31話:燃え上がる京都御殿のホテル騒動
必死の思いで踏みとどまり、その場をどうにか振り切ってロビーへと逃げ出したオレだったが
「——一ノ瀬さん。庭園のライトアップが非常に美しいと聞いておりますの。少し、二人だけで歩きませんか?」
完璧なタイミングでエスコートし、オレを人気のない夜のホテルの日本庭園へと連れ出した天宮さん。
薄暗い石畳の小道、池の向こうにぼんやりと浮かび上がる紅葉のライトアップ。そんな最高のロマンチックなシチュエーションで、天宮さんはふっと頬を染めながら、潤んだ瞳をオレに向けた。
「あの……修学旅行の夜という特別な場所ですから、これ以上、周りの目を気にする必要はありませんわよね……?」
ゆっくりと目を閉じ、まさに唇を重ね合わせようと顔を近づけてくる天宮さん。
(やばい、このままでは本当に一線を越えてしまう……!)
心臓がバクバクと鳴り響き、理性の糸がプツリと切れかけたその瞬間——。
「そこまでだぁぁぁーーっ!! 泥棒猫――!!」
闇夜を切り裂くような怒声とともに、植え込みの陰から猛ダッシュで飛び出してきたのは、サキだった。
彼女は息を切らし、乱れた髪をそのままに天宮さんとオレの間に文字通り「ドン!」と割り込んだ。
「悠をいい雰囲気で独り占めしようたってそうはいかないんだよ! あたしはずっとホテルの窓から二人の動きを監視してたんだからな!」
「まったく……サキさん、貴方は本当に野暮ですわね! せっかくのロマンチックな雰囲気が台無しですわ!」
お互いに一歩も引かず、火花を散らす二人。
そんな、策はなくとも圧倒的な行動力と執念でここまでたどり着いたサキと、直前まで完璧にリードしていた天宮さん。健気というか、ここまでくると凄まじい執念である。
二人のヒロインに挟まれ、息を荒げるオレの脳内では、即座に緊急の『脳内審議スレッド』が起動していた。
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【緊急検証】この修羅場、どう収拾をつけるべきか【呉の理性崩壊寸前】
1:【熱血のオレ】(赤ネーム:本能担当)
おいおい見ろよ! 目の前で絶世の美女二人がお前を巡ってバチバチやってるんだぞ!? ここは流れに身を任せてハーレムの勝者になっちまえよ!!
2:【冷静のオレ】(青ネーム:理性・保身担当)
バカを言うな。ここでどちらか、あるいは両方と不用意な接触を持てば、明日以降の修学旅行がクラス全体の公開処刑に発展する。そもそも、必要以上の接触行為はトラブルの元だ。
3:【中立のオレ】(緑ネーム:オブザーバー担当)
冷静の言う通りだ。よく考えろ。
彼女たちは本当に「オレ個人」を好きでこの修羅場を作っているのか……?
4:【冷静のオレ】
[解]分析結果:違うな。今の彼女たちは「オレが好き」という本質的な恋愛感情よりも
「先に手を出したほうが勝ち」「相手に負けたくない」という意地とプライドによる
単なる早い者勝ちレース(陣取り合戦)に陥っている。
5:【熱血のオレ】
……っ! 言われてみれば、確かに純粋な恋心ってよりは「絶対にあの女に譲りたくない!」
っていう執念のぶつかり合いに見えなくもない……!
6:【中立のオレ】
その通り。この不毛なスピード勝負に乗っかってはいけない。
ここでオレがどちらかに靡けば、二人の間の憎悪がさらに燃え上がるだけだ。
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脳内スレッドが叩き出した冷徹な分析を胸に、オレはぐっと身を引き、二人の間に割って入った。
「そこまでだ、二人とも! 夜も遅いし、これ以上庭をうろついたら古賀崎先生に見つかって全員即座に部屋の出入り禁止になるぞ!」
「うっ……それは困る……けど!」
「ですが一ノ瀬さん、私たちは今——」
「どちらでもない! ほら、部屋に戻るぞ!」
オレは二人の腕をそれぞれの片手で掴み、半ば強引にホテルのロビーへと引き戻した。
圧倒的なスピードと執念で迫るヒロインたちの「早い者勝ちレース」をその場しのぎでどうにかかわし切ったものの、明日以降の京都観光でこの二人の暴走が止まる気配は微塵もない。
(……頼むから、これ以上オレの寿命を縮めないでくれ……!)
遠のく庭の灯りを見つめながら、オレは深い溜息をつくのだった。




