最終話:覚悟の十字路、決意の進路希望
自宅の食卓で両親と語り合い、進むべき「向き」を見定めた夜。
自分の部屋に戻ったオレの頭の中では、これまでの日々が怒涛のようにフラッシュバックしていた。
——保健室で聞いた古賀崎先生や花鶴先生の「誰かのためではなく、自分のために選べ」という言葉。
——天宮の緻密な未来設計と、サキの泥臭くも温かい人と関わる生き方。
——そして、これまでの修学旅行や球技大会で、二人に翻弄されながらも、いつの間にか「二人のために、そして自分自身の意思で」動いていた自分自身の足跡。
これまでのように、ただ中立を守ってトラブルから逃げるだけの「傍観者」でいることは、もうできない。
二人の女の子に振り回されるだけの関係から、いつか彼女たちを、そして迷える誰かを本当に大切にできる存在になるために——。
オレの脳内で、最後にして最大の『脳内スレッド会議』が激しく炎を上げて戦い始めた。
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【最終審議・一ノ瀬悠の進路と決意】
1:【冷静のオレ】(青ネーム:論理担当)
分析を完了する。天宮の完璧なレールにも、サキの泥臭い現場にも、そのまま乗っかるのは違う。僕がやるべきは、二人の間に生じる亀裂や、人間関係の澱を構造化し、双方が納得できる「架け橋」を築くことだ。
2:【熱血のオレ】(赤ネーム:本能担当)
つまり、今まで僕がやってきた「仲裁」や「バランス取り」を、一時的なその場しのぎじゃなくて、プロの技術として極めるってことか……!?
3:【中立のオレ(オブザーバー)】
その通り。僕は誰かを裁く裁判官にはなれない。けれど、傷つき、迷い、社会との折り合いに苦しんでいる人の隣に立ち、その心の声をすくい上げて整理を支えることならできる。
4:【冷静のオレ】
[結]……そのためには、高度な専門知識と、人間心理への深い洞察が必要だ。逃げの進学ではない。僕自身の意志で、その道を切り開くために大学を目指す。
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カチャ、と机の上のペンが置かれる。
迷いは、もう消えていた。
◇
翌朝。
朝の冷たい空気が漂う2年B組の教室に、一ノ瀬悠が足を踏み入れた。
いつもなら、どこか気まずそうに目を泳がせたり、面倒くさそうに席についたりしていたはずの悠。だが、今朝の彼の纏う空気は違っていた。背筋がスッと伸び、その瞳には自分の意思で未来を見据える強い光が宿っている。
「……あれ?」
窓際に座っていた天宮さんが、ハッと息を呑んでペンを止めた。
「……悠?」
斜め後ろの席から近づいてきたサキも、何かを感じ取ったように目を見開く。昨日の今日とは思えない、あまりにも凛としたたたずまいに、二人は言葉を失っていた。
教室の教壇付近では、担任の古賀崎先生が腕を組みながら、その様子をじっと眺めていた。
そして、フッと不敵で、しかしどこか満足げな笑みを浮かべる。
「ほう……。どうやらお前なりの、泥臭くて真っ直ぐな結論にたどり着いたみたいじゃないか、一ノ瀬」
先生に促されるまま、オレは昨夜書き上げたばかりの『進路希望調査票』をトレイへと真っ直ぐ持って歩き、置いた。
そこに記されていた文字を、背後から覗き込んだ古賀崎先生が思わず声を漏らす。
——そこには、力強い筆跡でこう書かれていた。
【公認心理士・臨床心理士・カウンセラー】
ふと振り返ると、天宮さんとサキが信じられないものを見るような目で、その用紙とオレの顔を交互に見つめていた。
他人の敷いたレールでも、ただの早い者勝ちの競争でもない。悠が自分の頭で考え抜き、他人のために、そして自分のために選び取った「人と社会の架け橋」としての未来。
誰かに流されるのではなく、自分の足で立ち、多難な道をも進もうと決意したその男の顔に——。
天宮さんは胸の前でキュッと手を強く握り締め、潤んだ瞳でふっと誇らしげな笑みを浮かべた。
「……まったく、どこまで私を驚かせれば気が済むのですか、悠さん。ですが……そんな貴方だからこそ、私は惹かれたのですわ。応援していますわね、未来のカウンセラー様」
そしてサキは、少しだけ頬を真っ赤に染めながらも、照れくさそうに、しかし誰よりも力強く鼻をすすった。
「……ずるいじゃん、そんなかっこいい顔されたらさ! ……でも、悠が自分の足でその道を選ぶなら、あたしも全力で応援してやるからな! 何かあったら、いつでもあたしが話聞いてやるんだから!」
二人の瞳に宿るのは、かつての「マウントの取り合い」のような意地ではなく、同じ未来を見据える彼への深い敬意と、揺るぎない好意だった。
——傍観者だった男の選んだ道は、二人のヒロインの心をさらに深く捉えて離さないのだった。
「ありがとう、天宮さん、サキ……ずっと二人のことを考えていたんだ。本当だ。だけど、二人からどちらを選ぶのか?と問われてそこに葛藤してきたオレは、最初は言葉を濁して逃げるしか浮かばなかった」
「私たちのことをもっとよく知りたいから……って言いましたね」
微笑む天宮さんの瞳の奥には、すべてを見通していたかのような知的な光が宿っている。
「あたしは、あたしを選んでくれるって信じてたんだけどな」
ぽつりと零されたその言葉には、悔しさだけでなく、どこか諦めにも似た切なさが混じっていた。
思えばサキは、表向きは猪突猛進に見えながらも、いつも周囲の空気を読み、必要以上に派閥同士が険悪にならないようバランサーとして立ち回ってくれていた。
オレと天宮さんの関係が決定的に壊れてしまわないよう、無意識のうちに一線を守り、支えてくれていたのだ。その不器用な優しさに気づけなかった自分が、少しだけもどかしかった。
「二人とも魅力的な女性で、どっちを選ぶなんておこがましい。でも、オレは自分の道を見つけた気がするんだ。二人とこんなにも親しく話すことがなかったらたどり着けなかった」
「よしよし、いい感じだな一ノ瀬」
赤くなっている二人のヒロインの後ろから現れた古賀崎先生はニコニコしている。
「はい、先生ご心配おかけしました」
「ぬふふ……心配はこれからだ。お前の進路はなかなかの困難な道筋だ。たんに進学するだけでなく、院も踏まえての進路になるだろう」
「えっと……?」
「ばかもん、お前の今の成績だと来年の努力は……いや、今から目指すべき道のためには勉強は山ほどあるぞ」
「あーえっと……明日からではだめですか?」
「そういう奴の明日は永遠に来ない。明日になれば『明日から』とずっと先延ばしにするからな」
「大丈夫です先生、私が今日から一ノ瀬君を私が指導します」天宮さんが胸を張る。
「じゃあさ、あたしが悠のメンタルケア担当ってことで特等席もらい!」
サキがパッと明るい笑顔を作って割って入れば、天宮さんはすかさず冷ややかな視線を向けた。
「……それって、これまでとやっていることが何も変わらないんじゃぁ……」
悠は、困ったようにツッコむ。
「ちがうわよ! 前のはただの陣取り合戦だけど、今の悠はちゃんと自分の進む方向を自分で見つけたんだから!」
頬を膨らませて言い返すサキに、天宮さんもやれやれといった風に小さく息をつくが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
<おわり>




