19話:黒幕の要求と、第三の提案
放課後のホームルームが終わっても、オレの席の周囲に立ち込める重苦しいプレッシャーは消えなかった。
右からは、腕を組んでジト目を向けてくるサキ。
左からは、扇子をパタパタと揺らしながら涼しい顔で圧をかけてくる天宮さん。
「一ノ瀬さん。我が『天宮派』の精鋭を集めた勉強会か——」
「あたしたち『黒木派』の楽しく勝つ勉強会か——」
「「どちらに参加されるか、そろそろはっきりしていただけますこと(かな)!?」」
(っ〜〜! 挟み撃ちの威圧感が凄すぎる……!)
頭を抱えて冷や汗を流していたその時、救いの神か、あるいは悪魔の化身か——教卓から低く通る声が響いた。
「おい、一ノ瀬。ちょっと来い」
黒髪ボブショートを揺らし、メガネを妖しく光らせた古賀崎先生が、あごで廊下をしゃくっていた。
「「……ッ!?」」
二人の刺すような視線を背中に浴びながら、オレは命からがら教室を抜け出し、静かな渡り廊下へと先生の後に続いた。
「ふぅ……助かりました、古賀崎先生」
「助けた覚えはないぞ、一ノ瀬」
先生はポケットからミンティアを取り出して口に放り込むと、壁に背をもたれかけさせてメガネのフチをすっと上げた。
「お前の『オブザーバー』だかなんだか知らん中立の立場に対してな、クラスの数名から直接クレームが来てんだよ。『特定の生徒二人に肩入れしてクラスの輪を乱している』ってな」
「えっ……クレーム……!?」
「私は基本的に放任主義だが、学校組織として放置もできん。そこでだ――」
古賀崎先生はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、オレを指さした。
「お前がその『オブザーバー』としてクラスに存在することが、有益であると私に証明してみせろ。できなきゃ解任だな。まあ、そもそも学校のシステムにそんなものはナイからな……派閥にしろ本来な好きにしろと言いたいところだが、クラス内の問題に留まらない様なら私も介入するぞ?」
(な、なんだって……!?)
パニックを起こしたオレの脳内で、即座に『脳内スレッド』が高速回転を始める。
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【名無しのオレ(絶望担当)】@Yunose
「【緊急】古賀崎先生に『オブザーバーの有効性』を証明しろって無理難題を突きつけられた件。サキと天宮さんに話したら絶対に『学校側が悠を不当に拘束している』って大騒ぎになって学校対立に発展するんだが???」
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【名無しのオレ(絶望担当)】@Yunose
サキと天宮さん以外の問題が発生した場合の一ノ瀬悠の対処しきれる確率……0%
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これまで担任の古賀崎先生は確かに、あれだけ露骨なクラス内派閥が対抗していても、さしたる手を打っては来なかった……ということは、今回干渉せざるを得ない程のクレームがあったということ。
クラス内という話が出ていたことから、学校全体の問題には発展していない説
つまり、クラス内部での問題として捉えて対応せざるを得ない。
コンマ数秒のシミュレーションを終え、オレは意を決して古賀崎先生に向き直った。
「……先生。もしオレがオブザーバーとして立ち回り、今回の中間考査で『クラス全体の平均点』を前回より大幅に引き上げたら、有効性を認めてくれますか?」
「……ほう?」
古賀崎先生は意外そうに目を細め、それから愉悦に満ちた笑みを深めた。
「平均点、ねぇ。あの犬猿の仲の二大派閥を抱えるこのクラスでか? ……いいだろう。結果を出せるなら、文句を言う奴らは私がすべて黙らせてやる」
ノリノリで了承した先生と別れ、オレは重い足取りで教室へ戻った。
(両派閥が足を引っ張り合ってちゃ平均点なんて上がるわけがない。どちらかに肩入れできないオレが取るべき選択肢は……一つだけだ)
ガラッと教室のドアを開け、待ち構えていた二人の前で宣言する。
「二人とも、オレの提案を聞いてくれ。図書館でもファミレスでもなく……放課後の空き教室で『両派閥合同の勉強会』をやろう」
「「ご、合同勉強会ぁ!!???」」
サキと天宮さんが同時に声を上げた。双方の派閥の生徒たちからも「正気か!?」「あいつらと一緒なんて無理だろ!」と怒号が飛び交う。
「貶め合ってちゃ意味がないんだ……クラス全員で勝ちに行かないとダメなんだ」
オレの必死の提案に、教室が騒然となる中——突如として二人の人物がオレの前に立ちはだかった。
「待てよ、一ノ瀬ぇ!!」
一人目は、黒木派の先頭に立つ勝気なヤンキー女子・志摩瑠璃。サキを神のように崇拝する彼女は、尖った視線でオレを睨みつける。
「あたいの憧れの総長にフニャフニャした顔させてると思ったら、今度は合同勉強会だぁ!? お前みたいなナヨナヨ男に、総長が気を使ってるのが気にくわねぇんだよ!」
(サキが『おい、総長言うのヤメロ』という顔をしているが、ガン無視だ……)
「志摩さんの言う通りですね」
二人目は、天宮派の参謀を気取るメガネの優等生男子・神原智樹。彼は冷ややかに眼鏡の位置を直すと、蔑むような目をオレに向けた。
「一ノ瀬くん。君のようなデータのつまみ食いしかできない有象無象が、天宮さんの貴重な時間を奪うのは損失だ。天宮さんが君を特別扱いしている理由が、僕には理解できない」
(天宮さんは自分の統制を離れて発言するメンバーがいることに驚きを隠さない)
「志摩……?」とサキ「神原……君?」と天宮さん
二人は示し合わせたかのように、オレに対して同時に指を突きつけてきた。
「総長に勉強教えてもらう前に、まずはあたいが出す問題解いてみろ! 根性見せられねぇなら総長に近づくな!」
「フッ、同感ですね。僕が作成した予想問題を解いてもらいましょう。僕より点が低ければ、天宮さんの前から消えていただきます」
「「オレ(僕)と勝負しろ、一ノ瀬!!」」
(なんでオレ、両派閥の刺客から同時にテスト勝負挑まれてんだよ……!?)
こうして、クラスの平均点を上げるための第一歩は、両派閥の熱烈な信者二人による「突発的な勝負」から幕を開けることになってしまったのだった。




