7話:秋空の決着
「……っ、二人とも、落ち着いてくれ!!」
限界を迎えたオレは、絞り出すような声で叫んだ。
「どっちの派閥に入るか、どっち専属になるか……そんな極端な二者択一をするからおかしくなるんだ! オレにだって生活と平穏ってものがある!」
二人がピタリと動きを止め、じっとオレを見つめてくる。オレは冷や汗をダラダラと流しながら、必死に頭を回転させて提示できるギリギリの「折衷案」を叩きつけた。
「オレは生徒会役員にも、文化祭実行委員にもならない!……その代わり! 『ご意見番』として、両方の相談に等しく乗る! 生徒会の書類チェックも、ギャル組の企画立案も、裏からアドバイスする形で貢献する!! これならどっちの派閥の勝ち負けにもならないし、双方にメリットがあるはずだ!」
つまり、「どちらの所有物にもならず、両方に等しく顔を出す」という第三の道。
「……ご意見番、ですか」
天宮さんが顎に手を当て、思案するように目を細める。
「え~っ……それって、悠が完全に私のものにならないってことじゃん」
サキが不満そうに唇を尖らせる。
「だが!」オレは必死に追撃した。「どちらか一方に完全に奪われるよりはマシだろ!? オレが片方に偏ったら、もう片方は絶対に納得しない! この形なら、二人ともオレと『関わる口実』は等しく残る!」
二人は一瞬、鋭い視線を交錯させた。
(頼む……乗ってくれ……! ここで破談になったらオレは屋上から飛び降りるしかない……!)
バチバチと火花が散るような無言の牽制が数秒間続いた後、先に息を吐いたのは天宮さんだった。
「……ふふ、賢い選択ですわね、一ノ瀬さん。確かに、私には自信がありますが、黒木さんの嫉妬で派閥の全面戦争では文化祭も何もありません……一旦はその妥協案を受け入れて差し上げますわ」
「ちぇ~……まあ、あたしが勝つけど、それで炎上失敗はサイアクだからそれよりは百倍マシだけどさ。でも悠、放課後の相談タイムは絶対に半分ずつだからね! バレたら承知しないから!」
「……助かった……」
オレはその場に膝をつきそうになるのを必死で耐えた。
◇
屋上での絶体絶命の危機を「ご意見番」というギリギリの折衷案で切り抜けたオレは、半ば魂の抜けた状態で帰宅を果たした。
自室のベッドに倒れ込み、天井を仰ぐ。
「……生き残った……マジでリアルでもネットでも命拾いした……」
深々と溜息を吐き出しながら、習慣化された動作でスマホを取り出し、画面のロックを解除する。いつものようにSNSのタイムラインを開き、タイムゾーンの違う海外のバズ動画を眺め、匿名掲示板の雑談スレッドを高速スクロールで巡回する。
TLの海へ潜る。それがオレにとって最も慣れ親しんだ「現実の処理方法」であり、脳を正常な状態に戻すためのクールダウン作業だった。
文字情報、画素で構成された画像、圧縮された音声データ。ネットの世界はどこまでも予測可能で、論理的で、そして安全だ。炎上も騒動も、キーボードと画面越しであれば分析し、コントロールすることができる。
……だが。
(……くそっ、集中できない……)
どれだけタイムラインのテキストを追いかけようとしても、脳の記憶領域に強烈なノイズが割り込んでくる。
ふと自分の右腕と左耳のあたりに、残像のような感覚が蘇る。
天宮さんが耳元で囁いたときの、整った黒髪から漂う洗練された高級感のある香水と、肌を掠めた吐息の熱。
サキが腕を抱きしめてきたときの、ギャル特有の甘いココナッツのような香りと、腕全体を包み込んだ信じられないほど柔らかい感触と圧迫感。
(な、なんだありゃ……リアルな女子の接敵破壊力、高すぎだろ……!?)
いくら高画質な4K動画だろうと、どれだけ詳細な文章表現だろうと、「触れた肌の熱」「柔らかい肉の弾力」「直接脳を揺らす匂い」なんてデータはどこにも存在しない。ネットの世界をどれだけ深潜りしても、その感覚を処理・分類・圧縮するためのプロトコルを、オレの脳は持ち合わせていなかった。
「あー……もうっ! 落ち着けオレ! 落ち着け!!」
枕に顔を押し付け、ジタバタと足をバタつかせる。
画面の中の情報なら「これは炎上マーケティング」「これは対立煽り」とラベルを貼って処理できる。だが、ダイレクトに五感を殴りつけられたあのアナログな刺激はどうラベルを貼ればいい?
『天宮莉央の裏の顔』と『黒木サキの無防備なデレ』。
ネットの住人として高みの見物を決め込んでいたはずのオレの防壁は、彼女たちの物理的なアタックによって跡形もなく粉砕されていた。
スマホの画面では、相変わらずクラスのグループTLや掲示板が「一ノ瀬ご意見番就任」の話題で盛り上がっている。
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【クラスメイトB】@school_anon2
一ノ瀬が両方の相談役になるとか、実質クラスのフィクサーじゃんwww
【裏垢ニュース】@2_3_news_sekai
【速報】一ノ瀬悠、二大派閥の「中立地帯」として君臨。両ヒロインを侍らせるポジションを獲得か?
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「侍らせるわけねぇだろ! 命懸けの停戦協定だよ!!」
画面の中の呑気な書き込みにツッコミを入れつつも、オレは熱を持ったままの顔を両手で覆った。
ご意見番になったということは、これから毎日、放課後になれば天宮さんやサキと「至近距離」で向き合うことになる。
画面越しではない、生の彼女たちの破壊力に、オレの童貞メンタルがいつまで耐えられるのか——。
暗い部屋の中で、スマホのブルーライトに照らされたオレは、答えの出ないもだえを延々と続けるしかなかった。




