11話:黄昏の片付けと、招かれざる週末
後夜祭の重低音と歓声がグラウンドから響いてくる中、夕闇の迫る教室では、撤収作業が着々と進んでいた。
ダンボールの山、畳まれたメイド服の備品、そして綺麗に拭き上げられた机たち。
あんなに混沌としていた空間が、少しずつ「いつもの教室」へと戻っていく。
「ふーっ! 完売御礼、撤収完了! あたしたち、マジで最強じゃない!?」
サキが腕を大きく伸ばしながら、清々しい笑顔で言った。
「ええ。中盤のトラブルはどうなることかと思いましたが……最終的な売上も目標値を大幅に更新しましたわ。大成功と言って差し支えないでしょう」
天宮も手帳を閉じ、満足そうにうなずいている。
二人はそのまま、教室の隅でゴミ袋を縛っていたオレのもとへ歩み寄ってきた。
「悠、本当にお疲れ様! 最後の集計と注文の管理、超助かったよ」
「ええ、一ノ瀬さんの手動での正確な状況把握がなければ、後半の混雑を乗り切ることはできませんでした。素晴らしいサポートでしたわ」
労うような二人の笑顔と、暖かな言葉。
けれど、その眩しい姿を見上げるたび、オレの胸の奥にはチクチクとした小さなくすぶりが残っていた。
「……二人とも、気を使わないでくれよ」
オレは苦笑いを浮かべ、自嘲気味に視線を落とした。
「オレは……ただ二人に言われた通りにペンを動かしていただけだ。トラブルが起きた時、パニックになって固まって……自発的には何一つできなかった。二人がいなかったら、オレはあそこで完全に終わってたんだから」
『画面』という武器を奪われたオレはただの無力な存在で、泥臭く現場を救ったのは間違いなく目の前の二人だった。自分の情けなさと、眩しすぎる二人との格差に、どうしても卑屈な言葉が口をついて出てしまう。
そんなオレを見て、サキと天宮は顔を見合わせた。
「はあ……また始まったよ、悠の卑屈モード」
サキは呆れたように息を吐くと、ポンとオレの肩を叩いた。
「あのさ、あたしが勢いだけで突っ走れたのは、悠が後ろで正確に数を数えてくれてたからでしょ? アプリがなくても、あたしの雑なメモを完璧に整理してくれたの、誰だと思ってんの?」
「サキさんの言う通りですわ」
天宮も一歩踏み出し、真剣な眼差しでオレを覗き込んできた。
「指示を出すことと、現場を支えることは同義です。完璧なシステムを事前に構築していた熱量も、トラブル時に私達の言葉を信じて手を動かしてくれた柔軟性も、すべてあなただけの『特性』ですわ。謙遜も過ぎれば嫌味になりますよ?」
ギャルらしいまっすぐな肯定と、元生徒会らしい論理的で逃げ道のない評価。
二人はそれぞれのやり方で、オレの卑屈さを真っ向から叩き潰してくれた。
「……二人とも……」
胸の奥が熱くなり、オレは気恥ずかしさに口を噤んだ。
「でさ!」サキがいたずらっぽく目を輝かせる。「そんな優秀な一ノ瀬悠くんに、あたしたちから『特別ボーナス』をあげることにしましたー!」
「え? ボーナス……?」
首をかしげるオレに、天宮がすかさず優雅な笑みを浮かべながら追撃をかける。
「ええ。今回の文化祭の労いと、復旧作業のご褒美として……今週末の土曜日、私とお出かけしていただきますわ」
「は!? ちょっと待って天宮っち、ずるい! 悠、日曜日はあたしとデートだからね! 映えるカフェ巡り行くよ!」
「は……? デート……!? 土曜日と日曜日……両方!?」
思わぬ提案どころか、完全な決定事項として突きつけられたスケジュールに、オレの頭は一瞬でフリーズした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんで土日連続で二人と出かけることになってるんだよ!? オレみたいな奴とデートなんて——」
「はい却下! 卑屈禁止!」
サキがバツ印を作ってオレの言葉を遮る。
「あんなピンチから悠を救い出してあげたんだから、これくらい当然の権利でしょ?」
「その通りですわ。命の恩人の頼みを断るほど、無粋ではありませんわよね?」
天宮も不敵な笑みを浮かべ、逃げ道を完璧に塞いでくる。
「っ……!」
暗闇の絶望から救い出してくれた二人の、圧倒的な存在感と押し。
そして、週末に待っている「ギャルと優等生との個別デート」という未曾有のイベントの重圧に、オレは猛烈な眩暈を覚えた。
画面の中のどんな高難易度フラグよりも恐ろしく、恐ろしくも甘い現実が、すぐそこまで迫っていた。




