2話:バズって炎上
HR終了後の放課後――
クラスの雰囲気が文化祭の準備に向けて動き出す中、俺は鞄を抱えて教室から脱出しようとした。だが、その目論見は出口のドア前で呆気なく崩れ去る。
左右を挟むようにして立ちふさがったのは、クラスの二大ヒロインだった。
「どこ行くの、悠?」
ぐいっと袖を引かれ、体がたじろぐ。
黒木サキが、吐息が届くほどの至近距離まで顔を近づけていた。放課後の薄暗い教室のなか、ほんのりと甘い香水と熱を帯びた肌の香りが鼻腔をくすぐる。普段の強気なギャルっぽさとは違う、どこか艶めかしい瞳でじっと覗き込まれ、心臓が跳ね上がる。
「さっきのアイデア、マジで最高だった。だからさ……うちの文実のプロデューサー、あんたがやってよ。放課後、二人きりで打ち合わせしよ?」
黒木が耳元でささやき、爪を立てるように腕をギュッと抱え込んできた。柔らかい感触が二の腕に伝わり、脳のキャパシティが一瞬で吹き飛ぶ。
「待ちなさい、黒木さん」
間髪入れずに、反対側から冷ややかな、しかしどこか固執した声が響いた。
天宮莉央が俺の反対側の手首をすっと掴む。華奢で黒妃とは対照的な白い指先だが、逃がさないと言わんばかりの強い力がこもっていた。
「一ノ瀬さん。あなたの分析力と客観性は、我が校の生徒会にこそ必要です。……私と一緒に、生徒会室へ来ていただけますね?」
眼鏡の奥の瞳が、いつもの冷静さを失って妖しく揺れている。天宮の指先が手首の脈拍に触れ、俺の動揺を確かめるようにゆっくりと力を込めてきた。
二人からの密度の高い圧と、至近距離での身体的なアプローチ。
ロム専として影を潜めて生きてきた俺にとって、それは快感どころか脳が焼き切れるほどの過剰な刺激だった。
(ダメだ……これ以上ここにいたら、色んな意味で殺される……!)
「あ、悪ぃ……っ! 今日、お腹壊しててマジで限界なんだ!!」
俺は半ば強引な力で二人の手を振り払い、一目散に廊下へ飛び出した。
後ろで「あ、ちょっと悠!」「一ノ瀬さん……!?」と驚く声が聞こえたが、振り返る余裕なんてない。
そのまま校門を抜け、運動が苦手な俺でも必死に近くの公園のベンチへ駆け込んだ。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
息を整えながら、念願のスマホを解禁する。
デジタル世界(TL)の無害な呟きをスクロールして心を落ち着かせようとアプリを開いた――その瞬間、画面上の通知が『99+』で真っ赤に跳ね上がっていた。
「……え?」
そこに並んでいたのは、二人の誘いを拒絶して逃げ出した俺に対する、取り巻きたちの怒りと嫉妬の濁流だった。
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【黒木派男子】@gal_otaku
「一ノ瀬の奴、サキちゃんの手振り払って逃げたぞ?? 何様なんだよアイツマジでムカつく」
└ 引用ツイート 22件 / リツイート 15件
【天宮派信者】@amamiya_guard
「天宮さんがせっかく生徒会に誘ってくださったのに、汚い言い訳してブッチするとか失礼すぎるだろ。調子のんなよ」
└ 引用ツイート 21件 / リツイート19件
【 anonymous 】@school_news_sekai
「【悲報】2年3組の一ノ瀬悠、二大ヒロインを弄んだ挙句に暴言を吐いて逃走。勘違い男の末路ww #拡散希望」
└ 引用ツイート 42件 / リツイート 85件
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(嘘だろ……!?)
手振り払われた二人のショックを受けたような表情を見ていたクラスメイトの取り巻きたちが、一斉に逆恨みの投稿を開始していたのだ。
さっきまで「神案」「キレ者」と持ち上げていたアカウントたちが、手のひらを返して俺を「調子に乗った敵」として炎上させ始めている。
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『【通知】あなたの名前がトレンドにランクインしました』
『【通知】@gal_otaku があなたを引用ポストしました』
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スマホの振動が手に伝わり、止まらない。
脳内の仮想タイムラインだったはずのものが、裏垢やクラスの鍵グループを通じてリアルなSNSへ拡散されていたのだ。
さらに通知は止まらない。
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『【黒木サキ】@kuroki_saki からダイレクトメッセージが届きました』
『【天宮莉央】@amamiya_rio からフォローリクエストが届きました』
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(……待て。なんで俺の鍵アカウントを知ってるんだ……!?)
鳥肌が立つ。通知欄をスクロールする親指が震えた。
黒木サキからは『文実の書類、悠の名前で申請しといたから! 明日から毎日打合せね☆』という距離感ゼロのDM。
天宮莉央からは『一ノ瀬さん。あなたの分析力は生徒会にも必要です。明朝、生徒会室でお待ちしています』という断罪に近いフォーマルなメッセージ。
「ヤバい……完全に巻き込まれた……」
ネットでは派閥メンバーからのリプや引用ポストが絶え間なく押し寄せ、通知音の振動がポケットの中で止まらない。
現実では、生徒会と文化祭実行委員という二大勢力から同時に外堀を埋められ、逃げ場を失っていた。
一度は引き下がったかに見えた二大ヒロインだったが、その瞳の奥にあったのは引き下がりではなく――「この男(一ノ瀬悠)を自分の領域に引き入れる」という強烈な執着、そしてそれを煽る取り巻きの執念も加わり、燃えに燃えていた。
「静かに……静かにSNSをファストスクロールさせてくれよ……!」
公園のベンチで、俺はひたすら鳴り響くスマホを握りしめ、ネットと現実の双方から襲いかかる巨大な渦の真ん中で、ただ途方に暮れるしかなかった……。




