25話:早朝の来訪者と、母の決裁
修学旅行当日。新横浜駅の新幹線乗り場前に現地集合という予定だったはずの朝、日が昇るよりも早い午前6時。
我が家の一軒家の玄関チャイムが、狂ったように連打された。
「ん……何の嫌がらせだ……」(こんな朝早く……まさか……)
寝ぼけ眼でリビングに降りていくと、すでに起きてコーヒーを飲んでいた母・一ノ瀬冴子が、キリッとしたキャリアウーマン然としたスーツ姿で玄関ドアを開けたところだった。
「はい、どちら様——って、え……?」
母の目を見張る声を聞き、オレも慌てて玄関を覗き込む。そこに広がっていたのは、早朝の住宅街にあるまじき地獄絵図だった。
道路の片側には、漆黒のボディを輝かせる高級セダンの運転手付き社用車。そしてもう片側には、あの時見覚えのある暴走仕様の大型バイクをエンジン音轟かせながら停めているサキの姿。
「おっ、悠! 待ち合わせ場所まで一緒に爆走しようぜ!」
「一ノ瀬さん、お迎えに上がりましたわ。さあ、我が家の車へ」
天宮さんとサキが、それぞれ我が家の前で火花を散らしている。
「「近所迷惑だからマジでやめてくれ!!」」
オレと母の声が完全にハモった。早朝の閑静な住宅街で高級車と大型バイクが並び立ち、おまけにヒロイン二人が「うちの悠を乗せろ」と睨み合っているのだ。通報されるレベルの不審者事案である。
「ちょっ、お前ら一体何やって――」
頭を抱えてパニックを起こすオレの背後から、母・冴子が静かに一歩前へ出た。
冴子は腕を組み、鋭い眼光で門の前に立つ二人の少女をじっと見据えた。その、有無を言わせぬ洗練されたキャリアウーマンの立ち居振る舞いは、一瞬にしてその場の空気を制圧した。
——普段はマイペースな息子を呆れ顔で見ている母だが、仕事モードのその「凛としたかっこよさ」に、サキも天宮さんも思わず息をのんで硬直する。
冴子は冷徹に宣告した。
「うちのバカ息子がお騒がせしているようね。……まず、バイクなんて危険な乗り物は却下。それから、その高級車で駅まで送迎なんて目立ちすぎるから近所の手前お断り。あなたたち、私が送るから全員車に乗りなさい」
「ひっ……はい!」
「わ、分かりましたわ……」
あんなに我が物顔で威張っていた天宮さんと、向こう見ずなサキが、母の圧倒的な圧の前に綺麗に直立不動で頷いた。
「いい? 新横浜まで車で行くと朝の渋滞に巻き込まれて新幹線に乗り遅れるリスクがあるわ。……最寄りの私鉄の駅までこの車で一気に送り届けるから、そこから先は自分たちで電車に乗りなさい。時間は厳守よ」
「は、はい! お母様、ご指示ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます……!」
「悠?!あんた、用意はちゃんとできているのかい?!」
「ち、ちゃんとやってるよ……」
「すぐに用意しな!」「う、うぇい……」「ハイだろうがバカ息子!」「ハイ!!」
(あの時の件で自宅が知られていて、もしかしたら……とは思ったが……参ったなぁ)
「悠!早くしな!レディを三人も待たせるんじゃないよ!」
「レディって……しかも三人ってあと誰……い、痛いです母さん」
悠をコントロールし、完璧なスケジューリングと的確な指示を飛ばす冴子の姿に、天宮さんとサキは「かっこいい……!」と完全に気圧され、目を輝かせて聞き惚れていた。
「それにしても——」
母はふっと表情を緩め、二人の顔をしみじみと眺めた。
「こんなにかわいらしいお嬢さん方二人にお迎えに来てもらえるなんて、この役立たずの息子も少しは甲斐性が出たのかしらねぇ」
「えっ……!? いや、お母さん、そういうのいいから!」
顔を真っ赤にして慌てるオレをよそに、ヒロイン二人は一気に頬を朱に染めた。
「い、いえ! そんなことありませんわ、一ノ瀬さんはとても頼りになるお方でして……!」
「そ、そうだよ! 悠は頼りがいあるし、あたしらはその……その……!」
母に「かわいいお嬢さん」と褒められ、すっかり骨抜きにされてモジモジと照れまくる天宮さんとサキ。
(待て待て、さっきまでの殺気はどこに行ったんだよ……!)
パニックのまま玄関先で立ち尽くすオレを尻目に、母は満足げにうなずくと、「さあ、出発するわよ」と華麗に車のキーを回したのだった。




