35話:スポーツ大会の遠隔応援と、保健室の結末
修学旅行が終わり、日常へと引き戻された2年B組に、新たな行事——クラス対抗の球技大会が訪れていた。
グラウンドではサッカーやソフトボールが、体育館ではバレーボールとバスケットボールが同時並行で行われる。そして、運動神経抜群で各派閥のトップを張る黒木サキと、意外にも運動部からの助っ人要請が絶えない天宮さんは、見事に異なる競技の主力選手として駆り出されていた。
「悠! あたしのサッカーの試合、絶対見に来いよ! ゴール決めたらお前の名前叫ぶからな!」
「一ノ瀬さん、私のバスケットボールの試合が第一試合ですわ。貴方の応援席を用意しておりますので、遅れないようにお願いしますね」
開始時刻が見事にバッティングしている二人のエースから、それぞれ強烈なプレッシャーをかけられるオレ。
(物理的に同時に二つの場所に行くなんて不可能だ……! どちらか片方だけを見に行けば、もう片方から「なんで私を優先しなかったのよ」と大惨事になるのは目に見えている……!)
グラウンドの端で冷池を流しながら頭を抱えていたオレは、とっさに閃いた。
華麗さも、周到さも、スマートさのかけらもない——だが、今のオレに残された唯一の手段だった。
オレはスマホを取り出し、同じ班のよしみということで、観戦席にいる志摩と神原の元へ駆け寄った。
「た、頼む二人とも! このスマホをスピーカーモードにして、それぞれの競技の応援席に持って行ってくれ……!」
「はあ!? なんだよそれ、お前はどうすんだよ!」
「僕は構いませんが……なかなかシュールな作戦ですね」
志摩たちが呆れるのも構わず、オレはサキのサッカーコートと天宮さんのバスケットボールコートへと、それぞれのスマホをスピーカー通話状態で預け入れた。
そしてオレは、二つの競技が見渡せるグラウンドの中央(日陰の植え込みの裏)に陣取り、全力で声を張り上げた。
「――サキ! シュート狙えぇぇーーっ!!」
「――天宮さん! その調子でリバウンドだぁぁぁーーっ!」
二股ならぬ、音声による完全二重応援。
周囲の生徒たちは、「おい、あいつ中央で一人で何やってんだ……?」「スマホ片手に叫んでるぞ……」「必死すぎて草も生えねえ」と苦笑交わりの視線を向けていた。
スマートさの欠片もない泥臭い手法だったが——「どちらかを贔屓せず、平等に応援しよう」とするオレの必死すぎる姿は、不思議と周囲にも、そして当事者である二人にもしっかりと伝わっていた。
◇
「……で、お前、本当によくやったよな」
「無茶をしすぎですわ、一ノ瀬さん……」
スポーツ大会が終了した後の放課後。
保健室のベッドの上で、極度の疲労と喉の枯れによりHPが完全に尽きて倒れ込んでいたオレの枕元に、サキと天宮さんが並んで立っていた。
あの後、二人はオレの泥臭い二重応援の件を耳にし、呆れつつも、自分たちへの不平等な扱いに怒るどころか、どこか気恥ずかしそうに頬を染めていたのだった。
「ふん、まあ……必死になってあたしたちの両方を応援しようとしたその根性だけは認めてやるけどさ」
サキは腕を組みながらも、どこか嬉しそうな、照れくさそうな笑みを浮かべる。
「まったく、貴方という人はいつも予想の斜め上を行きますわね。……ですが、その不器用なまでの公平さは、少しだけ反則ですわ」
天宮さんも扇子の端を口元にあてて、優しく目を細めた。
「……二人とも、すまない……オレはもう限界だ……」
掠れた声でそう呟くと、オレはそのまま意識を手放し、深い眠りへと落ちていった——。
静まり返った保健室。
ベッドの上のオレが完全に寝息を立て始めたのを確認すると、サキと天宮さんは顔を見合わせ、小さくうなずいた。
「……ねえ」
「……はい」
誰もいない静かな夕暮れの保健室で、二人のヒロインはふわりと身体を寄せ合い、眠るオレの左右のベッドにそっと腰掛けた。
「いつもあたしたちを平等に見てくれて、ありがとな、悠」
「……これ以上私を焦らせないでくださいましね、一ノ瀬さん」
そう囁くと、二人はまるで示し合わせたかのように、眠るオレの左右のほっぺたに、そっと自分の唇を重ね合わせた。
——早い者勝ちでも、マウントの取り合いでもない。
不器用なオブザーバーが勝ち取った、束の間の、そして最高に甘やかな結末だった。




