37話:進路の十字路と、二人の未来予想図
放課後の静まり返った図書室の一角。
例によって呼び出された二人の中立をオレは取って場所も中立にした。
窓の外では冬の冷たい木枯らしが吹き抜けているというのに、オレの目の前で展開されている空間だけは、あまりにも熱量が高すぎて酸欠になりそうだった。
「――というわけで、私の進路設計はすでに完璧にデザインされておりますわ」
テーブルの上にパチンと置かれた一枚のファイル。
そこには、国内トップクラスの名門大学への進学実績、経営学の専攻、そして卒業後は母親の事業を継ぎ、グローバルな市場へと打って出るための数カ年計画が、美しく完璧なガントチャートとなって描かれていた。
「いや、あの……これ、何の自慢なんだ……?」
呆然としながら呟くオレの隣で、サキも「スケールがデカすぎてちょっと引くレベルなんだけど……」と、呆れている。
だが、天宮さんは微塵も動じず、むしろ誇らしげに胸を張る。
「自慢ではありませんの。これは揺るぎない『事実』です。市場調査とデータ分析に基づき、グローバル企業の経営において不足しているピース——それは、冷徹な数字やAIには決して代替不可能な『人間の心理ケア』と『柔軟な対話能力』ですわ」
そして、天宮さんはふっと柔らかく微笑み、オレの目をまっすぐに見据えた。
「そして、その非凡なカウンセリング能力と、あらゆる派閥のバランスを取り持ってきた貴方こそが、私の夫として、その精神的支柱を完璧に支えることになっておりますのよ」
「は……? 『夫』って、いつの間にそんな既成事実が……!?」
(あの時のデートも、結納を済ませようとする天宮の策略込みであったが、まさかあの時からすでにこのグローバルスケジュールにオレも組み込まれていたのか?)
頭がクラクラするオレをよそに、今度はサキがドンッとテーブルに自分の進路希望調査用紙を叩きつけた。
「おい天宮、未来のスケールでマウント取ったつもりでいるかもしれないけどさ、こっちはこっちで現実的で堅実な目標があるんだからね!」
サキの用紙には、力強い文字でこう書かれていた。
——『実家の家業(産廃業)を継ぐ、または看護師・児童保育士』。
「あたしの実家は、世間からはいろいろ言われがちな産廃の仕事だけどさ、なくてはならない大切な仕事だ。それに……」
サキは少しだけ照れくさそうに頬を掻き、それから真っ直ぐにオレを見た。
「あたさ、根っからのお節介だし、人の世話をするのが好きなんだよね。だから、看護師とか児童保育士みたいに、泥臭くても『人と直接関わって、誰かを助ける仕事』にすごく興味があるの。……悠だって、なんだかんだ言って困ってる奴を放っておけない性格じゃん? だから、一緒に地道に人と関わる生き方、選んでみないか?」
天宮の「完璧にデザインされたグローバルな未来」と、サキの「泥臭くも温かい、人と向き合う未来」。
どちらも、自分の意思と明確な目的を持って、未来へと一歩を踏み出している。
——それに引き換え、オレはどうだ。
脳内スレッドを開けば、世の中のあらゆる職業のデータや生存確率、有利な資格のリストがいくらでも引き出せるというのに、肝心の「オレ自身がどう生きたいのか」という芯が、どこにも見当たらない。
「……二人とも、すげぇよ」
オレは苦笑しながら、自分の白紙のままの用紙に目を落とした。
「そんな風に自分の意思で未来を語れるなんてさ。……オレには、そんな眩しいもの、何一つ持ってないよ」
「何を弱気なことを言っていますの、一ノ瀬さん!」
天宮さんはすっと立ち上がり、オレの手を強く握りしめた。その瞳には強い光が宿っている。
「迷っているなら、私が導いて差し上げますわ。私の完璧な計画の中に、貴方の居場所は最初から用意してありますのよ!」
「ちょっと待ちなさいよ天宮! 悠を自分のレールに都合よく組み込もうとすんなって!」
サキも負けじと反対側の手を掴み、切なさと力強さが入り混じった声で言った。
「悠、一人で決められないなら、一緒に悩んでやってもいいんだからね。答えがすぐに出なくたって、あたしと一緒に探せばいいじゃん……!」
「私が導く」という天宮と、「一緒に悩もう」というサキ。
二人のヒロインの真っ直ぐな好意と、未来への切実な想いが、今のオレにはあまりにも眩しすぎて、直視しているだけで胸が締め付けられそうだった。
どちらかを選べば、もう片方を傷つける。
自分の進路を決めなければ、どちらの未来にも進めない。
——だが、先延ばしにする時間は、もう本当になかった。
冬の夕暮れが、図書室の窓の外をゆっくりと茜色に染めていく中、オレは答えの出ない迷路の底で、ただ必死に呼吸を繰り返すしかなかった。




