10話:暗闇の灯火、泥臭い手引き
「暗くたって関係ないし! 暗闇カフェってことにすれば超映えるじゃん!」
静まり返っていた暗闇の教室に、けたたましくも頼もしいサキの声が響き渡った。
サキはポケットからスマホを取り出すと、ライトを天井に向けて点灯させた。幾重もの光が教室をうっすらと照らし出し、暗がりで固まっていた客たちの顔に少しずつ生気が戻っていく。
「みんな、自分のスマホのライト点けて! テーブルの真ん中に置いてみて! ほら、なんかエモいBARみたいでテンション上がんない!?」
サキの天性の明るさと強引さに引きずられるように、ギャル組のメンバーや客たちが次々とスマホのライトを掲げ始める。教室の中に、幾つもの温かい光の柱が立ち上った。
「パニックは禁物ですわ。全員、持ち場についてください!」
続いて響いたのは、天宮の凛とした通る声だった。彼女はすでに行動を開始していた。
「手動の電卓と紙のメモ帳を回収しました。会計はすべて手書きで記録し、二重チェックを行います。サキさん、メニューを限定して手入力でさばけるものだけに絞りましょう!」
「オッケー天宮っち! メニューはシンプルにアイスコーヒーと焼き菓子セットのみ! 手書きメモで爆速で回すよ!」
現場が息を吹き返していく。
デジタルが死んだなら、アナログでやればいい。
データの最適化などなくても、人間には知恵と度胸とチームワークがある。クラスメイトたちも「自分にもできること」を見つけ、手探りで、しかし確実に一丸となって動き始めた。
その熱気と団結の輪の真ん中で、オレだけが完全に置き去りにされていた。
(オレは……何もできなかった……。画面がないと、何の価値もない……)
脳内で渦巻いていた悪意のスレッドは少しずつ収まっていったが、代わりに残ったのは途方もない自己嫌悪と敗北感だった。膝に置いた手は震えたままで、立つことすらできない。
その時、眼前にすっと人影が立った。
「……悠」
メイド服のサキだった。汗で額に髪を張り付かせ、息を荒らせながらも、その目はまっすぐにオレを見つめていた。
「なに足止めてんの。あたしたち、超忙しいんだけど」
「サキ……でもオレ、配線も直せないし、アプリも動かないし……リアルじゃ何もできない……」
自虐的に目を伏せるオレの額に、ペチッと軽い衝撃が走った。サキが指でデコピンをかましたのだ。
「バッカじゃないの。画面ばっか見てないで、あたしのこと直接見なよ」
サキはニッと八重歯を見せて笑い、俺の手を強引に掴んで立ち上がらせた。
「数字とかアプリとか、そんなの最初から知らんし! あたしが頼りにしてんのは、あたしたちのために必死に準備してくれた悠でしょ!」
「……一ノ瀬さん」
反対側から、天宮が歩み寄ってきた。彼女は手帳とペンをオレの手に押し付ける。
「データの検索なら誰だってできますわ。ですが……今ここで、私と一緒に困って、汗をかいてくれる『あなた』が必要なんです」
天宮の瞳には、一切の失望も冷たさもなかった。あるのは、ただ一人の仲間としてオレを必要とする強い意志だけだった。
「……っ」
画面の向こうの不特定多数の評価でもなく、アルゴリズムが弾き出したデータでもない。
目の前で生きている二人の少女が、泥臭く泥沼に足を突っ込みながら、オレの手を引いてくれている。
「……紙のメモで、注文のカウントと集計なら……オレでもできる」
「よっしゃ! それで十分! 行くよ悠!」
「手伝っていただきますわよ、我がクラスの『優秀な』システム担当」
オレは震える手でペンを強く握りしめた。
画面上の数値ではなく、目の前の人間の声を聞き、手帳に文字を書き走らせる。
「アイスコーヒーふたつ!」「了解、手書きメモ通した!」「会計、電卓で四百円!」
不器用で、非効率で、泥臭い作業。
けれど、クラス全員で声を掛け合い、手動でトラブルを乗り越えていく空間の温もりは、オレがこれまで画面の中で感じていたどんな「全能感」よりも、遥かにリアルで、誇らしいものだった。
文化祭の喧騒が夕暮れの赤に染まっていく中、オレは初めて、自分の足で現実の現場に立っている実感を噛みしめていた。




