17話:アナログの暴風、全能感の破綻
土日の衝撃的な出来事を経て迎えた、月曜日の朝。
オレは登校直後の教室で、自分の席の机に突っ伏し、重い頭を抱えていた。
(……詰んだ。完全に詰んだぞ……)
二人がそれぞれオレの「将来の伴侶」として立候補してきたという事実。
言うまでもないが、こんなことが学校内で発覚したら一発でクラスが崩壊する。
黒木サキ率いる「一軍・陽キャグループ」と、天宮莉央率いる「ガリ勉・インテリグループ」。
二大派閥の頂点に君臨する二人が、よりにもよってどちらも「浮遊派」のオレを巡ってバッティングしているなんて、誰が信じるだろうか。
対処法に困り果てたオレは、昨夜、藁にもすがる思いで裏アカウントのSNSに匿名で書き込みをしたのだった。
----------
【匿名高校生】@Yunose
両極端な二人の女子(お嬢様とギャル)から同時に結婚前提で迫られてるんだがどうすればいい?
└ 引用ツイート 42件 / リツイート 85件
│
├ 【通りすがり】@walkman_A
│ はいはい創作ラノベ乙www改行くらいちゃんとしろwww
├ 引用ツイート 107件 / リツイート 58件
├ 【通りすがりの女子高生大好き】@nothuman_B
│ 設定盛りすぎだろ。もっとリアリティのある嘘つけよ
├ 引用ツイート 1件 / リツイート 45件
├ 【通りすげない人】@jitakukeibiinC
│ でももしこれマジなら、主がどっちつかずでヘラヘラしてるから二人を巻き込んでんだろ。
│ 優柔不断男はさっさとどっちかに爆発されろ
└ 引用ツイート 20件 / リツイート 125件
----------
スマホの画面を見つめながら、オレは深夜に深い溜め息を吐いた。
匿名での相談は「フィクション扱い」されるか、痛烈な正論で殴られるかの二択。検索エンジンにいくらキーワードを打ち込んでも、オレの現実を救ってくれる『最適解のログ』なんてどこにも転がっていなかった。
◇
「……おはようございます、一ノ瀬さん。本日は爽やかな秋晴れですわね」
「悠! おはよー! 今日も超いい天気じゃん!」
思考の渦から引き戻すように、前と横から同時に声が掛かった。
教室の入口から入ってきた二人は、登校するやいなや、真っ直ぐにオレの席へと歩み寄ってきた。
天宮さんは完璧な微笑みを崩さず、しかしその瞳の奥には冷ややかな闘志を宿している。一方のサキは、昨日の清楚系ファッションからいつもの派手なギャル服に戻っていたが、オレと目が合った瞬間、わずかに頬を朱に染めてそっぽを向いた。
「「……」」
二人の視線が視界の中央で激しくぶつかり合い、バチバチと不可視の火花が散る。
その光景を目にした瞬間、教室内の空気が一変した。
「おい……なんか黒木さんと天宮さん、雰囲気ヤバくないか……?」
「また何かあったの……? ていうか、なんで二人とも一ノ瀬の周りに集まってんの……?」
クラスメイトたちのひそひそ話が耳に届く。サキ派の一軍女子たちと、天宮派のインテリ男子たちが、それぞれ警戒露わにこちらを遠巻きに見つめていた。
週末の出来事を経て、二人の対立意識は確実に限界突破していた。
そして最悪なことに、その対抗心の影響は、朝のホームルーム前から容赦なくオレへと降りかかってきたのだ。
「一ノ瀬さん。今日の昼食ですが、私のグループと一緒に日当たりの良いテラス席で召し上がりませんこと? あなたの好きな献立を事前に把握して手配してありますの」
「は!? ちょっと待って天宮っち! 悠は今日、あたしたちとパンの購買ダッシュして購買部限定の焼きそばパン食べる約束だもんね!?」
「え、あ、いや……そんな約束は——」
「「一ノ瀬さん(悠)は、どっちが良いと思いますの(と思う)!?」」
ドカン、と二人の手が同時にオレの机に置かれた。
「「……ッ!!」」
「……あ、あの……」
「白黒はっきりつけていただきましょう。どちらの誘いに乗るのが、あなたにとって『合理的』か」
「そうだよ悠! 遠慮しないで自分の気持ちで決めなよ!」
裁定の丸投げ。
二人は互い譲らぬ笑みを浮かべたまま、最終的な判断のすべてをオレの胸三寸に突きつけてくる。
どちらか一方を選べば、もう片方を傷つける。それどころか、背景に控えるどちらかの派閥から「敵」と見なされ、オレの平穏な学園生活は一瞬で終わりを迎えるだろう。
(くそっ……! 検索だ……! 『クラス対立 仲裁 双方納得』『二択 穏便な断り方』……!)
パニックを起こしたオレの脳内で、必死に『脳内タイムライン』がログを探し求める。
だが、どれだけ過去の発言やネットの知識を照合しても、画面の向こうにこのカオスを収めるための答えなど書いていなかった。
今までオレは、ネットの評価や「正解」の検索結果に頼って生きてきた。
傷つかない安全圏から高みの見物を決め込み、画面上のデータだけを信じて自分の意思を放棄してきたのだ。
だが——不器用な優しさを隠して必死に気を遣ってくれるサキも。
狡猾な策略の裏で、オレだけに本音を見せてくれた天宮さんも。
二人とも、画面の向こうのデータなんかじゃない。目の前で生きて、本気でオレに向き合ってくれているのだ。
『優柔不審なお前がどっちつかずだから二人を巻き込んでんだろ』
昨夜の掲示板の辛辣なレスが、脳裏で強くリフレインする。
(そうだ……オレが『誰にも嫌われたくない』って逃げ回って、自分で決めるのをやめていたから……こんなことになってるんだ)
ネットに答えを求めても、誰もオレの人生の責任なんて取ってくれない。
二人との関係を、このカオスな教室の状況を切り抜けるためには——オレ自身が、自分の頭で考え、自分の言葉で選択するしかないんだ。
「……二人とも」
オレは机に突っ伏していた体をゆっくりと起こした。
頼りにしていたスマホの画面を伏せ、目の前に立つ二人——黒木サキと天宮莉央の瞳を、正面からしっかりと見つめ返す。
「オレの答えは——」
ネットの検索ログには存在しない、自分だけの言葉を紡ぐために、オレは初めて自分の意思で唇を開いた。




