23話:カオス相談所の混沌と光
「あ、一ノ瀬が戻ってきたぞ!!」
教室のドアを開けた瞬間、怒号のような歓声が響き渡った。
廊下を見渡せば、普段会話どころか顔を合わせたこともない他学年の生徒までが、蛇行するように長蛇の列を作っている。古賀崎先生の懸念は、恐ろしいほどの速度で現実のものとなっていた。
「……お前が他人の世話を焼くのに余計な尾ひれはひれが付いた結果だな」
「まったくですわ。一ノ瀬さんのその無駄な器用さが災いしましたわね」
人だかりをすり抜け、空き教室へと逃げ込んだオレたち。
サキも天宮さんも腕を組み、冷ややかなジト目を向けてくる。だが、その瞳の奥には「このままでは悠と一緒に過ごす放課後が消滅する」という切実な焦りが透けて見えていた。
「どうにかしないと影響がデカすぎる……」
三人で頭を抱え、重苦しい沈黙が落ちる。
(一人ずつ対面で話していたら、オレの体が持たないのはもちろん、二人との時間も完全にゼロになる。なら、直接対応をやめて『匿名質問箱』の設置に切り替えるか……?)
そこまで考えを巡らせたところで、オレは思考を止めた。
いつものオレなら、このアイデアを自分一人で抱え込み、必死に裏でログを処理して「事態を収拾しました」と報告していただろう。だが——今のオレには、目の前に頼れる二人がいる。
「……サキ、天宮さん」
オレは二人の目をまっすぐに見つめ、意を決して言葉を紡いだ。
「オレ一人じゃ、この状況を絶対に打開できない。……二人のお願いだ。オレに力を貸してくれないか?」
「「……えっ?」」
一瞬、二人の動きが止まった。
サキは一瞬だけ呆然とした後、途端に頬を真っ赤にして、照れくさそうに明後日の方向を向いた。
「っ~~~! な、なにそれずるい……! そんな真面目に頼まれたら、断れるわけないじゃん……!」
天宮さんも扇子で口元を隠したものの、その目元は嬉しさを隠しきれずに優しく細められていた。
「ふふ……最初はこの奇妙な現象に加担することに少し躊躇いもありましたけれど……我が君(あえてそう呼びましょう)直々の要請とあらば、無碍にはできませんわね」
頼られたことで一気にやる気スイッチが入った二人は、驚くべき手際の良さで解決策の構築に取りかかった。
「まず、対面対応は禁止! 相談はすべて『匿名質問箱』への投函にするよ! で、あたしが門番になって、悠に直接会おうとするミーハーな奴らは全員追い返す!」
「素晴らしい手際ですわ、サキさん。我が天宮派は、提出された相談内容の事前審査を担当いたしましょう。くだらない冷やかしや下心の混じった文章は、私の判断で書類審査の段階で却下いたします」
「悠(データ分析)× サキ(行動力・門番)× 天宮(ロジック・書類審査)」という、完璧な『三人共同の恋愛相談所』の完成だった。
◇
「よし……これで直接の行列は解消されたな」
夕暮れ時の放課後。静まり返った教室で、オレたちは集まった質問箱の用紙を分類していた。
サキが冷たいジュースをオレの頬にピタッと押し当ててくる。
「はい、悠! お疲れさま!」
「ありがとうございます、一ノ瀬さん。ふふ、これで誰にも邪魔されず、放課後は毎日三人だけで過ごせますわね」
二人が楽しそうに相談用紙を検品している姿を見ながら、オレは自分の胸の中に広がっていく温かい感覚に気づいていた。
(……オレは今まで、ネットの評価や『正解』ばかり気にして、何でも一人で抱え込んで処理しようとしていたんだ)
トラブルを避けるために選んだ「オブザーバー」という立場。だが、本当に大切なのは孤立して中立を保つことではなく、「時には弱みを見せて、周囲を心から頼る」ということだったのかもしれない。
「悠? なにボーっとしてんの?」
「一ノ瀬さん、私の顔に何か付いていらっしゃいますか?」
「……いや。二人とも、本当にありがとう」
心の底からの感謝を伝えると、二人は一瞬きょとんとした後、同時に大輪の花が咲いたような笑顔を見せた。
だが——平和が訪れたのも束の間であった。
教室の扉をドカンと開けて入って来た古賀崎先生が意地悪な笑みを浮かべてカレンダーを叩いた。
「おいおまえら!全くイチャコラしてんじゃねぇぞ!!アタシは何で結婚できないんだ?!ってこれはこ個人情報だな……来月には修学旅行で京都だぞ? この相談所システムを持ち込む気か? あの中禅寺や清水寺の情緒の中で、お前ら大丈夫なのか?」
「……あ」
オレの「他人に頼る」という気づきの感動は、一瞬で吹き飛んだ。
修学旅行という非日常のイベントを前に、サキと天宮さんの瞳に宿る熱量が、さらに危険な領域へと加速していくのを肌で感じながら——オレは再び冷や汗を流すのだった。




