9話:アナログの暴風、全能感の破綻
文化祭当日の校内は、文字通り人熱と歓声で満ちあふれていた。
生徒会と実行委員会の共同企画である『ハイブリッド・メイドカフェ』は、開門と同時に長蛇の列を作り、廊下を埋め尽くすほどの大盛況を見せていた。
「一ノ瀬さん、現在の待ち時間は約四十分。整理券の配布ペースも想定の範囲内ですわ」
「悠! 注文管理アプリの動作も超スムーズ! ギャル組の接客回転率、マジで最強なんだけど!」
教室の隅に設けた「運用本部」で、オレはノートPCを前に座っていた。
画面上には、事前にオレがスクレイピングして構築した『リアルタイム注文・待ち時間最適化スレッド』が稼働しており、混雑状況や在庫消費速度が数値とグラフで刻一刻と更新されていく。
「問題ない。想定事例パターンBに沿って、注文の分散を促してくれ」
データ通りに動く現場。オレの発破一発で即座にコントロールされる空間。
画面上の数値を操作しているだけで、目の前の現実が思い通りに動いていく感覚に、オレの胸は密かな全能感で満たされていた。
(やっぱり、ネットとデータこそが最強だ。リアルな人間の感情だって、ログとパターンさえ分析すればいくらでもコントロールできる)
ネット空間の住人として高みの見物を決め込み、画面越しに「最適解」を出し続ける自分。これこそがオレの存在理由であり、誰も脅かすことのできない安全圏だった。
——だが、その「全能感」は、唐突かつ呆気なく崩壊することになる。
「パチンッ!」
昼過ぎ、混雑がピークに達したまさにその瞬間。
教室の天井から嫌な打撃音が響き、照明が一斉に消え去った。
同時に、メインの大型ディスプレイが黒い画面へと落ち、調理用のホットプレートや冷蔵庫、そしてオレのノートPCに電力を供給していたタップのランプが途絶える。
「……え? 電源……?」
静まり返る教室。直後、暗がりの中で客たちの困惑した声が広がり始めた。
「きゃっ、なに!? 真っ暗!?」
「停電? レジ止まっちゃったんだけど!」
「ちょっと、私のアイスカフェオレまだ届いてないんだけど!?」
「みんな落ち着いて!」サキの声が響く。「天宮さん、これって……!」
「ブレーカーですわね。容量オーバーか……あるいは配線障害ですわ!」
オレは冷や汗を流しながら、猛然とキーボードを叩いた。だが、Wi-Fiの親機も電源が落ちており、ブラウザには無慈悲な『接続されていません』のアイコンが表示されるだけだった。
「クソッ……! スマホのテザリングで……いや、ローカルのデータベースを見れば……!」
指が激しく震える。ネットに繋がらない。過去ログが検索できない。画面が更新されない。
ただそれだけのことで、オレの脳は一瞬でパニックに陥った。
「一ノ瀬! PC弄ってないでなんとかしろよ! 注文どうなってんだ!?」
「紙の伝票はどこだよ!? 次の会計いくら!?」
クラスメイトたちが焦燥感を露わにし、オレのもとへ押し寄せてくる。
「か、紙の伝票は……全部デジタル化してアプリで管理してたから、紙の控えは用意してない……」
「はあ!? じゃあ誰が何頼んだか分かんねえってことかよ!?」
「過去のトラブル事例だと、こういう時は……えっと、検索すれば復旧手順が……」
オレの口から漏れ出たのは、現場の誰も求めていない「検索」という名の言い訳だった。
「検索じゃなくて今どうするか聞いてんだよ!」
「ドライバー持ってきて配線見ろよ! お前『ご意見番』だろ!?」
「あ、配線……? でも、電気系統の知識はネットで読んだ程度で、実際に触ったことは……焦げ臭いし、下手に触ると危険で……」
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【 anonymous 】@school_news_sekai
【朗報】イキりシステム担当、停電一発で置物化www
└ 引用ツイート 42件 / リツイート 85件
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├ 【黒木派男子】@gal_otaku
│紙の伝票すら用意してなくて草。検索しても配線は直りませ〜んww
└ 引用ツイート 12件 / リツイート 40件
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├ 【天宮派信者】@amamiya_guard
│指示出してる時はご意見番気取りだったのに、現場じゃ震えて手も動かないの哀れすぎる
└ 引用ツイート 25件 / リツイート 42件
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脳内に炎上のスレッドが立ち、責められる。オレの手はガタガタと震え、工具を握ることすらできなかった。
画面の向こうのテキストなら、いくらでも指示を出せた。他人の知恵を借りて論破することもできた。
だが、目の前で起きている「物理的な焦げ臭さ」「暗闇の恐怖」「生身の人間たちの怒りと困惑」に対し、オレは何一つ決断できず、何一つ行動に移すことができなかった。
「……なんだよ、使えねぇな」
「画面ばっか見てて、現場じゃ何もできないんじゃん……」
誰かが吐き捨てた一言が、鋭いナイフのようにオレの胸を深く刺した。
冷ややかな視線が一斉にオレから離れていく。誰一人として、もうオレに教えを乞おうとはしなかった。
画面の向こうで全能だと思い込んでいたオレの正体は、「画面がなければ何も決められない、ただの役立たず」だったのだ。
クラスメイトたちが混乱の中で手探りで動き始める中、オレは電源の切れた漆黒のPC画面の前に、ポツンと取り残された。
スマホのブルーライトすら届かない暗がりの中で、オレは完全に孤立し、ただ自分の無力さに打ちのめされて佇むことしかできなかった。




