40話:家族の食卓と、導き出した適性
家に帰ると、ダイニングの明かりが温かく灯っていた。
「ただいま……」
「おかえり」
母・冴子が待っていた。
「学校で倒れたんだって?」
「う、うん……」
まったく、と呆れたように言いながらも、テーブルには温かい夕食がきちんと用意されていた。しかも、そこには珍しい人物の姿もあった。平日には仕事でめったに顔を見せない父が座っている。
「父さん?」
「おう、久しぶりだな、悠」
「なんで平日に……?」
「息子の一大事って聞いたからな。飛んできたさ」
「そこまで大げさじゃ……」
「あたしが呼んだのよ」
母が腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
「人との関わり合いを面倒くさがるお前が、わざわざタイプの違うお嬢さんを二人も連れて来たと思ったら、今度は進路で悩み過ぎて学校で倒れた。人生最大の岐路に立っているんだから、父親だって立ち会って助言すべきだと思ったからね」
「……」
父は普段、設計技師として公共事業や大きな建設現場を飛び回っており、一度現場に入ると数ヶ月は家に帰ってこないことが多い。今は確か——。
「リニア計画の新しい駅の建設現場だったような……よかったの?」
「あぁ、そうだな。……まあ、駅の建設なんぞ、現場の人間が一人くらい抜けただと慌てるようなスケジュールじゃ困るが、息子が倒れたと聞いては居ても立ってもいられなくてな」
「駅なんぞ逃げも隠れも至難だから、人が一人抜けたくらいでフォローできないなら、そんな計画あたしだったら止めるね」
母さんは厳しい……が、組織の在り方に対しては正論なんだろう。
「おいおい、そういうもんじゃないんだが……まあ、状況は十分に理解した」
相変わらず家庭内では母の圧倒的なペースに巻き込まれる父だが、どこか優しく、穏やかな目をオレに向けた。
「ところで、お前のその『彼女たち』ってのはどんな——」
「あなた。その話は今回の件のきっかけにすぎません。今大切なのは悠の将来の話です」
「はいはい……」
父さんはきっと、息子に出来たガールフレンドが今のオレにとって将来よりも影響が大きいってことを言いたかったんだと思うけど……母さんのひと睨みで、あっさり話題を変えた。
一ノ瀬の家庭事情が良くわかるし、オレもこうなるのだろうか……などと余計なことを考える。
「人生の設計なんて、国の大きな事業と違って、計画変更なんか幾らでもきく。今ある条件の中で、よく考えればいいじゃないか。設計だって、昔は手書きで図面を引いていたが、今はCADが主流だしな……時代が変わればやり方も変わるさ」
「あたしは何にしても、中途半端な生き方は許さないからね」
「おい、悠はさっきまで倒れてたんだぞ。きっと頭の中で色々複雑に考えすぎたんだろうし、あまりそういう圧力を……」
「なんですって?」
「いや、今の時代、家庭内でもそういうプレッシャーはパワハラとか言われることもあるらしいからな……」
「分かっているよ、父さん、母さん」
二人の言い合いを眺めながら、オレは静かに箸を置いた。
ずっと、帰り道に考えていたこと。
(天宮とサキは、何でボクの事を認めてくれたんだっけ……)
あの修学旅行のドタバタ、そしてこれまでの日々。
あれがきっかけで、クラスの派閥争いは「どちらかを潰すこと」ではなく、「どう収束させるか」という一点へと争点が変化していった。
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【最終決断・オブザーバーの存在意義】
1:【冷静のオレ】
派閥そのものは完全に消えていない。だが、志摩さんと神原のように、壁を越えて結ばれる人間も出てきた。今までは二人のヒロインの機嫌を取るために折衷案を考えてきたが、このままでは、いつか二人が決定的な決裂をしたときに選べなくなる。
2:【熱血のオレ】
じゃあ、二人のどちらかを選ぶのか!? それとも逃げるのか!?
3:【中立のオレ(オブザーバー)】
いや、違う。……不可能を可能にするには、発想を「とんち」ではなく根本から変えればいい。
僕が自分の明確な意志とビジョンを持って、「二人が自ら納得して選ぶように仕向ける」ことはできないだろうか? つまり、「どちらかを選択する」のではなく、「二人に選択させる(=未来をデザインする)」ための環境を作るのか……?
4:【冷静のオレ】
[解]分析完了。君は「どちらかに流される人間」ではなく、「複雑な利害関係を調整し、最善の道筋をデザインする仲裁」にこそ卓越した適性がある。
——脳内会議終わり。
オレは顔を上げ、心配そうに見つめてくる両親を真っ直ぐに見据えた。
「僕はどうやら、誰かと誰かの間に立って問題を解決したり、物事のバランスを取る仲裁が得意みたいだ。だから……複雑な人間関係や課題を整理し、構造化して解決するために頭を使う職業が、きっと向いていると思う」
一瞬の静寂のあと、父と母は顔を見合わせ、そして深く頷いた。
「……そうか」
父が、どこか誇らしげに小さく笑った。
「自分の頭で考えて、ようやく答えを見つけたんだな」
母も、厳しかった表情をふっと緩め、「……まあ、中途半端に流されるよりはずっといい答えじゃない」と、お代わりのご飯をよそい始めた。
自分の意思という核を持たなかった「傍観者」が、初めて自分の足で描き出した、最初の一歩だった。




