34話:スポーツ大会の陣形と、二大派閥の同時要求
修学旅行での「新幹線の爆弾(志摩と神原のキス告白)」の衝撃から数日。クラス内の空気は、かつてないほどピリついていた。
オレたちがのんびりとマウントの取り合いをしている間に、あの二人が「次のステージ」に進んでしまったという事実。その焦燥感は、天宮サキと天宮(派閥を二分する二大勢力のトップ)の負けず嫌いに火を点けるには十分すぎた。
「……なんでよ。なんであの地味なコンビが私たちより先に……っ!」
放課後の教室。サキは机をガタガタと揺らしながら、悔しそうに唇を噛み締めていた。かたや天宮さんも、扇子を激しくパタパタとあおぎながら、冷ややかな瞳で窓の外を見つめている。
二大派閥は再び水面下で反目を始め、クラスの空気は一触即発の冷戦状態へと突入していた。
そんなクラスの現状に頭を抱えていたのは、担任の古賀崎先生だ。
「おい、一ノ瀬。お前、こういう時のオブザーバーだろ。クラスの和を乱すあの二人をどうにかしろ」
職員室に呼び出されたオレ――一ノ瀬悠に、古賀崎先生は一方的に面倒を押し付けてきた。クラスの自治を丸投げするなと言いたいが、教師の威圧的な視線の前では「承知いたしました」と返すほかない。
ため息をつきながら教室に戻ると、さらに追い打ちをかけるように、秋の「スポーツ大会」の開催が告げられた。
◇
スポーツ大会の種目決めは、そのままクラス内派閥の代理戦争となった。バスケットボール、バレーボール、ソフトボール――主要な球技に、それぞれの派閥のメンバーが陣取っていく。
そして、問題の「二人の女王」は、見事に別々の競技に分かれた。
サキは女子バスケットボールの主力としてコートの真ん中に立ち、天宮さんは女子バレーボールのエースとしてネットの向こう側に君臨したのだ。
放課後、荷物の片付けをしているオレの両脇に、すっと二つの影が忍び寄ってきた。
「ねえ、悠。明日のバスケの試合、最初から最後まで特等席で私の雄姿を見てよね。……他の女のところに行ったら、どうなるか分かってるわよね?」
「――一ノ瀬さん。バレーの試合は、コートのすぐ脇に応援席をキープしてあります。私のスパイクが決まる瞬間を見逃さないでくださいね。まさか、逃げるなんて選択肢はありませんよね?」
――バスケとバレー、ほぼ同時刻開催。
しかも、お互いの試合会場はグラウンドの端と体育館の反対側。物理的に同時に両方に張り付くことなど不可能だ。どちらかを選ばれなかった方の派閥から大バッシングを受け、クラスの均衡は一瞬で崩壊する。
「……詰んだ」
オレの脳内スレッドでは、青ネーム(論理担当)が早くも白旗を上げていた。
◇
放課後、オレたちは校舎の裏手にひっそりと集まった。
メンバーはオレと、同じく派閥の軋轢に頭を悩ませている神原、そして相変わらずマイペースな志摩の三人だ。
「いやー、一ノ瀬くんも大変だねぇ。僕たちはもう一件落着って感じで平和なもんだけどさ」
神原が眼鏡のブリッジを光らせながら、どこか他人事のように笑う。隣で志摩がチョコレートをぽりぽりとかじりながら頷いた。
「でもさ、あの二人を放置したら、またクラスで大惨事が起きるぜ? 先生にも目をつけられているし、何とかしてやらないと」
「頼む、神原、志摩。何か知恵を貸してくれ。このままではオレのライフがゼロになる」
頭を下げるオレに、神原はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「しょうがないですねぇ。僕たちも『次のステージ』に進んだ身として、先輩風を吹かせて協力しましょう」
そうして三人が組み立てたのは、文字通り「地獄の作戦」だった。
名づけて、『リアルタイム掲示板・緊急出動シフト作戦』。
仕組みはこうだ。
体育館のバスケコートと、グラウンドのバレーコート。それぞれの試合の進行状況を、神原と志摩が専用の非公開掲示板に実況として絶えず書き込む。オレはスマートフォンを片手にその掲示板を監視し、両方のコートで「今すぐ応援に来い」というプレッシャーの数値――いわゆるヘイト値が限界を突破しそうな危険局面をリアルタイムで選別する。
そして、どちらか一方が「ヤバい」と判断した瞬間、オレが全力疾走でそのコートへ駆けつけて声援を送り、ピンチを切り抜けるという非人道的なタイムアタックだ。
「……これ、下手をしたらオレが途中で過労死するか、両方から大嘘つき扱いされて袋叩きに遭う未来しか見えないんだが?」
「大丈夫ですよ、一ノ瀬くん。愛があれば物理法則くらい曲げられます」
「もしバレたら、あたしたちも全力で遠くから野次馬してあげるね」
「それは何も大丈夫じゃないし、保障にもなってないんじゃないか?」
俺は途方に暮れながら頭を抱えて何も対策が立たないまま当日を迎えた。
こうして、逃げ場のないスポーツ大会の幕が、いよいよ上がろうとしていた――。




