4話:悪魔優等生の正体
「では一ノ瀬さん、こちらが生徒会室です」
案内された生徒会室は、静謐で洗練された空間だった。
天宮莉央は自席に着くと、胸ポケットから銀縁の眼鏡を取り出し、静かに装着した。
(……ん? 眼鏡?)
クラスにいる時の彼女は裸眼だ。
少し丸みのあるフレームを鼻梁に乗せた瞬間、彼女の空気感がガラリと変わった。
どこか近みがたかった雰囲気が一変し、真面目で、知的で、隙のない「完璧な生徒会長」としての記号が完璧に完成される。
(なるほどな……普段はかけてない伊達眼鏡か。見た目から『清廉潔白な優等生』を演出するための小道具ってわけだ)
タイムラインに流れてくる自撮りフィルターのように、彼女は眼鏡というフィルターを通すことで、周囲からの見え方を完璧にコントロールしている。
天宮は淀みない動作で次々と資料を整理し、集まった役員たちへ的確に指示を出していく。その所作の一つひとつ、眼鏡のフレームをすっと指先で押し上げるタイミングすら、計算し尽くされた演技に見えた。
生徒会役員たちはみな彼女に強い信頼を寄せており、会議は終始和やかに、かつ効率的に進行していく。
(……すごいな。演技が徹底されすぎてる)
一見すると、天宮が持ち前の品格と努力で生徒会を理想的に引っ張っているように見える。
だが、端のパイプ椅子に座ってじっとその様子を観察していた俺の脳内タイムラインには、違った違和感が浮かび上がり始めていた。
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【天宮莉央】@amamiya_rio
「今年の文化祭予算案ですが、皆さんの意見を優先したいと考えています。A案(従来の展示)とB案(参加型展示)、どちらが良いと思いますか?」
└ リプライ 4件
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一見、役員たちの自主性を重んじる問いかけ。
だが、天宮が提示する比較資料のまとめ方、根回しの順番、発言のタイミング――それら全てが、巧みに「B案」へ導くように計算し尽くされている。
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【役員A】@student_council_a
「天宮さんの意見を聞いてると、やっぱりB案の方が生徒の満足度が高そうですね!」
【天宮莉央】@amamiya_rio
「素晴らしい着眼点ですね。役員Aさんのご提案を採用しましょう」
└ 引用ツイート 2件
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(……なるほどな)
俺は心の中で冷や汗をかいた。
天宮は自分から答えを押し付けない。誘導尋問と情報コントロールによって、相手に『自分たちの意志で決めた』と思い込ませているのだ。
自分の手は一切汚さず、周りの承認欲求を満たしながら、100%自分の思い通りの結果へと収束させる。圧倒的な優秀さと、それを裏打ちする血の滲むような準備。そして何より――恐ろしいほどに狡猾なインフルエンサー的コントロール術。
(天使の皮をかぶった、とんだ策士だ……)
◇
「ふぅ……今日の業務はこれで終わりです。お疲れ様でした」
放課後の終わり。他の役員たちが解散し、夕日が差し込む生徒会室に俺と天宮の二人だけが残された。
天宮は机の上の資料を几帳面に整えると、ふうっと息を吐き、鼻梁の上の眼鏡をそっと外した。
その瞬間、彼女の瞳から「優等生」としての作った光が消え、どこかアンニュイで冷徹な素の表情が露わになる。
「さて、一ノ瀬さん。私の生徒会での活動を見ていただいて、どうでしたか? 少しは生徒会の魅力が伝わったでしょうか」
演出用の笑顔を消したまま、素のトーンで感想を求めてくる。
「……すごかったよ」
俺はぽつりと呟き、ポケットの中のスマホの上で親指を滑らせるイメージをしながら口を開いた。
「天宮さんがめちゃくちゃ優秀で、努力をしてるのはよく分かった。……でも、一番すごいのは『全員に自分の意志で選ばせたと錯覚させているところ』だな。その眼鏡も含めて、全部『完璧な生徒会長』を演じるための演技だろ?」
天宮が眼鏡を折りたたむ指先が、ぴくりと止まる。
「……どういう意味でしょうか?」
「さっきの文化祭予算の件も、役員Cの提案を却下した流れも、全部最初から天宮さんのシナリオ通りだろ。会議発言の誘導が完璧すぎる。みんな『天宮さんに協力して自分たちが良い決定をした』って満足気だったけど、実際は掌の上で転がされてただけだ」
静寂が生徒会室を支配する。
夕日の赤が、天宮の横顔を濃く影取る。
彼女は外した眼鏡を手に持ったまま、数秒間無言で俺を見つめたあと――くすっと、小さく口元を緩めた。
「……ふふっ。あはは……っ」
それは、クラスの誰も見たことがない、少し意地悪で艶やかな笑みだった。
眼鏡のフレームでそっと顎を突くようにしながら、天宮は「演技」の仮面を完全に脱ぎ捨て、黒い瞳で俺を射抜くように見つめてきた。
「流石ですね、一ノ瀬さん。……そこまで正確に見抜かれたのは、生まれて初めてですよ」
耳元に近づいてきた天宮が、秘密を共有するように低く囁く。
「他の人たちはみーんな、私の思い通りに動く可愛い人形ですから。……ねえ、やっぱりあなた、私側に置くしかありませんね?」
本性を現した天宮莉央の笑みに、俺の脳内TLは再び大炎上を起こし始めていた。




