5話:褐色の天使の本質
「よーし! それじゃ、今日の文実(文化祭実行委員会)打合せ始めるよー!」
生徒会での見学を終えたその足で、俺は黒木サキに連れられ、熱気にあふれる美術室へとやってきていた。
黒木は教壇の前にドンと立つと、腰に手を当てて仕切り始める。
「大正浪漫カフェの衣装と装飾だけど、袴とメイド服をミックスした和洋折衷デザインで行くから! 異論は認めませーん!」
「えーっ、サキちゃん強引すぎ!」「もっと派手なギャル服っぽいのも着たくない?」と、周囲のメンバーから口々に不満や対立意見が飛び交う。
一見すると、黒木は持ち前のノリと強引さで一方的に場を仕切っているように見えた。だが、部屋の隅のパイプ椅子からその様子をぼーっと眺めていた俺の脳内タイムラインには、まったく別の構造が見え始めていた。
----------
【黒木サキ】@kuroki_saki
「袴メイド一択でしょ! 反論ある奴はかかってきなー!ww」
└ リプライ 15件
----------
あえて強い断定(極論ポスト)を投下し、タイムラインを意図的に荒らす(レスバを発生させる)。
----------
【メンバーA】@gal_member_a
「えー、もっと露出高めのギャル系衣装の方が映えない?」
【黒木サキ】@kuroki_saki
「露出高すぎると先生に怒られて即ボツだし! 逆にダサくない?」
【メンバーB】@gal_member_b
「じゃあレースとかフリルマシマシのロリータ寄りは!?」
----------
(……あ、なるほど)
俺は思わず息を呑んだ。
黒木は横暴に仕切っているんじゃない。あえて煽り気味の強い意見をぶつけることで、みんなの本音やアイデアを意図的に引き出している(レスを回収している)のだ。
黒木は対立意見が出ても嫌な顔一つせず、むしろ嬉々としてそれを受け止め、議論を白熱させていく。
「なるほどね! ギャル系はNGだけど、レースマシマシのフリルなら袴に合わせてもエモくない? 採用!」
「え、マジ!? サキちゃん分かってる〜!」
各自の不満ややりたいことを限界まで吐き出させ、それを全部汲み取った上で、最終的な決め手として自分の「決定権」を使っている。
天宮が「自分の思い通りに誘導する狡猾なインフルエンサー」なら、黒木は「炎上すら燃料にして全員の本音をまとめ上げる熱血管理職」だ。
(……めちゃくちゃ気遣い屋じゃん)
自分が強引な悪役を引き受けることで、誰も不満を残さない「全員参加の空気」を作り出している。不器用でストレートだが、そこには黒木なりの圧倒的な優しさと熱量が詰まっていた。
◇
「ふぅーーっ! 今日の打合せも超盛り上がったね!」
放課後が終わり、メンバーたちが満足そうに帰っていった後。夕日の差し込む美術室で、黒木が大きく伸びをした。
「どうだった悠? あたしの文実! 生徒会より絶対楽しいっしょ?」
得意げに胸を張り、眩しい笑顔で感想を求めてくる。
「……すごかったよ」
俺はぽつりと呟き、ポケットのスマホを触りながら口を開いた。
「黒木がめちゃくちゃ強引に見えて、実は誰よりも気遣い屋だってことがよく分かった」
黒木の動きが、ピタリと止まる。
「……は? 気遣い? あたしが?」
「最初にあえて極論を言ってたろ。みんなに『それは違う』って本音を言わせるために。対立意見を煽って汲み取りつつ、誰も置いていかないようにまとめて、最後に自分が責任を持つ形で『これで決まり!』って言ってた。……あんなの、めちゃくちゃ周囲を見てないとできないよ」
静寂が美術室を包み込む。
夕日を背にした黒木の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「な、ななな……何言ってんのあんたバカじゃないの!?」
黒木はパニックになったように腕をぶんぶんと振り、ガタガタと音を立てて身を乗り出してきた。
「あたしはただ! 自分のやりたいようにやってるだけで! 気遣いとかそういうのホント意味分かんないし!!」
ツンとそっぽを向くが、耳まで真っ赤になったギャルは、分かりやすすぎるほど動揺していた。
天宮が「仮面の下に本性を隠した悪魔」なら、黒木は「強気な仮面を被った純粋すぎる天使」だった。
(……ダメだ、この二人、どっちも重すぎる)
本音を暴かれた照れ隠しで「もう悠のバカ! 明日も絶対来なよ!」と赤面しながら叫ぶ黒木の姿に、俺の脳内TLには再び大量の「混乱」という通知が暴走し始めていた。




