12話:仕組まれた参道・悪魔の儀式
土曜日の朝。指定された待ち合わせ場所は、駅前ではなく、市街地から少し離れた落ち着いた雰囲気の古民家カフェの前だった。
私服姿の天宮莉央は、いつもの制服姿とは一味違う、上品な淡い色のワンピースに身を包んでいた。立ち姿一つをとっても隙がなく、思わず見惚れてしまうほどの気品がある。
「おはようございます、一ノ瀬さん。休日にお付き合いいただいて感謝しますわ」
「あ、ああ、おはよう……天宮さん」
「今日は趣向を変えまして、この街の古い歴史と文化に触れて回りましょう。私、こういう古い街並みを歩くのが好きなんですの」
どこか控えめで、年相応の少女らしい笑みを浮かべる天宮さん。
(なんだ……もっと凄まじい場所に連れていかれるかと思って身構えてたけど、意外と普通の和風歴史散策デートだな……)
オレは内心でほっと息を吐き、完全に油断していた。
◇
「こちらの老舗和菓子店ですが……実は創業三百年で、ネットのグルメサイトには一切情報を載せていないんですの」
「え? ネットにない? でも、なんで天宮さんは知ってるんだ?」
「ふふ、我が家と古くからお付き合いがございますので。店主さん、私たちが来ると分かって特別に奥の茶室を開けてくださいましたわ」
(我が家と古くから……?!私たちが来ると……??)
脳内警報が鳴り響くが、出されたお菓子と茶の味は、オレの拙い語彙力では表現できないほど絶品だった。
店主の老人が、女子高生である天宮さんに対して「莉央様」と呼び、まるで本物の姫君に対するかのように深々と頭を下げている光景に、オレは異様な圧迫感を覚え始める。
「ふふ……母はこのあたりの伝統と芸能の雅に対する権威ですの」
(さらっとなんか怖いこと言ってる……)
「次はあちらの庭園へ行きましょうか」
天宮さんのエスコートに従い、街を巡る。
老舗の料亭、一般公開されていない旧家の庭園、歴史ある骨董店。
どこへ行っても、ネットには一文字も載っていない「本物の情報」と「特別な破格の扱い」がオレたちを迎えた。
(な、なんだこの街……? いや、天宮さんのバックボーンはどうなってんだ……!?)
オレが得意になっていた「スクレイピング」や「ネット検索」など、この世界の前では玩具にすらならない。検索エンジンがインデックスすらできない、日本の裏側に脈々と息づく「本物の情報網と権威」
しかも、恐ろしいのはそれだけではなかった。
「一ノ瀬さん、少しお腹が空きませんでしたか? あなたが先ほどから三度ほど視線を送っていた、あちらの割烹へ参りましょう」
「えっ……!? いや、オレ何も言ってないぞ!?」
「人間の目線の動きと、歩幅の無意識な変化を見れば分かりますわ。母から仕込まれた伝統芸能の『仕草の洞察』に比べれば、あなたの心理を読むなど造作もないことです」
言葉を失うオレに、天宮さんは可憐に微笑む。
オレが「たまたま選んだ」と思っていた立ち寄り先も、「ふと食べたいと思った」昼食も、すべて——天宮さんがオレの心理を100%誘導し、歩くルートから発言のタイミングまで完璧にコントロールしていた結果だったのだ。
オレは最初から、彼女が描いたシナリオの上で踊らされていた役に過ぎなかった。
◇
夕暮れ時。朱色に染まる長い石段を登りきった先にあったのは、街を一望できる広大な敷地を持つ、重厚な神社だった。
「ここは……?」
「ええ、父が宮司を務めます、本家の大神社ですわ」
静まり返った境内に、朱色の鳥居が夕日を浴びて浮かび上がっている。
本殿の前まで来ると、神職の衣装を着た大人たちがズラリと並び、オレたちを迎えて深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ、莉央様。お連れ様も、お待ちしておりました」
「な……なんですか、これ……?」
恐怖で冷や汗が吹き出し、後ずさりしようとしたオレの腕を、天宮さんが逃がさないと言わんばかりに、優しく、けれど絶対に解けない力加減で絡めてきた。
「一ノ瀬さん。文化祭でのあなたの立ち回り、そして本日のデートでの私の誘導に対するあなたの反応……全て観察させていただきましたわ」
彼女は夕日を背に受け、まるで舞台の上の大女優のような、悪魔的で美しい笑みを浮かべた。
(これはマズイことになってきている……脳内スレッドが立つ間もなくリアルに侵食されている!)
「ネットの虚構に頼らず、私のアナログな問いかけに必死に応えようとするあなた……やはり、私の『裏の顔』を見せる相手として、これ以上の人材はおりません」
拝殿の奥から、豪華な三方と三杯の盃、そして祝儀の品々が静かに運ばれてくる。
「え……あの……天宮さん……? これって……」
ガタガタと膝を震わせるオレの耳元に、天宮さんは甘く、絶対に逃げられない「権威の宣告」を囁いた。
「さあ、一ノ瀬さん。——結納いたしましょう?」




