32話:古都の夜の暴走と、フィクサーの正論
ロビーへ連れ戻したはずが、宿泊する部屋へ戻るまでの間にいつの間にか状況はさらに悪化していた。
「——ねえ、悠。さっきは庭であんな邪魔が入っちゃったけれど……続き、部屋でどうかしら?」
「そうですわよ一ノ瀬さん。修学旅行の夜はまだ始まったばかりですわ。ほら、私の浴衣の着付け、少し崩れてしまいましたのにお直ししていただけませんか?」
旅館の浴衣をまとい、しっとりとした色気を漂わせながら両側から迫ってくる天宮さんとサキ。温泉の湯上がり効果も相まって、二人とも普段の制服姿からは想像もつかないほど破壊力が高い。
天宮の胸元は大胆に広がり、下着が見えそうなくらい柔らかそうな白い果実がこぼれそうである。
サキは浴衣の裾からなまめかしくも大胆にスリットのように太もも一杯まで健康美あふれる脚が見える。
「ちょ、おまっ、二人とも距離が近いって……! 浴衣の襟元とかそんな!」
「ふふ、恥ずかしがらなくてもいいじゃありませんの。ねえ、悠?」
「逃がさないからね、悠……っ」
あまりの急接近と危険すぎる色仕掛けに、オレの脳内CPUは完全にオーバーフロー寸前。視界が真っ白になり、浴衣の裾をはだけさせながらギリギリの距離で迫る二人のプレッシャーに耐えかねて、オレは両手で顔を覆い、心の底から叫んだ。
(——誰か、誰でもいいから助けてくれぇぇぇーーっ!!)
その魂の叫びが通じたのか、バァァンッ!! と凄まじい音を立てて和室の障子が勢いよく吹き飛んだ。
「お前らそこまでだぁぁぁーーっ!!」
現れたのは、部屋着のジャージを羽織り、鬼気迫る形相を浮かべた引率の古賀崎先生だった。
「高校生たるもの、清廉潔白な心の通じ合い以外の肉体関係は一切断じて許されん!! ……ていうか、私だってまだ誰とも一線を越えたことがないというのに、生徒の分際で先に行こうなど100万年早いわぁぁぁ!!!」
最後の捨て台詞で、教師としての威厳と、独身アラサーのリアルな悲哀とジェラシーが盛大に混ざり合った余計な告白が飛び出した。
「「せ、先生……!?」」
気まずそうに体を離す天宮さんとサキ。
古賀崎先生は「ふん!」と荒く鼻息を鳴らすと、乱れた息を整え、鋭い眼光で二人を見据えた。そして、その表情をすっと真面目な「教師の顔」へと切り替える。
「……だがな、お前たち。先生は冗談で怒鳴っているわけではない」
静まり返った部屋に、先生の低く落ち着いた声が響く。
「お前たち二人は、一ノ瀬の人間性を認め、それが好意へと高ぶっていくという部分においては、確かに筋が通っている。……だがな。いつの間にか『一ノ瀬を振り向かせること』よりも、『相手の女を出し抜いてマウントを取ること』が優先され、暴走しているのではないか」
ピクリと、天宮さんとサキの肩が揺れる。
「そんな不毛な競争心で動いていれば、今回の様な過激で破廉恥な結果をもたらすだけだ。その先で、仮にどちらかが勝敗を決したとして……本当に大切なものを見失ったとき、お前たちは誰かを幸せにできるのか? いや、誰も幸せになれん」
図星を突かれたのだろう。サキは気まずそうに視線を彷徨わせ、天宮さんは扇子を強く握りしめたまま、ぐうの音も出ないといった様子で俯いた。
「……自分の欲望と、相手への執着の履き違えだな。修学旅行の夜の浮かれ気分はそこまでにしておけ。今夜はもう寝ろ。いいな」
言い残すと、古賀崎先生はスッと障子を閉め、足早に去っていった。
——部屋に残された、重苦しい静寂。
先ほどまでの熱を帯びた空気は完全に冷め、天宮さんは小さく息を吐き出すと、ぽつりと呟いた。
「……私、少し……熱くなりすぎていましたわね」
「……うん。あたしも、悠のことより『天宮に負けたくない』って気持ちばっかになってたかも……」
反省の色を見せる二人の姿を見て、オレは深く胸をなでおろした。
(……古賀崎先生、普段はあんなだけど、言う時はめちゃくちゃ的確な正論を吐くじゃねえか……)
こうして、燃え上がるような京都の夜のホテル騒動は、最恐かつ最強の担任教師の説教によって、どうにか最悪の事態を免れたのだった。




