1話:天使と悪魔の派閥争い※ただし、オレのクラス内限定
「……はあ」
スマホをポケットの上からそっと撫でる。液晶の冷たい感触も、親指をすべらせたときの滑らかなスクロール感もない。ただの布切れ越しに伝わる平たい塊。それだけで、俺の脳の何処かが微かに痺れるような飢餓感を訴えていた。
「はやく授業も終わったこの放課後のHRを終わらせてほしい……オレを解放してくれ……」
俺は一ノ瀬 悠……観音崎高校の二年三組。SNS依存の今時の学生だ……
この学校はスマホの持ち込みこそ許可されているが、校内での使用は一切禁止だ。
つまり、朝のショートホームルームから放課後までは完全なオフライン環境。TLの更新を1分おきに確認できないこの時間は、俺にとって拷問に等しい。
担任の古賀崎先生は銀縁メガネをクイと上げ「後は生徒会代表の天宮と委員の黒木に任せた」ととっとと退散してしまった。「生徒の自主性」とか言って放置しているとしか思えない。
「だからさっきから言ってんじゃん! 展示とか地味すぎて誰も寄ってこないって! やるなら絶対メイド喫茶! クラスの話題性取ってバズらせなきゃ意味なくない!?」
教壇の前で腕を組み、鋭い視線を投げかけているのは黒木サキだ。金髪をなびかせ、いかにも意思の強そうな瞳でクラスの半数を味方に引き連れている。褐色の健康そうな肌の露出を限界まで試している様な挑発的な格好は、あだ名が『黒妃』とまあ、話題に事欠かないギャルだ。
「安直すぎます、黒木さん。我が校の文化祭は地域の方々や保護者も多く来校される場です。歴史研究の成果を発表する方が教育的意義も高く、クラスとしての品格も保たれます」
対するは天宮莉央。艶の良い黒髪ロング。色白で清楚な佇まいと落ち着いたトーンで論理を展開し、反対側のグループをがっちり固めている。
黒木派対天宮派。二大ヒロインによるクラスの主導権争い。
――と、周囲の連中はハラハラしながら見守っているのだろうが、俺の頭の中では全く別の光景として処理されていた。
リアルの会話が、脳内で勝手にX(旧Twitter)のタイムラインのように流れていく。
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【黒木サキ】@kuroki_saki
「歴史展示とか地味すぎワロタ。絶対メイド喫茶一択でしょww 拡散希望」
└ リプライ 12件 / リツイート 45件
【天宮莉央】@amamiya_rio
「品格のない企画には反対です。学校の趣旨に沿った歴史研究展示を提案します」
└ リプライ 8件 / 引用ツイート 15件
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黒木サキの発言には「わかる」「メイド服着てほしい」といった賛同のレスが付き、天宮莉央の発言には「正論」「まあ学校だしな」という論理派の引用ツイートが連なる。
(……相変わらず、平行線だな)
ぼーっと二人のやり取りを眺めながら、脳内の検索欄に「文化祭 対立 着地点」と打ち込むイメージを浮かべる。過去の発言やクラスの空気感を無意識に照合・分析していく。
黒木派の本質は「メイド喫茶」そのものに強いこだわりがあるわけじゃない。単に「祭りのテンションで派手に盛り上がりたい」「映えたい」だけだ。
一方で天宮派の本質も「歴史研究」に心底熱狂しているわけではなく、「真面目に取り組んでいる姿勢を見せたい」「他クラスに笑われないクオリティを保ちたい」という防衛本能に近い。
要するに、黒木派は「エンタメ性」、天宮派は「大義名分とクオリティ」。
互いに求めている軸がズレているだけで、対立構造そのものは実はスカスカだ。どっちの要望も満たす「歴史×演出」のハイブリッド案さえ出せば、一発で炎上は鎮火する。
(……まあ、呟く(喋る)気はないけど)
ここで余計なポストをして目立つリスクを冒す必要はない。俺はただの「ロム専」でいい。スマホが触れないイライラを紛らわせるように、俺は脳内のタイムラインを指でファストスクロールするように、窓の外へ視線を逸らした。
「……おい、一ノ瀬悠! 聞いてんのか?」
思考のタイムラインを眺めていた俺の頭上に、不機嫌そうな影が落ちた。
顔を上げると、腰に手を当てて仁王立ちする黒木サキが、仁王立ちで尖らせた唇でこちらを睨みつけている。
(パンツ見えそうだな……垢BAN食らいたくないな……)
そっと視線を逸らす。
「ねえ、さっきからボーっと外見てんの草なんだけど! あんた浮遊派気取り? どっちの案がイケてるか、なんか言いなよ!」
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【黒木サキ】@kuroki_saki
「ロム専決め込んでる@yu_ichinoseに突撃インタビューww どっち派かハッキリさせろ!」
└ リプライ 5件
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脳内に新たな通知が飛んでくる。
天宮莉央までもが静かな視線をこちらへ向け、クラス中の注目が一瞬で俺に集まった。面倒なフラグが立ってしまったらしい。
「……別に、どっちでもいいけど」
俺は気怠げに息を吐き、ポケットの中の無骨なスマホを指先で探りながら口を開いた。
「ただ、黒木たちの『メイド服で映えたい・盛り上がりたい』って要望と、天宮たちの『歴史研究としての品格や展示の体を保ちたい』って要望は、別に相反してなくないか?」
「え……?」
黒木が眉をひそめ、天宮がかすかに目を見張る。
「要は『コンセプトカフェ風の歴史展示』にすればいいんだよ。例えば『大正浪漫喫茶』とか『中世ヨーロッパ宮廷サロン』みたいなテーマを設定して、給仕衣装としてメイド服を着る。で、メニューや内装は大正時代の文化発展や西洋史の資料展示と連動させる」
脳内のタイムラインで、さっき思いついたスレッドのツリーをそのまま読み上げる。
「そうすれば、黒木たちは希望通り派手な衣装を着て写真も撮れるし、天宮たちも『当時の風俗や食文化を再現した実践的・歴史的研究発表』っていう立派な大義名分が立つ。来校者も展示を見ながらお茶ができて一石二鳥だろ」
一瞬、教室が静まり返った。
「……大正浪漫……喫茶……!」
最初に反応したのは黒木だった。その目がパッと輝く。
「ちょっとそれ、めっちゃエモくない!? 袴風のメイド服とか絶対映えるじゃん! カフェメニューもレトロなクリームソーダとか出せばバズるし!」
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【黒木サキ】@kuroki_saki
「神案きたwwww 大正浪漫カフェ最高では??? 袴メイド着たい!!!」
└ リプライ 28件 / リツイート 42件
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「……悪く、ありませんね」
続いて天宮が、あごに手を当てて納得の表情を浮かべた。
「単なる仮装ではなく『史実に基づいた風俗再現』という枠組みであれば、校長や保護者への説明も容易です。大正期の文献や展示パネルの作成なら、歴史研究チームの知識が十二分に活かせます」
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【天宮莉央】@amamiya_rio
「学術的妥当性と教育的価値を両立できる優れた提案です。準備に取りかかりましょう」
└ リプライ 19件 / 引用ツイート 32件
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脳内のタイムラインが一気に加速する。
両派閥のクラスメイトたちから、一斉に「それいいね!」「一ノ瀬天才かよ!」「対立してる場合じゃなかったわ」という賛同の声が溢れ出し、平行線だったスレッドは一気に収束へと向かい始めた。
「決まりね! 悠、あんた意外といいこと言うじゃない!」
「一ノ瀬さん、素晴らしい折衷案をありがとうございます」
二大ヒロインが笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
クラスの空気が一変し、炎上案件が見事に鎮火した瞬間だった。
(……やばい、目立ちすぎた)
バズの代償は大きい。ロム専として平穏に過ごすはずだった俺のタイムラインに、想定外の「大バズ」通知と二人のヒロインからの強烈な「エンゲージメント」が届き始めていた。




