13話:爆音の神域、特攻服の天使
拝殿に満ちる、厳かな雅楽の調べと香の匂い。
目の前に並べられた白木のお三方と三杯の盃。そして、逃げ場を完全に塞ぐように控える神職たちの視線。
「さあ、一ノ瀬さん。お盃を」
天宮莉央が、完璧に計算された美しい所作で盃を差し出してくる。
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【絶体絶命の名無し】@Yunose
やばいやばいやばい!! 逃げたい、今すぐ全力で逃げ出したい!!
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【絶体絶命の名無し】@Yunose
学校出会うだけでは、天宮莉央という少女が、「有名神社の宮司を務める父」と「日本の伝統芸能と雅の全てを統べる母」のもとで育った、正真正銘の「権威と人心掌握の英才教育」を受けた秀才であるということをどうやって知る?
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心の中では悲鳴を上げていた。だが、歴史と伝統が織りなす荘厳すぎる空気と、天宮さんの「絶対不可侵の権威」を前に、オレの身体は金縛りに遭ったように指一本動かすことができなかった。声を出すことすら許されないような重圧。このまま盃に口をつけたら、オレの高校生活どころか人生が確定してしまう——。
まさに、オレが絶望の淵で目をつぶった、その瞬間だった。
バババババババババッ!!!
静寂に包まれていた境内に、あまりにも神聖冒涜な重低音の爆音が鳴り響いた。
「な……なんですの……!?」
天宮さんの完璧な笑みがピキリと凍りつく。
直後、拝殿の敷居を勢いよく跨いで現れたのは——改築された大排気量バイクのエンジン音を背に受け、長い金髪をなびかせた黒木サキだった。
「悠! 夜露死苦見参! 迎えに来たよー!!」
「サ、サキ……さん!? なんでここに……!?」
「問答無用、御意見無用! 天地無用!!さあ、悠こっちへ!」
サキは神職たちの制止を軽やかな身のこなしでかわすと、呆然としていたオレの腕を強引に掴み上げ、そのまま抱え込むようにして境内の外へと引っ張り出した。
「な……っ!? お待ちになって、黒木さん!!」
プライベートを完全に秘匿し、完璧な隠密性を保っていたことに自信を持っていた天宮さん。
想定外の出来事に、今まで見たこともないほどなりふり構わず焦りの声を上げる。
「なぜ……! なぜあなたがここを特定できたのですか!? 私は今日、あなたにも誰にも行き先を完全に秘密にしていたはずですわ!!」
立ち塞がる天宮さんに対し、サキはオレを背中に庇いながら、ニッと八重歯を覗かせて笑った。
「そりゃ秘密にしてたでしょうねー。でもさ、天宮っち。今日は休日で、悠に『ネットアクセス禁止』の制約なんかかかってないんだよね」
「……え?」
「悠とあたし、今日ずっと裏でメッセージのやり取り受発信してたんだわ。『なんかネットに載ってない凄い料亭来た』とか『天宮さんの誘導が怖すぎる』とか、悠がスキを見てSOS送ってきてくれてたの。位置情報もバッチリ共有されてまーす!」
「そんな……私は、一ノ瀬さんに信用……されていない……?」
天宮さんがショックで絶句し、胸を押さえてわずかに後退る。完璧な策略家が、初めて見せた崩壊の隙。
だが、サキは容赦なく追撃のツッコミを叩き込んだ。
「ショック受けてる場合!? 信用もなにも、まだあたしたちの勝負も決着もついてないうちから、実家パワーで既成事実作ろうとしてる天宮っちの方が圧倒的にズルいでしょーが!!」
「くっ……! それは……!」
ぐうの音も出ない正論に、天宮さんが言葉を詰まらせる。しかし、すぐに鋭い眼差しを取り戻し、サキを睨みつけた。
「ですが、ここは我が天宮家の神域……! いくら位置情報が分かったところで、この厳重な警備を突破してここまで入って来られるはずが——」
「あはは! そんなの突破するの? 超余裕だし!」
サキは豪快に笑うと、くるりと背中を天宮さんに見せつけた。
そこに刺繍されていたのは、金糸で躍動する絢爛豪華な龍と、不吉なまでに厳めしい漢字の羅列。
『暴走卍天使 三代目総長 黒妃』
普段のギャル服からは想像もつかない、本物の【特攻服】だった。
「な……ッ!?」
「うちの組のバイク隊で参道サクッと固めさせてもらったから。天宮っちのトコが『伝統と雅のアナログ』なら、あたしは『現場と気合いのアナログ』代表なわけ!」
サキは驚愕に目を見開く天宮さんに向かって指をさすと、オレをバイクのリアシートに押し込めた。
「ってわけで悠はも~らい! 明日はあたしとのデートなんだから、フライング回収させてもらうからねー!」
「サキ、待ちなさい! 一ノ瀬さんを返しなさいーーっ!!」
完璧なお嬢様のなりふり構わぬ叫び声を背背に、サキはアクセルを大きく吹かした。
爆音とともに境内を駆け抜け、朱色の鳥居をくぐり抜けて夜の街へと飛び出していく。
(……助かった……けど、ギャルの裏の顔が『暴走族の総長』ってどういうことだよ!!??)
疾走するバイクの後ろでサキの細い腰にしがみつきながら、オレは新たな絶望と暴走するリアルの熱量に、再び猛烈な眩暈を覚えるのだった。




