすぐに霧散させ、閃光を回避するために散開した【反天霊】の内の一体に近づき、反撃をさせる前に頭から股間までを再び作り出した【刀】で真っ二つにして斬り殺す。
直後――
背後から放たれた銃器型の【反天霊】の砲撃を、今度は【障壁】を作ることで弾き飛ばす。
そして、その【障壁】をそのまま弾丸としてワルフラムに向けて放つ。
弾丸は【反天霊】に直撃し、肉が引き切れる音と共に眼下の【陽街】へと吹き飛ばす。
残り三体の【反天霊】による私への連携攻撃――
交差するように放たれた刀剣型の斬撃の内、上方からの一撃を新たに創りだした【双剣】の片翼で弾き飛ばし、左方からの一撃を左手の一刀で逸らす。
わざとタイミングを遅らせて放たれた銃器型の閃光は、【障壁】を作り出して真正面から防ぐ。
さて、私の反撃の番だ。
左手の【双剣】を長い【砲】に作り変え、手近の【反天霊】の一体にそれを槍のように突き出す。
砲塔が【反天霊】に突き刺さった瞬間に合わせ、即座に発射することで、内側から敵の肉体が黒い光により爆散する。
最後の刀剣型が私から距離を取るも、【砲】から続けざまに細長い黒の閃光を放ち、それを鞭のようにして振るう。
ぎゅんと奇妙な音を残し、空と雲と遠くの山々と大地ごと【反天霊】を閃光で両断する。
……残り一体。
【反天霊】は、このような――傍から見て絶望的な状況になっても、一切退こうとしなかった。
紅い瞳は、何色にも変わらないまま、私を見つめている。
その姿が、かつての私と重なる。
「――ごめんね」
そう呟いてから、私は最後の【反天霊】の首を【刀】で刎ねた。
エネルギーの供給源を失った【飛空礼装】が、その遺骸を重力に捧げる。
私は、それと共に【陽街】へと降りていく。
そうして徐々に【陽街】の景色がはっきりとわかってくる。
物語、小説、漫画で見た旧時代――21世紀後半――の街並みとよく似ている、ような気がする。
思っていたよりもずっと猥雑で、目まぐるしくて、活気がある。
歩く人も、行き交う車も、建物の輝きも――。
戦術院の近くにこんな世界が当然のように存在していた事実は、信じられない以上に恐ろしかった。
一体どれだけ私達の視野が狭められ、認識能力を制限されていたというのだろうか。
ジュウナナで無くなった私には、もはやその枷が存在しない。
ありのままの世界が見えてしまう。
……カオンさんは、この光景が見たかったのだろうか。
彼女が愛した、人間の清濁が絶えず流動する時代。
それが今正に、私の目の前に存在している。
――巨大な道路網のど真ん中に落ちて来た【反天霊】の屍を前にして、【陽街】の人々が驚愕し、慌てふためく。
……誰かが言う。
機関は何をやっているのか、と。
……声が響く。
こんなのは前代未聞だ、と。
綻びができたのか、と。
その重なっていく群衆の声が煩かったので――――
私は、目の前の地面を【刀】でわざとらしく斬った。
ずばんという冗談みたいな音と共に地面がばっくりと裂かれると、その瞬間、人々は狂乱しながら逃散していく。
よっぽど私が怖いと見える。思わず噴き出してしまった。
これで少しは静かになるのかもしれない。
はぁ、とため息をついてから……私は【歌】を唄った。
ツグネほど綺麗には唄えないけれど、それでも感覚を研ぎ澄ますには十分だった。
――【歌】を通して【陽街】の地下深くに膨大な量の霊脈の動きを感じ取る。
ここでも地下か、と。
思わずまた笑いそうになりながら、【砲】を作り出し。
先程私がつけた地面の傷に向けて、放つ。
黒い閃光が地面を深く深く抉っていく。
我ながら上手いこと地下の居住区を避けたものだと感心しながら、大きな口を開くように穿たれた穴を眺める。
穴の底、深さ1キロをゆうに越えた地点に、明らかに人工の何かが見えたので、すぐさま飛び降りる。
途中いくつもの地下層を越えて、降り立った底は――
「……まるで血管だ」
それは【終録語典】のあった場所を彷彿とさせるような、紅い輝きが縦横無尽に走る巨大なトンネルであった。
前方は【陽街】の中央へ向けて伸び、後方は――――戦術院のある方角へと伸びている。
更に後方を良く見ると、途中で枝分かれしているのがわかる。
恐らくは、この地を中心として各地に延びているのだろう。
どのような用途かは、思いつくものが多すぎてわからない。
まぁ――どうでもいい。
私は、中央方向への通路を見据え、そのまま飛んで進み始める。
この血管のような巨大トンネルは、どうやら更に地下へと続いているらしく、平行だった道が徐々に下りへと変わっていく。
そうして、進んで、降りていく内に――
――飛び出した空間は、まるで、地下に存在するもう一つの世界であった。
巨大な、球形の空間。
【終録語典】のあった場所とは比べ物にならないぐらいに広い。
と言うよりは、広すぎる。
私が出たところは球の上半面であり、球の直径を引いたときに対面となる箇所を窺うことができない。
球の下方部は、深い闇を湛えていて不可視の領域となっている。
そして――
【陽街】をそのまま包めてしまいそうなほど広大なその空間の中央に、それは存在していた。
穏やかな虹色の輝きを放ち、どこか別の世界へと通ずるであろう【門】を封じ込めた、巨大すぎるフラスコのような物体。
すぐに確信した。
それが……上位空間を開示した装置であることを。
私は、この球を満たす冷え切った空気を切り裂きながら『道』といえる一つに降り立つ。
そこは、装置を中心として八方に延びる長大なレールが敷かれた、幅が1キロをゆうに越す巨大な場所だった。
見据えた先。
『道』の果て。
装置のすぐ近くに立つ影。
――人。
「――――人類は自己を捨て、大いなる存在にその全てを委ねた」
凄まじい距離が離れているというのに、どういうわけか、彼――戦術院の院長であったはずの白髪の老人――の声が私にまで響く。
「故に、それにより享受した永遠が、いつか更に大きな力によって失われたとしても、我々がそれに抗う権利はない」
院長は、変わらない瞳で、値踏みするように私を見つめる。
「これは、かつてタラストラ博士が人類に残した言葉だよ」
私は無言で道を進む。
「我々という矮小な存在は、常にそうした大きな流れの中に存在し、ふとした偶然の産物、理不尽、あるいは運命という名の神の下で容易く滅んでしまう」
私に、まだ興味があるとでもいうのか。
「クギョウ・アイハ。君がその銀色を示すようになって、私はすぐに確信した。君こそが正に――――予言された大いなる力であると」
「そして君はその通りに成ってみせた。【黙霊】を迎えた【ジュウナナ】や、【反天霊】のような、不完全な両義性ではない。もっと強大な陰と陽を内包する存在に」
心なしか、彼の口調は戦術院にいたときよりも穏やかに聞こえる。
「何が言いたい」
私がそう言葉を返すと、彼は無表情のまま口を開く。
「君は、可能性そのものであると言いたいのだ」
「……可能性?」
「この星は――――いや、宇宙は、上位空間が開かれてから【久遠輪】という高位存在の気分次第でどうとでもなるものとなった。だが君の誕生により、君もまた、この宇宙を徒に変えることのできる存在となった。それが素晴らしい」
それの何が、素晴らしいと言うのだ。
「君がたとえ【久遠輪】の因子によって誕生した存在であっても、人類の系譜がなければ君は成立しなかった。その事実が喜ばしいんだよ」
表情は無くとも、語気の節々に、歓喜が滲み出ている。
その饒舌さがただただ気持ち悪い。
何より私には、この男の言いたいことが――さっぱりわからなかった。
ただ、言葉ではなく性質の部分でわかったことがある。
……こいつは恐らく、人類の生存に、興味なんて無い。
「君は【ジュウナナ】という呼称をどう思う」
私は、その問いに答えるつもりはなかった。
院長は私の態度を気にせず続ける。
「この呼称は、偶然を指し示すものだと君は知っていたか」
――偶然。
「【久遠輪】の因子が偶然、乳幼児の女性にだけ適合すること」
「それが偶然17歳前後に【スペンタ症候群】を引き出すということ」
「それらを偶然発見した結果にできた呼び名だ」
偶然、偶然。
偶然――
もう、うんざりだ。
「そうしたいくつもの奇跡を経て、【ジュウナナ】が産まれ、やがて、君のような更に特別な存在が――理も何もなく、偶然に誕生した。これは【久遠輪】ですら予想できなかったこと。正に祝福されるべき事象だ」
拍手が、響く。
「君は【ジュウナナ】ではない。【反天霊】ではない。偶然に愛され、そして、その神に叛逆する、理不尽という名の神殺しなんだよ」
「――――何が、神殺しだよ」
乾いた笑みを浮かべてしまっているのを、自覚する。
怒りを通り越して、哀れみしかない。
こんな奴に、私達は――
ふざけている。
そんな、ふざけたことの、何が、喜ばしいんだ。
誰がそんなことを望んだ。
誰がそんなものに成りたいと言った。
「あんたには……人類には、私が、どれだけちっぽけで、どれだけ小さな理由でここにいるかわかるか」
「小さな理由――――さて、どんなものかな」
「――――ムカつくんだよ」
思うままを口にした。
「腹立たしいんだよ。憎いんだよ――――ぶっ壊したいんだ」
ため込んだものがあふれ出る。
「みんな死んだ。死んで、殺されて、何もかも無駄だった。守れなかった。意味がなくて、何もなくて、どうしようもなくて、全部全部、全部全部全部ッ! 馬鹿らしくてッ!」
カオンさんが死んだときも。
ツグネやハヅミが殺されたときも。
涙なんて出なかったのに。
「――どうでもよくなったんだよ」
どうして今こんなに、ぼろぼろと、溢れ出てくるのだろう。
「何なんだ? どうしてだ。何でさ……どうして、私達が、こんな、何で……」
……熱い。
「誰のせいだよ。何でこうなったんだよ。どうして私達なんだよ。どうして、こんな、クソみたいな――――」
どうしようもなかった。
どうしようもなく、歩みを止めることもできなかった。
「ちくしょう。誰も悪くないのに、何で、みんなが……私が……私達は、ずっと、今まで……みんな……ちくしょう、くそっ、くそォッ!」
とにかく、嫌だった。
こんなにも、行き場のないものがあるのに。
それでも、結局――変えられない。
私達には何もない。
未来はない。
もう戻れない。
戻ってこない。
みんないない。
行き詰まりで、行き止まりで、生きていられない。
全てが、私達を、追い詰めていく。だから。
「――――全部、終わらせる」
絶望を、吐き出す。
それは呆気なくこの空間に吸い込まれていく。
「終わらせてやる」
何を終わらせるというのか、最早私自身にすらわからない。
ただ、今この場にいることは、ここで何もかもを壊そうとするのは、私が唯一できる。
唯一許される行いだ。
それだけが、今の私が生きる理由だ。
見えない何かに決着をつける。
つけられれば、なんだって良い。
たとえそれが、全ての人類を殺すことになっても、構わない。
私達の受けた理不尽を、この世界に返す。
何も知らないまま、全てを無為にされ、その命を最後まで利用される者をこれ以上増やしたくない。
自己満足。
それが私の最後の【刀】。
この痛みが、空虚さが、私を一歩、また一歩と進ませる。
「その装置を壊す」
それは、【久遠輪】と人類の繋がりを断つ方法であり。
二度と【ジュウナナ】を生み出さない手段でもあり。
そして――――人類を闇に突き落とす決断だった。
「神殺しを全うするか。ならば私はタラストラを継ぐ者として、抵抗しなければならない」
「勝手にしろ」
私は、左手から巨大な【砲】を作り出し、それを装置に向けて――
――気配。
発射する直前で、直感的に、その場から素早く離脱する。
直後、私のいた位置が、黒い輝きに埋め尽くされ――
消滅、した。
広大な道の中央に、ばっくりと、巨大な穴があく。
なんだこれは。
なんで消滅した。
一体、何故――――
……消、滅?
「――激情と虚無感により完全覚醒した君は、イシガミ・ツグネとモリノ・ハヅミの二人を【タラストラ陰陽両粒子】として取り込んだ。二つの力を取り込んだ君は、ただの【反天霊】であれば一瞬で殺せてしまうだろうが――」
消滅の輝きが失われ、その残滓から姿を見せる、敵。
「――――彼女はただの【反天霊】ではない。彼女もまた、君と同じ神殺しの可能性を持っていた者だ」
私の前に現れたのは――
見間違えるはずが無い。
信じたくない。
だが、それは事実だった。
――キド・カオンは、【飛空礼装】を纏い、その虚ろな赤い瞳で私を見下ろしていた。




